作者:多田 恵 2019年2月25日
23日(土曜日)、日本李登輝友の会の台湾セミナーで昨年11月の選挙結果と台湾の社会や文化についてお話しした。
選挙については、とくに、『Voice』2月号などの小笠原欣幸氏の指摘を紹介し、私なりに解説した。氏の論文は、量的研究と質的研究を組み合わせたもので、台湾の行方に心を寄せ、選挙結果を理解しようとする者にとって必読だと思われるので、本文の末尾にも引用する。
また「公民投票」の結果について、これまでに行われた「全国性公民投票」すべての結果について振り返り、今回の選挙に合わせて行われた「公民投票」が、初めて全国民規模になったと評価した。ここに、さらに補足を加えて簡略に述べたい。
台湾全国レベルで行われた「公民投票」は、これまでに4回16議案について行われた。最初の3回6議案は、いずれも賛成が反対を上回ったが、当時の成立基準である、投票率が50%以上という点で、成立しなかったものである。他方、公民投票法改正により、成立条件が緩和された今回、実は投票率が55%に達した。今回通過した議案は、基準緩和を必要とせず、以前の厳しい基準でも成立したと見なせる。
逆に、過去に否決された結果を法改正後の基準で解釈すると、第1回および第3回に投票が行われた議案はいずれも有権者数の4分の1以上の同意票があったので、成立していたことになる。この中には「台湾」名義での国連加盟案(第5案)も含まれる。
同時に投票が行われた選挙に足を運んだ人数のうち、どれくらいが公民投票に参加したのかについて、近似的に、当日の投票者数の比率を見てみると、過去の三回は、同日実施の総統選挙や立法委員選挙(全国区)と比べ、それぞれ56%、45%、47%であるが、今回の場合、村里長選挙の投票者数の85~87%にも達している(議案によって投票者数が異なる)。
今回、公民投票の投票率が高かった理由として注目されるのが、同性愛に関わる議案が5件もあったということだ。台湾の社会は、伝統的な家父長的家族秩序と世界的にも進歩的な考え方とが同時に存在している。与党の同性婚法制化の動きに対し、脅威に感じた人もいれば感動した人もいた。「次の世代の幸せ連盟」が3議案提出し、「権利の平等チーム」が2議案提案したことにより、主張の相反する議案が投票に付されたため、賛成と反対、両方の人々が政府与党に自分の声を聞き入れさせたいと奮って投票したものと見られる。
2020東京オリンピック正名議案の結果は、「現状維持」を求めるものと解釈できるが、公民投票は成立したからといって、直ちにその内容が実現するわけではない。困った隣人への配慮ではなく、素直な気持ちを表明するべきであった。配慮している相手の要求が正当なものであるか不当なものであるかが問題である。不当なものであるならば、台湾人は、まさに声を挙げるべきところ、その機会を無駄にした。不当な要求にも屈するということを宣伝してしまった。ただ、今になって読み返してみると、議案には、その問題点を思い起こさせる表現がなかった。
小笠原欣幸氏の指摘:「蔡英文政権の自滅」
出典:小笠原欣幸「台湾統一地方選挙の本質を見誤るな―なぜ民進党は大敗を喫したのか―」『Voice』2019年2月号
(1)
「次期総統選挙は来年2020年1月投票の見込み…統一地方選挙から総統選挙まではわずかな期間しかな(い)」。
(2)
「(県市長選挙について)全県市を合わせた得票率は、民進党39.2%、国民党48.8%、無所属その他12.0%」。〔小笠原「2018年台湾統一地方選挙の分析」によれば2014年にはそれぞれ47.5%、40.7%、11.8%であった〕
(3)
“台湾の各種調査に鑑みれば、台湾の独立を主張する「台湾ナショナリズム」は全体の2~3割程度だ。一方、中国との統一を主張する「中国ナショナリズム」は1~2割程度。つまり両者を合わせても半数には遠く及ばず、6割程度は中間派・現状維持派なのだ。”
(4)
「台湾では自立が大事と考える人もいれば、中国との距離を近づけて経済的繁栄をめざすべきだと考える人もいる。そして、一人の人間がその狭間で揺れることだってある。」(“「自立」と「繁栄」のジレンマ”)
(5)
「流れが変わったのは6月。民進党が台北市で現職の柯文哲に対抗して、独自候補を立てる決定をしてからである。」
(6)
“なぜ、「改革を支持するか否かの選挙」と銘打ったのが悪手(あくしゅ)だったのか。背景にあるのが、二つ目の要素である「蔡政権の失政」である。蔡政権は年金改革、労基法改革、脱原発、過去の権威主義体制の清算など、さまざまな重要改革を次々に実行していった。また同性婚合法化に取り組む姿勢も見せた。その理念は海外からの評価は高かったものの、肝心の台湾社会ではそれぞれに強い反対があった。選挙民は、蔡政権が経済政策に力を入れて、馬英九政権期の「停滞感」を打破してくれることを期待した。それなのに政権は政治課題にばかり熱中していると受け止めた。”
(7)
“台湾経済の昨年の成長率は2.6%前後で、決して悪くない。しかし民進党が馬英九時代に「庶民の所得が伸びていない」と批判したように、国民党は「蔡政権になっても生活が一向によくならない」と責め立て、次第に「台湾の景気は悪い」という感覚が広がった。”
(8)
“民進党はもともと権威主義体制と戦う「反体制」の政党であったが、いまや地方でも中央でも権力を握る「エスタブリッシュメント」となった。過去の民主化への貢献を「錦の御旗」にしていることに反感もある。だが、当事者の自覚は薄い。”
(9)
“「完全執政」を実現した時点で「自分たちの主張・政策がすべて信任された」と思い込み、個々の改革の課題について十分説明しないまま突き進んだ。韓国瑜ら国民党候補はこの点を衝いて、「民進党は横暴である」という印象を広げていった。”
(10)
“蔡政権発足後、中台関係は停滞し…中国人観光客が減ったことで一部の観光業者が打撃を受けたのは事実である…しかし、それ自体は台湾経済全体から見ると非常に小さい。ところが問題なのは、中国人客の減少で消費全般が落ち込み、中国人客とは関係のない県市にも影響が出ているという話が広がった点だ。蔡政権はここで有効な策や説明を講じることができなかった。”
(11)
「中国共産党…昨夏までは国民党の復活は厳しいと予測し、むしろ柯文哲台北市長をいかに取り込むかにシフトチェンジしていたところであった。…蔡政権の自滅により…中国はこの好機を活かし国民党の手助けをしてくるであろう。”
(12)
“選挙民は、今回何よりも「民進党を罰する」道を選んだ。今後国民党が、中国に大きく妥協するようであれば、「そのときは次の選挙で国民党に入れなければよい」と考えている。根底にあるのは「主権者意識の強さ」”
(13)
“彼らは政権に対して、あらゆることを要求する。…政治家が繰り広げた過剰な選挙区サービスが原因である。”
(14)
“伝統的な家父長制的国家観の影響もあり「政府は下の面倒を見るべきだ」という考え方も強い。”
また、小笠原「2018年台湾統一地方選挙の分析」(小笠原氏のホームページに掲載)では次のように指摘している:
(15)
“台湾社会において、移行期正義の理念は二重に理解されていないと指摘できる。第一に、民進党内には「移行期正義は国民党をたたく手段」と考える傾向がある。第二に、台湾社会は一般的に蒋経国に対する郷愁がいまも強い。”
(16)
“中国への農産物輸出については、2018年1月-10月の統計で過去最高になることが明らかになり、投票前の11月12日に新聞報道があった。しかし、多くの人は「中国への農産物輸出は減った」と思っていたのではないか。蔡政権がこの件について積極的に情報発信をしていたという印象は薄い”
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