「中国ガン・台湾人医師の処方箋」より(林 建良著、並木書房出版)
ブラックジャックは日本的発想
中国ガンに対し、日本はどのような対応をとるべきか。これほど深く、広く、そして速度の速いガンに対しては、一般的な手法、普通の優等生的な治療法では歯が立たない。つまり、今の日本の体制、思想では対処しようがないと断言できる。
そこで日本は普通の医者ではなく、「ブラックジャック」にならなければならない。
日本の医者はルールに縛られ、認められている治療しか行わない。そもそも日本の医者は、頭の良さよりは根性で勝負する受験戦争を勝ち抜いた人間たちだ。医学生はルールだらけの医学部で学んだ後、社会に出た途端、高い地位を手にする。だから、ほとんどの医者はその地位を守ってくれる医学界の軌道からはみ出ることをせず、忠実に医学界のルールに従っている。
それに対して手塚治虫が描いたブラックジャックは、医師会に所属したり、大学病院に勤務したりするような優等生的な医者ではない。医学界どころか、世の中には認められないような存在である。彼は他人の批判を恐れず、型破り、破天荒な発想、哲学を持ち、きわめて大胆な治療を行う。その哲学は「どんな方法を使ってでも、この病気を治す」である。そして、自分の独自の発想でやりたい治療を行う。
この作品の魅力がいかに大きいかは、全世界に多くのファンがいることを見ればわかるだろう。ブラックジャックが二十数ヵ国の言葉に翻訳され、広く読まれ、愛されている。それはブラックジャックの義侠心が感動を与えているだけでなく、彼の大胆とも言える手法が、荒唐無稽の発想からではなく、それなりに現実性を持っているからだろう。
なぜルールを最重要視する優等生国家である日本に、そのような異端児、一匹狼のブラックジャックが生まれたのだろうか。だが、一台湾人の目からみれば、日本だからこそブラックジャックが生まれたのだと思う。ブラックジャックは極めて「日本人的発想」なのだ。
●東大医学図書館にブラックジャック全巻
私自身、台湾の医学部にいたときにこの作品を読んでいる。当時、台湾でコミックとは、買うものではなくレンタルするものだったが、同級生が講堂で医学講義を受けているとき、私は何十冊もの『ブラックジャック』を借りてきて、家の中で「勉強」していた。
しかし、これを笑ってはいけない。なぜなら「白い巨塔」といわれる大学の医学部の、そのまた頂点である東大医学部の、その知識を象徴する医学部図書館に入ると、一番手前の本棚に置かれているのは『ブラックジャック』全巻である。つまり東大医学部ですら、ブラックジャック的な創造力と冒険心がなければ、病気を治すことなどできないと考えているのだ。
日本にブラックジャックが生まれたことは、歴史を見ればわかる。信長、秀吉、家康などの戦国時代の武将たちは、みな型破りな発想を持った存在だった。明治維新の志士たちも同じで、体制の中で当然と思われていることを打破し、新たな体制を作りあげた。彼らが作った体制とは、近代国民国家という、それまで日本には存在しないものだった。
昭和時代に入ってからの大東亜共栄圏構想なども、EUなどの今日のグローバル経済圏の一つの原型になっている。満州国の建国も、今ではよその土地に国家を造るなどとんでもないことだと批判されるが、そこに数百万人もの中国人が喜んで住みついたのだから、まさに日本人の創造力と冒険心が生み出した歴史上の奇跡である。実際、台湾と同様、日本人が建国した満州国は現在の中国東北経済圏の産業基盤になっている。
ルールに縛られて活力を失っている今の日本人は老人のように見えるが、かつてはこのように、未知の世界に飛び込んで成功を収めてきたのである。だから、かつての活力を取り戻すことができれば日本はブラックジャックになれるのだ。
●ブラックジャックならどうするか?
ブラックジャックなら、どのような大胆な手法で中国ガンを退治するのだろうか。ブラックジャックを読んで医者になった私は、いつも「師匠」なら、どうするのかと考える。既成の概念にとらわれず、細心かつ大胆な中国ガン治療法とはなにか。
中国ガンの治療方針は、以下の事実を認識した上で立てなければならない。
1、ガン細胞は完全に殲滅できないこと。
2、治療には痛みが伴うこと。
3、ガン細胞の強い抵抗に必ず直面すること。
4、日本がイニシアチブをとらなければいけないこと。
中国ガンは普通のガンと違い、十三億の人間を外科的手法で摘除することは当然不可能である。そこが中国ガンを退治する一番の難点であろう。だからこそ、ガン細胞を殲滅するではなく、無害化する以外に取るべき方法はない。どうやって無害化できるのか、ブラックジャックならどうするのか?
中国ガンを治療するにあたって、一番の困難は恐らく日本国内からの抵抗であろう。まず経済界からは株が大暴落からやめろとの大合唱が起こり、外務省からは中国が報復するからやめろと邪魔をするだろう。国民からも余計なことをするなとの非難の声が起こるだろう。
このような反応は想像ではなく、確実に起こると言ってよい。
●「中国を刺激するな」という金科玉条
ガン治療の難しいところは、ガン細胞の狡猾さと強い生存本能と戦わなければいけないことだ。中国ガンも然り。世界第二の経済力を持つ核保有国で、国連安全保障理事会の常任理事国でもある中国ガンは、日本以上に影響力を持ち、軍事力を使うこともためらわない。
このような中国を怒らせないでガン治療することは至難の業だ。しかし、中国ガンを退治しなければ、地球全体が壊滅してしまうことは明らかなのだ。
戦後の日本は国際政治に主導的な役割を果たさず、経済のみに専念してきた。中国のことに関しても同じアメリカ任せだった。
日本は中国と国交を樹立して以来、中国の嫌がることをしない、中国が聞きたくないことを言わないようにしてきた。「中国を刺激するな」という姿勢をかたくなに、まさに金科玉条として守ってきた。だから、資金も技術も投入して中国の経済発展に貢献するだけでなく、「反日」という中国社会のガス抜き機能にも一役買っている。
つまり、日本は中国ガンにとって、栄養分を供給してくれるだけでなく、中国社会が時たま服用しなければいけない「ナショナリズム」という名の安定剤にもなるありがたい存在なのだ。
しかし、いくら中国に贖罪意識が感じていたとしても、中国ガンの牙は日本に向けられていることを忘れてはいけない。やがて全世界を侵食してしまう中国ガンが真っ先に飲み込もうとしているのは、日本と台湾なのだ。
●日本にしかできない神業とは
中国問題をアメリカ任せにしている日本は、実は中国と二千年以上、対等に渡り合ってきた国だ。日本の中国研究は世界でも屈指なのだが、その正しい知識は政界や財界に反映されていない。それどころか、日本の政財界もマスコミも、中国の真実から目を背けている。
アメリカは太平洋国家と言っても、思想や知識の面ではやはり西欧中心である。さらに一神教のキリスト教国家であるため、思想的には善と悪がはっきりしており、灰色的な中国思想の深層部分を完全に理解することは難しい。
その点で日本は違う。二千年以上の中国に対する累積知識は世界のどの国をも凌駕している。だから戦争のトラウマがあるにせよ、日本がイニシアチブをとらず、中国問題をアメリカ任せにすることは無責任な態度だと言わざるを得ない。この厄介な中国ガン退治は、日本が主導して挑む以外に方策はないのだ。
では、師匠のブラックジャックなら、中国ガンをどう治療するのか?
私が台湾のガンセンターで研修していたとき、センター長の先生がよく口にしていたのは「手術は成功しても、患者が死んでしまったケースは、医者の驕り以外なにも残らない」という戒めだった。
現実世界にはこのようなことがよくある。妥協しない外科医ほどガン患者を死なせる。中国ガンを退治することも同じであるが、重要なのは地球が健康になることだ。ガン細胞を一つ残らず綺麗にとろうと、広範囲の組織を摘除して患者を痛めつけたうえ、死なせてしまうような治療ではなんの意味もない。
だから、中国ガンの治療は限定的切除と広範囲な免疫療法によって、中国ガンを無害化する以外に道はない。このような神業はブラックジャックを生み出した日本しかできないのだ。