【阿彰の台湾写真紀行】No. 25 涼麵( liâng-mī :リャンミィ=台湾語/liáng miàn:リャンミェン=華語)

【阿彰の台湾写真紀行】No. 25  涼麵( liâng-mī :リャンミィ=台湾語/liáng miàn:リャンミェン=華語)
「台湾の声」【阿彰の台湾写真紀行】No. 25
涼麵( liâng-mī :リャンミィ=台湾語/liáng
miàn:リャンミェン=華語)

 伝統的な台湾料理ではなく、牛肉麵のように、第二次大戦後に台湾へ移民してきた中国人やその子孫によって広められたと言われている麵料理の一つに涼麵(
liâng-mī :リャンミィ=台湾語/liáng
miàn:リャンミェン=華語)というものがある。漢字を見るとすごく冷えた麵料理のようだが、冷水や氷などを使って、特別に冷やされているわけではない。扇風機の風などを利用して、常温程度に冷まされた麵とタレや具を一緒にかき混ぜて食すものだ。

 中国各地には昔から常温で食べる涼麵や混ぜ麺の類があったようだ。例えば、ミャンマーから台湾へ移民してきた、雲南系、福建系、広東系、客家系華人や傣族系などの人々が集まる、新北市華新街(ミャンマー人街)の飲食店には常温で食す、各種の涼麵や混ぜ麺、各種のライスヌードゥル料理がある。その一部は前回の【阿彰の台湾写真紀行】No.
24でも紹介させていただいた。華新街で、よく見かける雲南涼麵のタレの味は日本の冷やし中華のタレの味に似た甘酸っぱい味である。

 日本には冷やし中華、冷やし蕎麦・うどん、冷やしそうめん、韓国式冷麺などの冷たい麵料理はいろいろあるが、どれもが冷たく、あっさりした麵料理である。日本人にとって、台湾にある各種の常温で食べる油っぽい麵料理には少し衝撃を受けると思う。食感的には冷めた中華料理を食べている感じなのだが、冷めた不味い中華料理を食べているという感覚にはならず、なぜ、冷めていても美味しいのだろうと、不思議な感覚を味わえる。実は筆者がこの感覚を最初に味わったのは台湾ではなく、アメリカのニューヨークにあったミャンマー料理店であった。店のオーナーはミャンマーから台湾へ移民し、さらにアメリカへ移民した華人女性だった。

 
一般的な台湾式の涼麵は中国四川省の麵料理の影響があるとよく言われるが、実際に誰が中国のどこの地域の麵料理を改良して、どういう経緯で台湾に広めたものなのか、一般的にはあまり知られていないようだ。戦後に中国から移民してきた軍人や公務員とその家族が集まり暮らしていた、”眷村”と呼ばれるコミュニティーが、かつて台湾各地にあったのだが、その眷村の家庭で生まれた涼麵が外部に伝わったのでは?と説明する人もいる。

 台湾式の涼麵によく使われる麵は台湾に戦前から存在する油麵や戦後に涼麵用に開発された麵(どちらも「かん水=アルカリ塩水溶液」が含まれる黄色い麵)である(嘉義の涼麵や豆菜麵には白く平たい麵が使われる)。タレは店によって違いがあるが、一般的に胡麻ダレ(麻醬)が多い。この胡麻ダレは胡麻ペースト、ピーナツペースト、ニンニク、醤油、胡麻油、ラー油、チリパウダー、レモン、烏醋(酢というよりウスターソースに近い)、砂糖などを混ぜて作られている。調味料の種類や配合の割合などはもちろん各店や各家庭で違う。また、このタレを先に器に入れ、その後に麵を盛り付ける店もあれば、麵を先に器に入れ、その上からタレをかける店がある。

 涼麵にトッピングされる具は、「瓜仔哖:koe-á-nî(クエアニィ=きゅうり)」の千切りだけというのが一般的だが、「紅菜頭:âng-chhài-thâu(アンツァイタウ=にんじん)」の千切りを加えたり、「榨菜:chà-chhài(ツァアツァイ=ザーサイ、つまりカラシナの漬物)」や「肉絲:bah-si(バァシィ=豚肉細切り)」、「khŏng-niá-khuh(コンニアクゥ=こんにゃく)」、「豆干
:tāu-koaⁿ(タウコア=干し豆腐)」、「肉燥:bah-sò(バァソー=豚挽肉の炒め煮)」
などがトッピングされているものもある。

 台湾南部の嘉義では胡麻ダレだけでなく、台湾式のマヨネーズ(嘉義一帯の人達は白醋:pe̍h-chhò͘=ペェツォーと呼ぶ)も加えるという特別な食べ方がある。台北市や台北市近郊でよく見られるものは胡麻ダレに「oa-sá-bih(オアサビッ=わさび)」や「番薑仔醬:hoan-kiuⁿ-á-chiùⁿ(ホアンキュウアチゥ=チリソース)」を混ぜる食べ方だ。台湾ではスープ無しの混ぜ麺や和え麺を注文する時、一緒にスープ料理も注文するのが一般的だが、涼麵と「味噌湯:mí-so͘h-thng(ミィソォトゥン=味噌汁)」を一緒に注文する人が多い。この台湾式味噌汁は「豆腐:tāu-hū(タウフゥ=とうふ)」、「柴魚片:chhâ-hî-phìⁿ
(ツァアヒィピィ=削り節)」、「魚脯仔:hî-pó͘
-á(ヒィポォア=煮干し)」、「蔥仔珠:chhang-á-chu(ツァンガァツゥ=刻み葱)」が入っていて、見た目は日本の味噌汁のようだが、若干甘みのある味噌汁である。

 この涼麵を朝食として食べる習慣を持つ人達もけっこういる。だから台北市内では早朝から昼過ぎまでしか開けない涼麵の専門店や屋台があちこちに存在する。興味深いのは、台湾式涼麵を売る朝ごはん屋さんでは涼麵の他に「甜不辣:thiân-pú-lah(テンプゥラァッ=おでんのような料理)」、「壽司:sú-sih(スゥシッ=巻き寿司やいなり寿司)」も売る店がある。これらは名称を見てわかる通り、日本食文化の影響を強く受けた台湾料理である。このことについては前々回の【阿彰の台湾写真紀行】No.
23でも触れた。

 筆者個人の涼麵に対するイメージは伝統的な台湾料理とは言えないが、中国のどこかの地方料理とも言えない、中国や日本の食文化の影響を受け、台湾で生まれた一種の台湾創作料理というイメージである。実は20年ほど前に当時60歳ぐらいの人達に、「涼麵は伝統的な料理ではなく、比較的新しい料理だと思う。自分達が子供の頃には見たことがなかった」と聞いたことがある。

 戦前の台湾では涼麵のようなものは本当になかったのか?確かに一般的に台湾人、特に年配者は食事と言ったら、熱いもの、暖かいものを食すという習慣が一般的である。冷たいものは好まない。また麵という食材は戦前の台湾でも存在したが、日常的に誰もがよく食べていたものではなかったようだ。麵を食べる習慣は戦後に移民してきた中国人が広めた食習慣で、戦前の台湾には麵を食す習慣はなかったと大げさな説明をする年配の台湾人も多い。

 ちょっと調べてみると、実は戦前の台湾でも常温の麵を食べていた地域があったようだ。例えば、台南と嘉義の境界地域一帯で食べられている、「豆菜麵:tāu-chhài-mī(タウツァイミィ)という名の、常温で食す、もやしと醤油ダレ入りの混ぜ麵料理がある。一説によると1920年代にはすでに存在し、台湾式涼麵のルーツのひとつになるのかもしれないと言われている。台北市ではなかなか食べられないが、隣街の新北市蘆州區に豆菜麵を売る有名な屋台がある。戦前の台湾でも涼麵のような物を食べていた人がいるのは、夏に冷たい物を食べたり、飲んだりするのが好きな日本人の食生活の影響があるのでは?と考える人もいるようだ。


編集部より:「阿彰の台湾写真紀行」では、台湾在住のデザイナー、『台北美味しい物語』著者である内海彰氏が撮影した写真とエッセイをお届けします。写真は末尾のリンクから取得することができます。


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1麻醬涼麵

2麻醬涼麵

3麻醬涼麵

4雙醬涼麵180854

5榨菜肉絲涼麵120652

6華新街(ミャンマー人街)の雲南涼麵

7華新街(ミャンマー人街)の涼拌麵

8頭菜麺

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