【産経正論】日本はアジアではなく太平洋だ

【産経正論】日本はアジアではなく太平洋だ
【産経正論】日本はアジアではなく太平洋だ 

2015.5.29 産経新聞

東洋学園大学教授・櫻田淳

 ちょうど1カ月前、安倍晋三首相が米国連邦議会上下両院合同会議で行った演説(以下、「希望の同盟」演説と略)は、戦後70年を経た日米両国の「和解」を確定させる意義を持つものであった。

 もっとも、この「希望の同盟」演説の意義を半減させないためにも、具体的な政策上の裏付けが用意されなければならない。集団的自衛権行使を織り込んだ安全保障法制整備の落着、そして環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の樹立は、そうした裏付けにおける当面の双璧であろう。

 ≪海を基準にした位置付けを≫

 こうした政策上の推移は、日本の国家としてのアイデンティティーに関わる一つの重要な問いを突き付けている。それは、「日本が国家としての軸足を置くのはアジアなのか、それとも太平洋なのか」という問いである。

 そもそも、世界地図上、日本を含む領域は、どのように呼ばれるのか。従来、「陸」を基準にして、日本は「東アジア」や「北東アジア」を成す国として位置付けられるのが、一般的であった。特に中韓両国が向ける複雑な対日視線の底流には、日本が彼らと同類の「東アジア」や「北東アジア」の国であるという認識がある。

 ただし、こういう認識は、物事の「重心」が中国大陸に引っ張られた感じになる。それは、結局のところは、「中国-中心、日本-周縁」という、近代以前の国際認識の焼き直しでしかないのである。

 故に、今後は、「海」を基準にして、「日本は『北西太平洋』の国である」と定義するのが適切であろう。

 この定義に拠(よ)るならば、日本にとっての多くの「可能性」を考えることができる。「海」を基準にして考えれば、たとえばインドネシア、マレーシア、タイ、シンガポールに代表される東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国は、アジア大陸の一部としての「東南アジア」ではなく、「北西太平洋とインド洋のリエゾン(連結)国家群」であると定義できる。

 ≪南シナ海は北西太平洋の縁海≫

 川勝平太静岡県知事が20年近く前に著した『文明の海洋史観』によれば、東南アジア多島海が自由貿易体制と呼ばれるものの発祥の地であり、17世紀以降にインド洋を経て当地に進出した英国は、それを自らの帝国運営のイデオロギーとして吸収したのである。

 TPPは、20世紀に英国から米国に移った自由貿易体制という「理念」が、再び故地である東南アジア多島海を含む西太平洋に戻っていくのを告げる枠組みである。「北西太平洋の国」としての日本には、TPP樹立に尽力し、それを後々、インド洋にまで広げる構想を考える大義が十分に備わっているのではないか。

 加えて、「海」を基準にして観察すれば、目下、米中両国の相克の焦点になっている南シナ海は、北西太平洋の一部を成す「縁海」の一つでしかない。

 先刻、ジョン・F・ケリー米国国務長官が中国の王毅外相に続き范長竜・中央軍事委員会副主席と会談した折、南シナ海での岩礁埋め立てに懸念を表明したケリー長官に対して、范副主席は、「米国は客観的で公平な態度でみるべきだ。中国の政策の意図を正確に理解し、言行を慎むべきだ」と語った旨、報じられている。

 この范副主席の発言にせよ、「主権と領土を断固守る。われわれの立場は今後も何ら変わらない」という王外相の発言にせよ、そこに表れるのは、「南シナ海情勢に関して、『外野』は容喙(ようかい)するな」という中国政府の姿勢である。それは、東シナ海や南シナ海が「中国大陸に付属する海」であるという「陸」中心の視点を反映したものである。

 ≪日本人の模索の幕開け≫

 しかし、「北太平洋の国々」である日米両国には、太平洋の「縁海」としての南シナ海情勢に関心を寄せるべき十分な大義がある。少なくとも、北西太平洋の「外縁」に位置する中国には、「『外野』が容喙するな」と公言する資格はないであろう。「海」を基準にすれば、中国こそが北西太平洋にじかに接することのない「外野」なのである。

 安倍首相が訪米時に献花した第二次世界大戦記念碑はちょうど11年前の本日、除幕式が執り行われた。「希望の同盟」演説中、この記念碑訪問に触れながら安倍首相が示した「深い悔悟」と「永遠の哀悼」は、「昔日の敵」であった米国の将兵というよりも、永井陽之助(政治学者)の言葉にある「太平洋という海洋を挟んで相対峙(たいじ)した二大海軍国が、心から手を握るために、支払わねばならなかった巨大な代償」に対して向けられたと解すれば、その意義が深まるであろう。

 日本が「北東アジア」ではなく、「北西太平洋」に位置するという明確な自覚の下、その永井の言葉にある日米両国共通の「代償」の上に何を築き上げていくのか。日本の人々にとっては、そうした模索の歳月が本格的に幕を開けたのは、間違いないであろう。(さくらだ じゅん)

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