【産経正論】中国との均衡こそ取るべき道だ

【産経正論】中国との均衡こそ取るべき道だ 

2015.1.13 産経新聞

    防衛大学校教授・村井友秀

 脅威になる国とは、面積・人口・経済力が大きく、地理的に近く、攻撃能力があり、攻撃意図もある国である(脅威均衡論)。攻撃意図とは、軍事力を使って現状を変更しようとする意志である。日本の周辺国がこのような条件を持っているか検討する。

 ≪最大の脅威はどこの国か≫

 周辺国の攻撃能力をみると、米国、ロシア、中国、北朝鮮は日本を射程に収める弾道ミサイルと核兵器を保有している。韓国も数年以内に西日本に到達する射程800キロの弾道ミサイルを開発する。

 次に攻撃意図をみると、米国は日本の同盟国であり日本に対する攻撃意図を持っているとは考えられない。ロシアは北方領土を占領して日本の主権を侵害しているが、現状を変更しようとする攻撃意図はない。中国は尖閣諸島周辺の日本の領海に侵入を繰り返し、現状を変更しようとする攻撃意図がある。北朝鮮は日本人を拉致し日本の主権を侵害しているが、北朝鮮の最優先国家目標は金正恩体制の維持という現状維持である。韓国は竹島を占領し日本の主権を侵害しているが、現状を変更する攻撃意図はない。

 地理的近接性をみると、米国本土は日本から約1万キロ離れている。しかし、ロシア、中国、北朝鮮、韓国は数十キロから数百キロ離れているだけである。面積を比較すると、北朝鮮や韓国は日本より小さいが、米国、ロシア、中国は日本の20倍以上の国土を持つ。人口をみると、北朝鮮や韓国は日本より少ないが、米国は日本の約3倍、ロシアも日本より人口が多く、中国は約10倍の人口を持っている。経済力では、ロシア、北朝鮮、韓国の国内総生産(GDP)は日本より小さく、中国と米国のGDPは日本より大きい。

 周辺諸国を比較検討すると、面積・人口・経済力が日本よりも大きく、地理的に近く、攻撃能力があり、攻撃意図があるのは中国だけである。従って日本にとり最大の脅威は中国ということになる。

 ≪日本が突きつけられる選択肢≫

 強大な隣国の圧力にさらされた国家が進む方向は2つある。ひとつは追従(bandwagon)であり、もうひとつの方向は均衡(balance)である。もし日本が中国に対して追従の方向に進めば、中国は好意的に対応し、日本の対中貿易は増大して日本の経済的利益は拡大するであろう。

 しかし、ロシア、モンゴル、北朝鮮、韓国、台湾、フィリピン、ベトナム、インドネシア、ミャンマー、インド、オーストラリア、そして米国において、中国に対抗できる日本というイメージ(ソフトパワー)が損なわれることになる。ソフトパワーとはその国に対する信頼感や好感度であり、強制ではなく同意によって人々の行動を変える力である。

 もし、日本が中国に対して均衡の方向に進めば、中国は日本との貿易を拒否し、対中貿易による日本の経済的利益は縮小することになる。しかし、中国の圧力と威嚇に苦しむアジア諸国の信頼と尊敬を獲得することができるであろう。他方、日本が中国に追従すれば、中国への対抗軸としての役割を期待するアジア諸国の失望と軽蔑を招くであろう。

 どちらに進むかは日本人の国家観の問題であり、軽蔑されても優しいエコノミックアニマルとして生きるのか、犠牲を覚悟して「弱きを助け強きを挫(くじ)く」国家として生きるのかという問題である。

 ≪戦争は軍拡よりも高コスト≫

 均衡する、すなわち軍事バランスを維持するという意味は、必ずしも相手と同等の軍事力を持つという意味ではない。相手と同等の軍事力を持っていれば相手の軍事的威嚇は通用せず、相手の要求を拒否できる。しかし、自分に軍事力がなければ相手の軍事的威嚇に対抗することができず、相手の要求に従わざるを得ない。

 もし、相手の2分の1の軍事力を持っていれば相手の要求の2分の1に従うだけでよい。要するに、相手の軍事力に近づけば近づくほど相手の要求を拒否することができるのである。

 東アジアには世界一強力な米軍と日米同盟が存在する。しかし、中国は同盟を信用せず、米国から遠く離れた小さな島をめぐる争いに米軍は介入しないと考えている(『人民日報』2012年11月5日)。この中国の誤解を解くことは難しいが、中国が無謀な行動に出ることを抑止するためには、米軍が出てこない状況においても中国軍を抑止できる態勢を築く必要がある。すなわち、日中間で軍事力を均衡させることが望ましい。

 軍事力を均衡させるために日本が軍事力を増強すれば、日中間で軍拡競争が発生する可能性がある。それは日中双方にとって大きな経済的負担になる。しかし、戦争のコストは軍拡競争のコストよりも大きい。軍拡競争によって平和が維持されるのであれば、日本はより小さなコストを選ぶべきである。軍事バランスを維持することによって平和が保たれ、ソフトパワーの競争になれば豊かな民主主義国家である日本が独裁国家に負けることはない。(むらい ともひで)


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