【産経正論】「真珠湾」超越した新しい同盟構築目指せ

【産経正論】「真珠湾」超越した新しい同盟構築目指せ 「希望の同盟」を潰してはならぬ 

2016.12.29産経新聞

          杏林大学名誉教授・田久保忠衛

 ≪「真珠湾」を超越した関係構築を≫

 小学校3年生のときに真珠湾攻撃の大本営発表を聞き、敗戦の御詔勅に接したのは中学校1年生だった。占領下の日本がどのようなものであったかは自らの体験を通じて理解している。

 60年安保騒動をはじめとする日米関係の危機、とりわけ1970年代初頭の日米繊維戦争、ニクソン訪中による衝撃はニュースの報道者として現場にいた。そのせいもあったろう。安倍晋三首相とオバマ米大統領がそろってアリゾナ記念館を訪れ静かに目を閉じ献花した様子をテレビで見て、日米関係もついにここまできたかとの感慨に耽(ふけ)った。

 首相は「希望の同盟」と「和解の力」を説いたが、これは今後の同盟のあり方を物語る。複雑怪奇の度合いを強める国際社会を日本が生き延びるには「真珠湾」を超越した新しい、より強固な同盟関係構築を目指さなければならない。首相のハワイ訪問はその原点になるのではないか。

  unpredictable (予想不可能)という言葉が英字紙などに目立って多くなっている。最たる例は、次期米政権がどのような外交・防衛政策を打ち出そうとするのかが不明なことだ。

 トランプ次期大統領は自らロシアのプーチン大統領を優れた指導者だと評価し、米石油メジャー、エクソン・モービルのレックス・ティラーソン会長兼最高経営責任者(CEO)を国務長官に、イスラム国(IS)を破滅させるためにはロシアと手を結ぶべきだと主張してきたマイケル・フリン元国防情報局(DIA)局長を大統領補佐官(国家安全保障担当)にそれぞれ指名した。次期米政府はロシアとの関係改善を望んでいると誰もが感じるだろう。

 ≪急激な変化をきたす国際秩序≫

 トランプ氏は台湾の蔡英文総統と電話で短時間ながら会談した。その後、テレビ・インタビューで「貿易などで合意ができないなら、なぜ『一つの中国』に縛られなければいけないのか」と述べた。従来の米政府の対中国政策を観察している者にとっては、にわかに信じ難いニュースだ。貿易だけではなく、南シナ海についても同じインタビューで言及しているから、米新政府は中国に厳しい政策をとるに違いないと読むだろう。

 しかしながら、いずれの場合にも重要なただし書きが必要である。ロシアに関しては、米大統領選でトランプ氏を勝たせようともくろんで民主党大会にサイバー攻撃を加えた-との米中央情報局(CIA)報告が公にされ、オバマ大統領はこれを確認した。トランプ陣営は猛反発しているが、この問題が発展していくと米国内にいかなる事態が発生するか。

 さらにトランプ氏は訪中して習近平国家主席と会談したキッシンジャー元国務長官を通じて意思を交換したとみられている。習主席と長年交際があるアイオワ州知事のテリー・ブランスタッド氏は次期駐中国大使に指名されている。

 米国だけでなく、いまの国際社会の秩序は構造的に急激な変化をきたしている。米最大のシンクタンクである外交問題評議会のリチャード・ハース会長は、フォーリン・アフェアーズ誌最新号に「世界秩序2・0」と題する一文を書き、1648年のウェストファリア条約で規定された国家主権を基本とする国際秩序に疑問を呈した。国家間の紛争や不安定を、主権尊重や勢力均衡を唱えて収めようとしても不可能な観光客、テロリスト、難民、電子メール、疾病、ドル、温室効果ガスなどを国際化した社会が招いてしまったので、従来の秩序1・0に代わり、「2・0」が必要だとの指摘である。

 ≪誠実な対応が理解を深める≫

 2国間外交に話を戻そう。安倍首相のハワイ訪問は、オバマ政権末期、トランプ新政権発足直前という絶妙のタイミングで行われた。首相はいち早くトランプ氏と電話、次いで直接会談を行い、大統領就任式後には公式の首脳会談を予定しているという。

 11年間続いた日英同盟の英側当事者だったエドワード・グレイ外相は回想録の中で、日本がいかに英国にとって公平で、忠実な同盟国であったかを特に書き記している。目標、戦略、戦術がどういうものであるかはっきりしないトランプ政権に日本を理解させるには、陳腐な表現だが、誠実な対応をするほかない。

 気になるのは元政府首脳の月刊誌での発言だ。2年前にプーチン大統領に対し「(日本は)確かにアメリカの言いなりになって制裁を科した。しかし、大統領、実害がありましたか」と述べたいきさつを明らかにしている。おそらく、安倍首相が進めている対露外交を成功させたいとの熱意からだろうが、事実とすれば米国をはじめ日本が身を置いてきた民主主義諸国への背信行為で、日米外交の信頼性は地に落ちる。「希望の同盟」は潰れる。

 遠心力が働き、中心点がぼやけている国際社会の中で、改めて悟るべきは同盟の価値だ。(杏林大学名誉教授・田久保忠衛 たくぼ ただえ)