【台湾紀行】台湾の桃源郷-南湖大山とシャクナゲ

【台湾紀行】台湾の桃源郷-南湖大山とシャクナゲ
【台湾紀行】台湾の桃源郷-南湖大山とシャクナゲ
令和3年5月16日

西 豊穣

<プロローグ>
 今回は筆者自身の考える台湾の桃源郷について、台湾の野生植物の中で筆者が最も好きなシャクナゲを絡めながら話しをしたい。最初に断っておくが筆者は博物学の専門家ではないので、この投稿の中で提供している情報が最新の学説に基づいたものであるかどうかは自信がない。台湾内で一般人向けに提供されている複数の情報、資料に依っていることをご理解いただきたい。特に本投稿の中で紹介するシャクナゲに関する情報は、林務局が提供する資料(註1)の内容を基本とした。

 台湾で毎年春から初夏に掛けて新聞、テレビ、ネット上を文字通り彩る花は、開花時期の早い順に梅、桜、杜鵑花、一葉蘭、油桐だと思う。シャクナゲは杜鵑花に含まれるのだが、報道の対象となるのは通称「高山杜鵑花」である。学術上、高山は具体的な標高で定義されていないが、高山植物に対しては、森林限界(台湾では「林木線」)を越えて生育する植物という一般的な定義がある。
台湾の森林限界は、日本の森林限界である2,500メートル前後より1,000メートルは高いと謂われるので、3,500メートル前後以上が生育上限と定義出来るかもしれない。実際台湾の高山杜鵑花はそのような標高を生育域としている。

 杜鵑花はツツジ目ツツジ科ツツジ属下の種に対する台湾での総称である。中文では杜鵑花目杜鵑花科杜鵑花属だ。日本ではツツジ、サツキ、シャクナゲは伝統的に区別して呼称されるが、台湾ではこれら三種は全て杜鵑花である。

 筆者は「杜鵑」の二文字をタイプする際、「ほととぎす」と打ち漢字変換する。日本語MS-IMEでは漢字変換のトップに出て来るので便利だからだ。その後は「不如帰」、「沓手鳥」、「霍公鳥」と続く。試しに「つつじ」とタイプすると「躑躅」、「さつき」では「皐月」、「しゃくなげ」と打つと「石楠花」と「石南花」に変換されるという具合で杜鵑は変換候補に上がって来ない。詰り、日本では杜鵑は専ら鳥類に使われていることになる。では、カッコウ科カッコウ属のホトトギスは台湾ではどのように表記するのか?答えは、杜鵑科杜鵑属小杜鵑である。大杜鵑がカッコウだ。即ち、学術上は、杜鵑が鳥類、杜鵑花を植物として区別している。尚、漢文の中に杜鵑の文字があればそのまま「とけん」と音読みするのが妥当だと思う。

<「杜鵑」の由来>
 ホトトギスとしての杜鵑は中国の故事(註2)に由来している。東周朝末期(春秋戦国時代末期)、蜀(古代の蜀国という意味で古蜀と呼び三国時代の蜀と区別する)の君主杜宇は望帝と号し、死後ホトトギスに生まれ変わった。後日蜀は秦に滅ぼされ、杜宇は昼夜を問わず失国を悲憤慷慨、涙を流し血を吐いて嘆いた。後年、白居易(白楽天)は、彼の代表作の一つ「琵琶行」の中で「杜鵑啼血猿哀鳴」(杜鵑は血に啼き猿は哀しく鳴く)と謡った。以降「杜鵑啼血」の四字熟語は極度の悲しみの比喩として使われるようになる。

 以上の故事から、杜鵑とはホトトギスに転生した杜氏ということになる。啼血はホトトギスの鳴声(日本だと「テッペンカケタカ」が聞きなしの代表例)と口腔内が赤色を呈していることからの連想だ。同時に、杜鵑がツツジ属の花々に転用されるようになった由来も暗示している。ツツジ属花弁の代表的な色合いである白地に鮮紅色の取り合わせが吐血の飛沫のイメージと重なるからである。林務局資料では、以下紹介する三種の台湾固有種のシャクナゲの花弁の色は「白至淡紫紅」で統一してある。日本語なら「白から薄紅色」と言ったところだが、蕾、咲始め、満開、咲終りと刻々と花弁の色合いは変化していく。
                                  
<ニイタカシャクナゲ>
 林務局資料に依ると、台湾の野生のツツジ属は合計16種、この内、台湾固有種(台湾では「特有種」)は11種だ。これらを日本風にツツジ、サツキ、シャクナゲに切り分けるのはそうそう簡単ではない。ネット上にある写真を頼りに筆者自身で分類してみた。ツツジ・サツキ対シャクナゲはざっくり半々だと思う。ツツジとサツキの見分け方を指南した日本語サイトが多いのは、日本人でも良く判らないからだ。幾つかのサイトを覗いてみたが逆に混乱するばかりである。皐月杜鵑は種としては存在するが、林務局資料のリストには入っていない。台湾では専ら日本原産の園芸用のものを指しているような印象を受ける。

 高山杜鵑花は、玉山杜鵑(ニイタカシャクナゲ)、森氏杜鵑(モリシャクナゲ)、南湖杜鵑(ナンコシャクナゲ)、紅毛杜鵑(アカゲツツジ)の四種と長年謂われて来た。玉山はご存じの通り台湾の最高峰、日本時代の「新高山」(にいたかやま)、標高3,952メートルである。森氏とは森丑之助だ。南湖は南湖大山(なんこだいさん)、登山界で中央山脈北一段と呼ばれる山域の名峰、標高は3,742メートル、富士山とほぼ同じである。
2004年になりDNA鑑定の結果、ニイタカシャクナゲとモリシャクナゲとは同種であると認定され、今はニイタカシャクナゲの別名としてモリシャクナゲは表記されている。林務局資料中の生育高度は、ニイタカシャクナゲが2,800~3,900メートル、ナンコシャクナゲが1,400~3,700メートル、アカゲツツジが1,000~3,300メートルとなっている。ニイタカシャクナゲについて言えば、生育高度下限として2,000メートル前後と記した資料も多い。モリシャクナゲの生育高度と見做されて来た生育高度を合わせ込んだのかもしれない。

 筆者はこれまで四回玉山に登頂したことがあり、内三回はシャクナゲの開花期に当たった。標高約2,600メートルの玉山西側塔塔加(日本時代の「タータカ」)登山口から玉山頂上までの距離は約10キロ、落差約1,300メートル、往路8時間程度の山行となる。通常は標高3,400メートル地点にある排雲山荘に一泊し翌日頂上を目指すが、毎日の入山者数は山荘の収容能力116人で制限され、しかも事前の抽選制になっているので、現在の武漢肺炎禍中、国内登山人口が爆発的に増えている現在、平日の登山を企図してもなかなか当たらない。
そこで台湾人ハイカーの間で使われる「単攻」の敢行となる。日帰り往復である。体力に自信があれば十分に可能だ。往路の最初の東屋「孟禄亭」の標高が約2,800メートル、そこまではアカゲツツジの群生に迎えられる。そこを過ぎると後はニイタカシャクナゲに主役が代わり排雲山荘を経て頂上直下まで這い上がっているので、開花期の玉山登山は始めから終わりまで高山杜鵑花鑑賞となる。台湾第二の高峰、日本時代の「次高山」(つぎたかやま)である雪山(標高3,886メートル)頂上にはニイタカシャクナゲが群生しているので、先の林務局資料のデータは正確ということになる。ニイタカシャクナゲは丈3メートル程度まで伸びる高木(台湾では「喬木」:幹がある樹木)に分類されているが、生育高度、即ち環境温度次第で低木(台湾では「灌木」:幹が不明瞭な樹木)状を呈する。

<ナンコシャクナゲ>
 台湾の桃源郷は何処かと問われれば、筆者は南湖大山と即答する。氷河に削り出された南湖大山群峰とそれらに取り囲まれた壮大な谷を擁する天国的な大パノラマ(註3)と撓わ(たわわ)に咲き誇るナンコシャクナゲ(註4)の点景の取り合せの妙は感動的である。自然の斧で切鑿された剥き出しの荒々しさと広大な谷底の静謐が同居している。それ故、台湾人ハイカーの間では、台湾山岳の王者とか帝王と呼ばれる。南湖大山登頂の機会はこれまで二回あるが、初回時は丁度ナンコシャクナゲの開花期に重なったのはこの上なく幸運だったと憶う。

 台湾人には使い辛いらしく余り流通していないが、2千元札の裏のデザインは、バックに中央尖山(標高3,705メートル)を従えた南湖大山と台湾の国宝魚と呼ばれる「タイワンマス」(台湾の正式名称は「台灣櫻花鉤吻鮭」、サケ科)の組み合わせになっている。南湖大山の図柄は一番手前に半円球状の低木群が描き込まれているが、ナンコシャクナゲの群生である。

 ニイタカシャクナゲとナンコシャクナゲは花弁を比較して見分けるのは難しい。大きな違いはナンコシャクナゲの葉裏は赤褐色の毛に覆われておりコーヒー色に見えることである。又、ニイタカシャクナゲが山系を問わず広く分布しているのに対し、ナンコシャクナゲの場合、分布の中心が南湖大山系の一部地域に限定されていることである。しかも、南湖大山系に限ってもニイタカシャクナゲの生育域が遥かに広いのではないかと思う。更に、ナンコシャクナゲは低木で、丈が2メートルを越えるのは珍しいとされる。

 中央山脈と雪山山脈の鞍部、宜蘭県と台中市の境界に位置する思源唖口(「唖口」は鞍部(あんぶ)の意味)に南湖大山登山口があり、ハイカーは南湖大山群峰の登山ベースとなる南湖山荘を目指す。その間の距離は20キロ強、落差は1,800メートル弱、歩行13時間前後のコースだ。この間に一つの避難小屋と二つの山小屋がある。往路の最高点である北峰(標高3,772メートル)頂上まで辿り着いた時に先ず目に飛び込んで来るのは、右手(西側)に鎮座する主峰の大山塊、その左側(東側)山裾に沿い真っ直ぐに延びる谷底の平坦地、そして足元の登山道が旧斜面を、その谷底にある南湖山荘に向かい急降下する様である。通称「下圏谷」である。
全く同じ構造の地形が更に左手にもあり、平坦地の標高が僅かに高いので「上圏谷」と呼ばれている。上圏谷の南側突端が東峰(標高3,632メートル)で、下圏谷の北側突端である北峰とこの東峰を結ぶこれら二条の谷の差し渡しは約1,300メートルもある。これらを氷食地形(氷河遺跡)として特定したのは鹿野忠雄である。圏谷(カール)とは山頂付近に発達した氷河が、自重で岩石を削ったり剥ぎ取ったりして形成された半椀状の凹地を指す。

 鹿野忠雄が昭和7年(1932年)『地理學評論』上に発表した小論文「臺灣高山地域に於ける二三の地形學的觀察」、その後に続く二編の論文「臺灣南湖大山山彙に於ける氷蝕地形に就いて」(昭和9年・1934年)と「臺灣次高山に於ける氷河地形の研究」(昭和10年・1935年)とは、当時の日本学術界に一大衝撃を齎(もたら)したと台湾では謂われる。北回帰線が台湾島のほぼ真中を横切り、緯度上は南半分が熱帯に属する地域で、一般人には氷雪とは無縁と思われていた地に氷河遺跡が存在するという学説は確かに大きなインパクトがあったことは容易に想像できる。これらの論文の中で、鹿野は雪山に32箇所、南湖大山に12箇所の圏谷を特定している。

 戦後も台湾では鹿野の学説の信憑性を巡り研究・検証・論争は続けられ2000年初頭に漸く学会のコンセンサスが得られたそうだ。論争の焦点は鹿野が特定した圏谷が本当に氷食地形かということと、それら圏谷の形成過程だったようだ。今現在、圏谷状の地形は氷河運動のみならず他の地理的な運動でも形成され得るという意味で、台湾では「冰斗」と言い換えられている。「冰」と氷は異体字の関係であり、「斗」は「ひしゃく」の意味だ。
又、南湖大山を目指すハイカーが一様に目の当たりにする前述のパノラマを鹿野は4個の圏谷(上下圏谷の各々半分)として特定したが、今現在は上下圏谷の南側(ハイカーからは奥)2個は、「U字形谷」に修正されている。U字形谷(或いはU字谷)は圏谷を形成した氷河が下方に流動しながら削り出したU字形の谷を指す。とは言え、今日でもハイカーの間の会話では、鹿野の学説発表以来既に九十年近く使われて来た圏谷の呼称が支配的だ。加えて、玉山を始めとするその他の山系にも続々と氷河遺跡が特定されてきたのも戦後の台湾人に依る研究成果である。

<タイワンシャクナゲ>
 台湾杜鵑(タイワンシャクナゲ)は、ニイタカシャクナゲ、ナンコシャクナゲに比べ生育高度が600~2,500メートルと低く垂直分布の幅が広いので、筆者の目に触れる頻度が最も多い。一般的には、高山種には数えないようだ。花弁は上記の二種に比べると白基調のような印象を受ける。この種の特徴は幹の径30~40センチ、高さ20メートルぐらいまでの大木になり、純林(単一種の樹木から形成される森林)状の群落を形成することだ。幹が天空に向かい成長した群落の中に登山道が開鑿されていればシャクナゲ回廊の趣があり、さもなくば幹が地上をのたうち回るように群落を形成している。
台湾各地に同様な区域は多く存在する。これまで筆者に強烈な印象として残っているのは、屏東県来義郷来義村内の来社山(標高1,854メートル)に登った時だ。来社はパイワン族ライ社のことであり、来社山は中央山脈最南部の3,000メートル峰である大武山(だいぶさん:標高3,092メートル、今は北大武山の呼称)の支脈を形成している。このハイカーに人気の無い一座に登ってみようと思い立った動機は、頂上より僅かに下方に「石楠山頭」(標高1,560メートル)という山名を見出したからだと思う。

 上述したように、日本ではシャクナゲに石楠花(又は石南花)の漢字を充てるが、石楠(花)というバラ科の植物が別に存在する。日本、台湾、中国にも自生しているようだが、この植物をシャクナゲと取り違え呉音読み(ジャク・ナ・ケ)したのがシャクナゲに転じたという説もある。来社山山頂には陸測三等三角点が埋定されているので、この山をシャクナゲ山の意味で名付けたのは日本人のはずだ。来社山頂上への稜線に掛かってからは登り一方、しかも登山道が不明瞭な場所が多数あり非常に難儀した。来社山を遠望すると石楠山頭は稜線から突き出た瘤(こぶ)のような塩梅で、そこまで漸く辿り着いた時にはタイワンシャクナゲの幹がまるで多数の大蛇が絡み合い地を這うように群生している奇観には度肝を抜かれた。しかも幹にはコケ類が厚く堆積しふかふかのマットのようだ。残念ながら当時は2月で開花には程遠かった。

<エピローグ>
 高山杜鵑花の台湾での開花期は通常4~6月と謂われるが、今年は三月の一時期気温が急上昇した関係で、少なくとも半月は早く咲き始めたようだ。豪華絢爛たる満開のニイタカシャクナゲやアカゲツツジを登山の手間を省き労せずして堪能出来る場所がある。合歓山(ごうかんさん)群峰の間を走り抜ける自動車道沿線である。以前にも紹介した通り、台湾の自動車道最高点の武嶺(日本時代の「佐久間越え」)の標高が3,200メートルを越えているからだ。
武嶺は合歓山(標高3,417メートル)と東峰(同3,421メートル)の鞍部に位置しているが、その駐車場北側から合歓山荘に向かい緩やかに下るスロープは、合歓山山系でこれまで特定された唯一の圏谷である。加えて、合歓山荘の後方には一座の尖峰が控えている。合歓尖山(標高3,217メートル)、台湾で唯一の氷食尖峰(ホーン:台湾では「角峰」)である。このような氷食地形の存在にも拘らず、ニイタカヤダケ(台湾では「玉山箭竹」:属名に「玉山」が用いられている唯一の植物。イネ科)にびっしり覆われた嫋(たお)やかなスロープの連続で構成された合歓山群峰は極めて女性的である。そこに高山杜鵑花が添えられれば正に「高嶺の花」となる。

 武漢肺炎禍中故に、合歓山を目指す車の列と人波の凄まじさを想像するのは極めて容易い。合歓山だけが例外ではない。もう五十年もの昔になるが、国鉄(旧JR)が個人旅行客の倍増を狙い「ディスカバー・ジャパン」というキャンペーンを撃っていた。武漢肺炎禍は正の側面として台湾人に「ディスカバー台湾」を齎していると思う今日この頃である。 (終り)

(註1)「台灣原生杜鵑花的特色」
https://www.forest.gov.tw/File.aspx?fno=45581#:~:text=%E9%99%84%E4%BB%B63%EF%BC%9A%E5%8F%B0%E7%81%A3%E5%8E%9F%E7%94%9F%E6%9D%9C%E9%B5%91%E8%8A%B1%E7%9A%84%E7%89%B9%E8%89%B2&text=%E8%91%97%E7%94%9F%E6%80%A7%E5%B8%B8%E7%B6%A0%E5%B0%8F,%EF%BC%9B%E8%8A%B1%E5%86%A0%E6%BC%8F%E6%96%97%E7%8B%80%EF%BC%8C%E9%BB%83%E8%89%B2%E3%80%82

(註2)中華民國教育部製作、教育百科網站、「教育部重編國語辭典修訂本」
http://pedia.cloud.edu.tw/

(註3)「南湖大山上下圏谷」(2013年10月3日撮影):
https://taiwan-mountain.up.seesaa.net/image/Voice20of20Taiwan-001.jpg
南湖大山北峰から南側の眺望。写真右側の大山塊が南湖大山、その左側(東側)の谷(窪地)が下圏谷(実際はU字形谷)、更に低い山を隔てて左側にあるもう一条の谷が上圏谷。写真中央最奥の尖峰は東峰、上圏谷の南側突端になる。筆者の足元から急降下し谷底の南湖山荘(赤褐色の長方形の屋根)に至るスロープは鹿野忠雄が特定した圏谷#3の圏谷壁、落差は300メートル。

(註4)「ナンコシャクナゲ」(2004年5月9日撮影):
https://taiwan-mountain.up.seesaa.net/image/Voice20of20Taiwan-002.jpg
南湖大山(左端)と中央尖山(最後方の尖峰)をバックにしたナンコシャクナゲ。南湖北山と南湖大山北峰間の稜線上で撮影した。この稜線と南湖大山に対峙する西側斜面がナンコシャクナゲ生育の中心。


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「南湖大山上下圏谷」(2013年10月3日著者撮影)

「ナンコシャクナゲ」(2004年5月9日著者撮影)

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