WHOの台湾排除問題を取り上げた読売新聞「社説」への違和感

 5月21日から30日まで開かれている世界保健機関(WHO)の今年の年次総会(WHA)に、今年も台湾は招待されなかった。この問題について、本日付の読売新聞は社説で「中国の台湾排除 国際機関の理念をゆがめるな」を掲載した。

 しかし、主張している内容はもっともであり、異論を差しはさむ余地はないのだが、いささかズレているように思える。違和感を覚えた。

 社説は「WHO憲章は、万人が人種、宗教、政治信条などで差別されることなく、最高水準の健康を享受する権利を明記している。台湾の排除が、この基本的な理念にそぐわない」「感染症対策に国境や地域の壁は存在しないという認識は、政治対立を超えたものだ」と述べ、「WHOの活動がゆがめられれば、自国の公衆衛生にも悪影響が及ぶ」ので、「政治的主張の場とならないよう、日米欧は結束を強め、対抗せねばならない」と結ぶ。異論はない。

 しかし、5月21日にジュネーブで記者会見した薛瑞元・衛生福利部長が提起したのはWHO事務局長に招待権限があるという事務局長権限問題だ。

 薛部長は「台湾がオブザーバー参加した2009年、加盟国全体の同意は得ておらず、当時の事務局長の招待によって参加が実現した」と答え、台湾のオブザーバー参加には加盟国による投票は必要なく、2027年まで任期があるテドロス事務局長に台湾を招待する権限があるという事実を提示しての事務局長権限問題だった。

 また、「薛氏は、中国は国連が同国の代表権を認めた『アルバニア決議』について誤った解釈をし、台湾の国際参加を阻んでいると指摘。同決議は中国の代表権を認めただけで、台湾の地位とは無関係だと述べた」(中央通信社)と報じられている。

 読売の社説はごもっともなのだが、台湾が問題視しているのは、台湾のオブザーバー参加に加盟国による投票が必要なのか、これまで事務局長の権限でオブザーバー参加してきた歴史事実を無視するのかということなのだ。

 すでに米国のブリンケン国務長官は2021年5月7日、WHOのテドロス事務局長に台湾の総会へのオブザーバー参加を求めていた。その後のWHOの対応について、当時の産経新聞は「WHO事務局の首席法務官は10日の会見で『(台湾参加の)決定権限は加盟国にあり、事務局にはない』と逃げを打った」と報じ、WHOの対応に違和感を伝える記事を掲載している。

 読売の社説は、台湾の問題提起を踏まえておらず、これまでの経緯を反映していないうらみがある。正論なのだが、台湾の人々の胸の奥底までは届かないのではないだろうか。

—————————————————————————————–中国の台湾排除 国際機関の理念をゆがめるな【読売新聞:2023年5月28日】https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20230527-OYT1T50305/

 世界保健機関(WHO)は「万人の健康を守る」とうたっている。

 国際防疫体制の構築は人類全体の課題だ。中国が台湾を政治的に排除するのは、この精神に反する。

 スイスでWHOの年次総会が開かれている。新型コロナウイルスの教訓をふまえ、新たな感染症の大流行(パンデミック)にどう備えるかが主要議題だ。

 WHO非加盟の台湾はオブザーバー資格での総会参加を求めていたが、中国の反対で阻まれた。台湾のコロナ対策などの知見を各国が共有できないのは損失だ。

 台湾が総会から締め出されるのは7年連続になる。中国は、中台が一つの国に属するという「一つの中国」原則を盾に、台湾の国際機関への関与を排除している。

 1971年に中国が国連に加盟したのに伴い、台湾が国連から脱退し、WHOなどの国連機関からも離脱したのは事実だ。

 だが、台湾は2009〜16年にはWHO総会への参加を認められていた。当時の国民党政権が対中融和政策をとり、中国が参加に反対しなかったからだ。

 「一つの中国」原則を認めない民進党の蔡英文政権が発足した後、中国が反対に転じたことは、それが政治的な動機に基づくことを如実に示している。

 台湾と外交関係を持つ国は、今回の総会への台湾参加を支持し、先進7か国(G7)も後押ししていた。感染症対策に国境や地域の壁は存在しないという認識は、政治対立を超えたものだ。

 これに対し、中国外務省報道官は、日米欧などが台湾の総会参加問題を「政治化」し、台湾を使って中国に圧力を加えているとの見解を示した。政治問題化しているのは中国自身ではないか。

 WHO憲章は、万人が人種、宗教、政治信条などで差別されることなく、最高水準の健康を享受する権利を明記している。台湾の排除が、この基本的な理念にそぐわないのは明らかだ。

 中国に同調する途上国・新興国は、WHOの活動がゆがめられれば、自国の公衆衛生にも悪影響が及ぶことを自覚してほしい。

 空の安全に関わる国際民間航空機関(ICAO)も、中国人がトップになったのを機に、台湾を総会に招待しなくなった。民生分野でも国際社会での台湾の活動領域を狭めようとする圧力は、習近平政権下で一段と強まっている。

 国際機関が中国の政治的主張の場とならないよう、日米欧は結束を強め、対抗せねばならない。

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