TSMCはなぜ台湾外初となる3DICのR&D拠点をつくばに設立したのか 三島 一孝

 2019年11月27日、東京大学はTSMC(台湾積体電路製造)は先進半導体の研究・開発で国際産学連携し、産学連携で設計したチップを TSMC の先進プロセスで試作するとともに、未来のコンピュータに求められる半導体技術を共同で研究することを発表した。

 発表によれば、東京大学側はそれに先駆け、10月1日に大学院工学系研究科附属システムデザイン研究センター(略称ディーラボ、 d.lab )を設立、領域特化型の半導体チップシステムをデザインする研究体制を整えたという。また、TSMC は、複数のプロジェクトを 1 枚のウェハーにまとめた試作サービスを東京大学に提供したという。

 このような先行提携があっての熊本県菊陽町へのTSMC製造工場の設立だったが、今度は、茨城県つくば市の産業技術総合研究所つくばセンター内に「TSMCジャパン3DIC研究開発センター」を設立したという。去る6月24日のことだ。

 これは、次世代の半導体製造技術として、後工程で複数のチップを3次元で高密度に積層し1つの半導体のように機能させる3次元積層パッケージング技術のことだそうで、3Dパッケージング技術の確立をめざしているという。

 なぜ、その技術の確立させるための研究拠点が日本だったのかについて、三島一孝・MONOist編集長が解説しているので紹介したい。

—————————————————————————————–TSMCはなぜ台湾外初となる3DICのR&D拠点をつくばに設立したのか三島 一孝(アイティメディア株式会社MONOist編集長)【MONOist:2022年6月27日】https://monoist.itmedia.co.jp/mn/articles/2206/27/news071.html

 台湾の半導体受託製造大手であるTSMCは2022年6月24日、茨城県つくば市の産業技術総合研究所つくばセンター内に設置した「TSMCジャパン3DIC研究開発センター」の開所式を行った。同センターでは半導体微細化の限界が予想される中、後工程の3次元パッケージ技術の量産を可能とするための技術開発を日本の材料メーカーや装置メーカー、研究機関との共同研究で実施する。

 「TSMCジャパン3DIC研究開発センター」は2021年3月の設立だが、クリーンルーム施設が無事に完成したことであらためて開所式を行った。開所にあたりTSMC CEOのC.C.Wei(シーシー ウェイ、魏哲家)氏は「デジタル化が広がりを見せる中、エレクトロニクス製品の重要性はますます高まっている。半導体の微細加工技術の物理的な限界が近づく中で、3次元パッケージング技術が重要になってきている。グローバル半導体サプライチェーンにおいて、台湾は製造拠点として強みを持ち、日本は素材や装置で強みを持つ。これらの強みを組み合わせることで、半導体バリューチェーンの中で設計や開発、素材、装置全てが関係する形で新しい将来像を作りたい」と語っている。

 TSMCでは、次世代の半導体製造技術として、後工程で複数のチップを3次元で高密度に積層し1つの半導体のように機能させる3次元積層パッケージング技術に注力している。既に「3D Fabric」として、さまざな技術開発を進めており、台湾では量産工場なども計画している。

 半導体プロセスは1つのチップ内により細かい回路を組み込む微細化を進めることで集積密度を高め進化を遂げてきた。製造技術や回路技術などの開発により、この集積密度の高まりは一定の比率で伸長を続けてきていたが、その物理的限界に徐々に近づいているとされている。現在でも最先端プロセスの製造ラインを構築するには莫大な投資が必要となっており、これから微細化をさらに進めていく中でさらに大きな投資が求められるようになってくれば、企業投資の面でもどこかで壁に突き当たるのが見えている状況だ。

 そこで、前工程の微細化以外でも半導体の性能を高められる技術が求められており、その技術としてTSMCでは3次元パッケージング技術の研究開発に力を入れている。

 TSMCジャパン3DIC研究開発センター センター長の江本裕氏は「微細化については当然変わらずに進めていき、3nmや2nmプロセスの開発も行っている。ただ、将来的に『ムーアの法則(半導体の回路集積密度が1年半〜2年で2倍になるとされる法則)』がスローダウンし、チップが安く作れなくなる。それでも成長を止めないための準備として3Dパッケージング技術の確立が必要になる」と述べている。

 TSMCジャパン3DIC研究開発センターではこの3次元パッケージング技術の開発に向け、主に材料および製造装置における技術開発を進める役割を担う。人数は明らかにしなかったが、台湾で3DICの研究開発を行うメンバーと日本で新たに雇用したメンバーが半分ずついる状況で、さらにこれらにパートナー企業などが参画し、共同研究を行う。

 パートナー企業や団体としては、材料メーカーでは、旭化成、イビデン、JSR、昭和電工マテリアルズ、信越化学工業、新光電気工業、住友化学、積水化学工業、東京応化工業、長瀬産業、日東電工、日本電気硝子、富士フイルム、三井化学が参加。また、装置メーカーとしては、キーエンス、芝浦メカトロニクス、島津製作所、昭和電工、ディスコ、東レエンジニアリング、日東電工、日立ハイテク、大学・研究機関からは産業技術総合研究所、先端システム技術研究組合(RaaS)、東京大学などの名前が挙がっているが「この中の企業だけに限定する形ではなく必要があればさらにオープンに進めていく」(江本氏)としている。

◆なぜ日本に研究開発拠点を設立したのか

 TSMCの研究開発に関する情報は秘匿性の高いものが多く、生産拠点は台湾以外に展開しても、研究開発拠点は台湾内で行う方針をとっていたという。その中でなぜ、新たに日本に研究開発拠点を設立するのだろうか。

 江本氏はタイミングの重要性について語る。「ムーアの法則の下、微細化技術を突き詰めれば問題なかった10年前であれば、日本に新たな研究開発拠点を作るということは考えられなかった。ただ、微細化に行き詰まりが見え始めてきたことが、この方向性を変えた大きなきっかけとなった。3次元パッケージング技術を確立するには、材料や製造装置メーカーと協力した技術開発が必要で、これらのメーカーは多くが日本にある。もう1つが日本政府による熱心な働きかけがあったということだ。この2つが組み合わさり、新たな研究開発拠点の設立を日本で行うことになった」(江本氏)。

 日本に拠点がある利点について、江本氏は「圧倒的にスピードが変わる。国をまたいで、さまざまな素材を組み合わせた開発などを進めようとすると、材料を手に入れるのに通関などの問題でのタイムラグがさまざまなところで発生する。また、それぞれの技術者同士が顔を合わせて試行錯誤しながらできるため、新たな技術的発想を呼び起こす機会も増える。さらに、開発が進んだ場合、将来的なサプライチェーンの中に定着させることも容易になる。文化的な共通理解も進むと考えている」と利点について語っている。

 TSMCジャパン3DIC研究開発センターは研究開発拠点だが「ペーパーを出すための研究開発を進めるつもりはない。ここでは実際に工場で使うための技術を開発している。量産なども含め、顧客の要求にあった産業レベルで適用できる技術の開発を行っていく」(江本氏)としている。そのため、クリーンルーム施設では、自動搬送設備や検査設備など、量産を想定したさまざまな設備なども用意している。ただ、成果については「早いに越したことはないが、1年や2年で結果が出るものではない。腰を据えて取り組む」(江本氏)としている。

◆日本政府からの大きな期待も

 TSMCのこうした動きは、日本の産業にとっても重要だ。日本はかつて半導体産業において圧倒的な世界シェアを握っていたが、1990年代以降急速にその地位を下げ、凋落(ちょうらく)が明らかな状態となっている。その中で2021年6月に「半導体・デジタル産業戦略」を取りまとめ、国内の半導体製造基盤の確保と強化や、先端半導体製造プロセスの技術基盤確保などの方向性を示している。

 今回のTSMCジャパン3DIC研究開発センターや、熊本県に設立した工場「Japan Advanced Semiconductor Manufacturing」はこれらの方向性を象徴する重要な取り組みだといえる。これらを示すように、開所式では経済産業大臣の萩生田光一氏をはじめ多くの政治家も参加。萩生田氏は「3次元パッケージ技術の開発をTSMCと日本の製造装置、材料などのメーカー、研究機関などで共同で研究開発を進める。さらに、グローバルでのオープンイノベーションの新たな発信地としていく」と期待を述べている。

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