た。獄中で「廃人同様」になっていただけに当然の措置だが、実現まですんなりとはいかなかっ
た。当局は焦(じ)らしに焦らせてようやく出獄。「阿扁回家」までの紆余曲折は人権よりも党利
党略、個利個益の「政治」が優先する今の台湾社会を象徴している。
◆馬英九はどこまで関与か
在宅治療は阿扁側も申請し、医師団も建議していたが、馬英九政権は拒否してきた。それが昨年
暮れ、突然、法務部長の羅瑩雪が再申請を促し、百八十度の方針転換をした。なぜか?
台湾のメディアには11月の統一地方選挙で与党国民党が惨敗したのが原因との分析が多かった。
台湾政治は党旗の色から藍軍と呼ばれる国民党と緑軍の民進党の激突。選挙で藍軍が大敗。藍軍は
藍緑和解のため緑軍が求める在宅治療を認めたというわけだ。
しかしこの重大決定を総統・馬英九は知らなかったという。羅が独断でやったことというのだ
が、それが本当なら惨敗で党内で馬の求心力はますますなくなっていることになる。在宅治療につ
いて馬は「法に従って処理する」としか言わないが、前台北市長・●龍斌も在宅治療に公然と野党
の主張に賛同を表明。年明け。党主席に就任した新北市長・朱立倫も同調していた。党内で馬離れ
が顕著なのだ。羅はそんな流れの中で在宅治療を認めたのか。
もっともこんな重大事だ。総統の同意なしで在宅治療は有り得ない。そこでこんな解説もある。
馬は次期主席が確実だった朱が在宅治療を認めて緑軍からも歓迎され、得点するのを防ぐため、先
取りして認めた─と。ならば、クリスマス前にも出来たのを、交通渋滞で公文の到着が遅れたなど
つまらない理由でなぜ、焦らしに焦らせて年明けにしたのか。それは反阿扁の外省人勢力を宥(な
だ)めるパフォーマンスか。馬は緑軍にも、党内外省人派にもいい顔し、ライバルに得点をさせな
かった─テレビのトーク番組ではあれこれと解説された。
●=都の者が赤(カク)
◆浮かない顔の民進党・蔡英文
一方の民進党。統一地方選挙では敵失で空前の大勝利をし、意気上がるところへ阿扁の在宅治
療。その間は刑期にカウントしないから、日本式の仮釈放とは違うが、在宅治療の延長は可能。最
長3ヶ月のはずだが、台湾紙は「釈放」と書いた。事実上、このまま釈放されるのか。となれば緑
軍にはまさに大勝利だが、党首、蔡英文はなぜか浮かない顔だ。
それも分からないではない。台湾メディアが伝える裏話にこんなのがあった。阿扁の在宅治療を
求めて元副総統の呂秀蓮がハンストをした時、緑軍の一部立法委員(国会議員)が法務部に「すぐ
に帰して呂の手柄にしないでくれ」と頼んだとか。呂の功績となると主席のメンツは? もともと
まとまりのなさを指摘される民進党だが、まさしく党内分裂を示す話だ。
もっと凄い解説もある。馬英九が民進党の一部と取引をしたという話だ。馬は阿扁の在宅治療を
認める代わりに阿扁無罪を主張し、阿扁支持の台南の市議会議員グループは国民党の議長候補に投
票する。実際、その通り民進党議員の「裏切り」で議長ポストは逆転で少数派の国民党が得た。そ
のグループは「一辺一国連線」ではないかと一部で指摘され、そこに所属する民進党の女性立法委
員が泣いて抗議する一幕もあった。
これで馬は民進党の牙城ともいえる台南に楔を打ち込んだ。史上最高の得票率で再選され、次期
総統候補とも目される市長・頼清徳に一撃を加えた格好だ。民進党の重鎮に民進党議員の「裏切
り」をどうみるか聞いてみると「うーん、複雑」と言うだけ。獅子身中の虫を抱えて、主席・蔡は
来年の総統選をどう戦うのか?
◆「いつでも死ぬ危険」の陳水扁
国民党、民進党双方の政治的な思惑が錯綜する中、阿扁は在宅治療に入った。家族は服役中に台
北から高雄に転居しており、阿扁にとっては初めての自宅。直前にモーテルで体を洗い、髪を整え
て身障者の夫人と高齢の母が待つ自宅に入った。これで病状改善なら万々歳だが、その可能性は極
めて小さい。
阿扁の容態は「脳が17%萎縮し、神経退化で肺炎や敗血症などを引き起こし死に至る危険あり。
睡眠時無呼吸症候群で死のリスクは健常者の1・87倍。一日平均70回以上の頻尿。自殺する恐れは
排除できない」という状態。診断書には治療の手立てなく、家族と過ごすことで精神的に安らぎを
得ることが大切とあった。医師団は治療を諦めたのである。だから法務部矯正署は「いつでも死ぬ
危険ある」として在宅治療を認めたのだ。獄中で死なれたら困るという責任逃れではないか?
台中の監獄は狭く、机も椅子もベッドもない。阿扁は床に寝そべって震える手で文章を書いた。
自殺防止の監視のため灯りは消さず、健康体を獄中で廃人同様にする。人権尊重どころか命は政治
駆け引きの材料でしかない。阿扁の罪は消えるわけではないが、この国には「罪を憎んで人を憎ま
ず」という言葉はないのか。確か孔子の言葉だったはずだが…。(敬称略)
【「透視台湾」2015年1月号】