謝長廷代表が雨に打たれながら深々と頭を下げて日航機を見送った理由

 6月4日、日本から台湾に124万回分のワクチンが無償提供された。中央通信社は「ワクチンを載せた日本航空809便は午前11時に成田空港を出発。午後1時58分(いずれも台湾時間)に桃園空港に到着した」と報じた。

 日本は必ず台湾にワクチンを提供するだろうと思い、期待していたが、これほど早く届けられとは思ってもみなかった。寝耳に水の感があった。

 さらに驚かされたのは、駐日台湾代表の謝長廷代表がこの809便を成田空港で見送っていたことだ。それも、離陸する809便に雨合羽を着た謝長廷代表が雨に打たれながら深々と頭を下げていた。この写真に釘付けとなり、込み上げてくるものがあった。

 謝代表は自らのフェイスブックに中文と日文で「起飛了!機場工作人員冒雨裝貨,辛苦了。(いま離陸! 空港スタッフは雨の中、荷物を積みこんでいました。ご苦労様でした)」と書き出し、「1年前の4月21日、私はこの場所で中華航空が台湾から運んできたマスクを迎えました」と振り返りつつ、「這次謝謝日本。這124萬劑的疫苗對台灣可以説是及時雨,非常感謝。(今回、日本からのこの124万回分のワクチンのご提供は、台湾にとり、まさに恵みの雨です。深く感謝申し上げます)」とつづっている。

 日本からのワクチン提供に感謝の念を表する象徴的な写真と一文だ。

◆謝長廷代表フェイスブック:6月4日 https://m.facebook.com/frankcthsiehfans/posts/10158209910441430

 蔡英文総統もフェイスブックで「自由と民主主義という同じ価値観を共有するパートナーからの迅速な支援に感謝する」と表明し、中央感染症指揮センターの陳時中・指揮官も記者会見で「日本が厚い義理人情を示してくれた。とても感謝している」と述べている。「台北101」の壁面には、日本語で「台日の絆と感謝」などの日本語や中文メッセージが浮かび上がった。

 いささかこそばゆい感じがしないでもないが、日本が誇らしく思えてくる台湾側の丁重の上にも丁重な対応だった。

 それにしても、昨日の本誌で述べたように、日本側も台湾側も口は堅かった。中央通信社が伝える、台湾側の安全保障高官が明かしたという「10日間の静かな作戦」を読んで得心がいった。

 台湾側は、蔡英文総統が謝長廷代表からワクチン提供の発端となった5月24日夜の米国臨時代理大使のジョセフ・M・ヤング氏と日本の薗浦健太郎・元首相補佐官を代表公邸に招いて会食しつつ意見交換した内容の報告を受けるや「『内密に、全力で目標達成』を最高原則として、即座に安全保障や外交部門に総動員を指示」し、「『航空機に載せられるまでは事実関係を認めない』という立場を堅持し、口を閉ざした」という。

 謝長廷代表が成田空港まで行き、ワクチンが日航機に積み込まれることを確認し、そのJL809便に深々と頭を下げて見送った気持がありありと伝わって来る裏事情だ。「起飛了!」の一言に万感の思いがこもっている。

 この記事には出ていないが、産経新聞は、安倍晋三・前総理から直接聞いた話として「先月28日、産経新聞などが政府が台湾へのワクチン提供を検討していると報じたのを受け、蔡氏が安倍氏に電話をかけ、台湾へのワクチン支援について謝意を示した」と伝えている。

 蔡総統自ら安倍前総理に電話をかけてきたという。これもまた台湾側の必死さがよくよく伝わってくるエピソードではないだろうか。

 逆に、日本のニュースでは報道されなかったようだが、中央通信社の「10日間の静かな作戦」記事は「安全保障部門の高官によれば、ある日本側の関係者からは『現時点ではこれだけしかなく、申し訳ない』との言葉をかけられた」というエピソードを伝えている。日本が6月4日時点で提供したアストラゼネカ製ワクチン124万回分は、日本のストックのすべてだったという。

 100万とか200万、あるいは120万とか切のいい数ではなく、どうして124万回分という中途半端な数なのだろうといささか疑問に思っていたが、その疑問もこの記事を読んで氷解した。

—————————————————————————————–日本のワクチン提供「10日間の静かな作戦」 台湾の安全保障高官が明かす【中央通信社:2021年6月4日】https://japan.cna.com.tw/news/apol/202106040008.aspx

 (台北中央社)日本が台湾に無償提供した新型コロナウイルスワクチンは4日午後、桃園国際空港に到着した。台湾の安全保障部門の高官は4日、ワクチン寄贈が実現するまでの「10日間の静かな作戦」の内幕を明らかにした。この計画は蔡英文(さいえいぶん)政権の「最高機密」と位置付けられ、法律面の交渉から地域情勢の把握まで、台日双方の協力と米国の静かな後押しによって「不可能な任務」を成し遂げた。

 ワクチン寄贈計画は5月24日、謝長廷(しゃちょうてい)台北駐日経済文化代表処代表(大使に相当)が米国のヤング駐日臨時代理大使と安倍晋三政権下で首相補佐官を務めた薗浦健太郎氏を公邸に招いて開いた懇親会に始まる。その席では新型コロナに関する問題が話し合われ、薗浦氏から「日本のアストラゼネカワクチン台湾に提供可能だ」との提言があった。ヤング氏もこの意見に賛同し、「台日米」3者間においてひとまずの合意が得られた。その後には煩雑な法律と政治上の問題の処理が待ち構えていた。

 蔡総統は謝氏から報告を受けると、「内密に、全力で目標達成」を最高原則として、即座に安全保障や外交部門に総動員を指示した。長年にわたり対日関係を築いてきた頼清徳(らいせいとく)副総統はすぐさまルートを通じて日本の重要人物に連絡を取り、日本からの支援に期待を示し、好意的な反応を得た。総統就任前から米国や日本との関係を安定的に築いていた蔡総統は自ら、古くからの友人らに国際電話を掛けて意見交換を行った。得られた反応はどれも全く同じで「日本は東日本大震災時の台湾からの援助、そして昨年のマスク提供にずっと感謝していて、この恩はもちろん心に留めている。必ず力を尽くし、早急に台湾へのワクチン提供を実現させる」というものだった。

 菅義偉政権の重要メンバーの見解や役割についても駐日代表処を通じて即座に把握した。首相官邸や各省庁の官僚が人道支援や恩返しの気持ちから、残業をしてまで短時間でこの困難な任務を達成しようとしていたことは、台湾側を温かい気持ちにさせた。

 中国外務省の趙立堅報道官は先月下旬、この計画について「目的は達成できない」と台湾側をけん制したが、日本国内で台湾を応援する声は高まり、国会議員や大臣までもが台湾を支持する立場を相次いで表明した。蔡政権は「ワクチンの乱」に陥りながらも「内密」を最高原則として、3日夜にNHKの関連報道が出てもなお、総統府も中央感染症指揮センターも「航空機に載せられるまでは事実関係を認めない」という立場を堅持し、口を閉ざしたままだった。このワクチンを無事に台湾に到着させることが最も重要という考えで一致していた。

▽ 日本、あるだけのアストラゼネカ製ワクチンを台湾に

 今回日本から届いたワクチンはアストラゼネカ製124万回分。これは日本が現時点で保有しているアストラゼネカ製ワクチンの全数だったとみられている。安全保障部門の高官によれば、ある日本側の関係者からは「現時点ではこれだけしかなく、申し訳ない」との言葉をかけられたという。

 この高官は、今回の交渉の過程において、日本側の温かさに台湾は深く感動し、深く感謝していると話した。

(?貴香/編集:名切千絵)

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