論考:「我が国と台湾の経済協力」

日本李登輝友の会 常務理事 梅原 克彦

 1990年代以降、国際経済環境の変化により地域統合の動きが加速してきた結果として、
自由貿易協定(FTA)/経済連携協定(EPA)の締結数が年々増加している。現在ま
で、世界貿易機関(WTO)に通報されている地域貿易協定の数は、500件近くに上ってい
る。

 FTAとは、国際経済ルール上、GATT(関税及び貿易に関する一般協定)/WTO
(世界貿易機関)体制の例外として位置付けられるものである。すなわち、GATTにお
いて、「妥当な期間」内に、「構成地域の原産の産品の構成地域間における実質上すべて
の貿易について」、関税等を廃止することを条件として、一部のGATT締約国間で特恵
的な自由貿易協定を締結することが認められている(GATT第24条)。

 また、EPAは、関税の撤廃など通商上の障壁を除去するだけでなく、締約国の間での
経済取引を円滑化するために、様々な経済領域で連携を強化し、協力を促進することなど
をも含めた協定である。すなわちEPAは、FTAでは通常カバーされていない分野にま
で、協定の範囲を広めるものである。

 我が国は、1990年代後半までは、基本的にWTOの下で、すなわち多国間の枠組みの下
での貿易・投資の自由化・円滑化に取り組んできたが、2000年代に入り、暫時、二国間自
由貿易協定を推進する路線に政策的な変更が行われた。2002年1月には、小泉純一郎首相
(当時)とシンガポールのゴー・チョク・トン首相(当時)との間で日本としては初のF
TA/EPAである「日本・シンガポールEPA」が調印され、同年11月に発効した。
これを皮切りに、これまで、メキシコ、マレーシア、チリ、タイ、インドネシア、ブルネ
イ、ASEAN、フィリピン、スイス、ベトナム、インド、ペルーの12か国、1地域とE
PAを締結済である。また、現在数か国と交渉中である。

 このような全体の流れの中で、我が国と台湾との間のFTAについては、10年以上前か
ら、関係者により様々な取り組みがなされて来てはいるものの、依然として大きな進展が
ないまま、今日に至っている。

 その経緯を振り返ってみると、まず、2001年10月、上海におけるAPEC(アジア太平
洋協力)閣僚会議の際、我が国の平沼赳夫経済産業大臣と台湾の林義夫経済部長との会談
において、「日台FTA」について民間レベルの対話と研究を開始することが合意され
た。その結果、「東亜経済人会議」(事務局は日本経団連と台湾工商協進会)が中心とな
って実務的な検討が行われ、2002年末には「日台FTA民間研究中間報告」が採択される
に至った。このように、我が国が「FTA推進路線」に舵を切った比較的当初段階におい
て、「日台FTA」の締結に向けても一定の前進が見られたのである。しかしながら、そ
れから9年後の2011年9月に、交流協会と亜東関係協会との間で「日台投資協定」が合意さ
れるに至るまで、日台両国の間における貿易、投資関連の協定については、ほとんど進展
がなかったと言わざるを得ない。

 日本と台湾とは、その緊密な貿易、経済関係の緊密さを考えれば、二国間のFTAを締
結するに最もふさわしい間柄であることは論を俟たない。日台両国は、WTOの正式メン
バーとして、さらには、APEC(アジア太平洋協力)の正式メンバーとして、ともに世
界の自由貿易体制の重要な構成メンバーであるとともに、自由貿易にとって最も重要な基
盤であるところの、自由で開放的な経済体制、民主主義的な政治体制さらには言論、報道
の自由、人権の尊重、法治主義といった、自由主義世界における基本的な価値観を共有し
ているからである。このことは、日本を含め東アジア地域よりもかなり以前から自由貿易
協定や地域経済統合について具体的な成果を挙げてきた、北米自由貿易協定(NAFT
A)や欧州連合(EU)の事例をみれば明らかであろう。前述したように、台湾も正式メ
ンバーであるWTOのルールに則った「例外的」な措置であるFTAを日本と台湾が締結
すること自体、国際法上の問題も全くない。

 さて、それでは、我が国と台湾との間のFTAが、10年近く前の時点で、「民間ベース
の共同研究」という準備段階のものだったにせよ、一定の具体的作業の進展が見られてい
たにもかかわらず、その後長らく停滞したままなのは何故か。

 それは、一言で言うならば、その後の歴代の日本の政権が、日本と台湾の間の「二国
間」のFTA/EPAの締結について、「北京」の反対に気兼ねするという「政治的理
由」によるものであると断言せざるを得ない。これは誠に遺憾なことである。

 もちろん、小泉政権以後の政権のうち、例えば安倍政権、麻生政権があのような「短命
政権」とならなければ、安倍、麻生両元首相の外交・安全保障についての基本的スタンス
の下で、日本政府が「腰を据えた」対台湾外交を展開することによって、日台EPAにつ
いてより具体的な進展があり得たという可能性は否定できない。しかしながら、小泉首相
以降、歴代の現職首相が誰一人として「靖国神社参拝」を行っていないことが如実に示す
ように、この10年近くの期間、我が国の対アジア外交における、中国に対する「気兼ね」
という悪しき要素が、より色濃くなったという実態と無縁ではなかろう。

 外務省OBで元交流協会台北事務所代表の池田維氏が、いみじくも、この点について語
っている。池田氏によれば、2003年ないし2004年頃の出来事として「経団連の責任者が北
京で温家宝首相に会って、台湾とFTAを検討していると言ったとき、逆に「そういうこ
とをすれば、中国に進出している日本企業にとってどういう影響があると思いますか」と
質問されたことがあり、それ以来、日本はトーンダウンしてしまった」(当会機関誌「日
台共栄」第26号(2010年5月発行)掲載のインタビューでの発言)とのことである。

 最近でも、東日本大震災の一周年追悼式典に台湾代表として出席した台北経済文化代表
処の羅坤燦副代表を、日本政府が指名献花から外すという非礼極まりない愚挙を行ってい
る。

 かくの如き、常に北京の顔色を窺いながらの外交姿勢を直ちに改めるべきは言うまでも
ない。

 加えて、日本が台湾とのFTAを締結することは、今後、好むと好まざるとに関わら
ず、アジア・太平洋地域における現在の「地域経済統合」の動き、とりわけ、二国間のF
TA、EPA、多国間のEPAであるTPP(環太平洋経済連携協定)、さらにはAPE
CワイドのFTA/EPAに向けての動きが加速している中、日本として外交・通商政策
上の有力な「カード」としても十分意義を持つものであると考えられる。換言するなら
ば、TPPをはじめとするアジア太平洋地域内における経済統合の流れが加速している今
こそが、日台FTA締結の絶好のチャンスとも言えよう。

 台湾側においても、先の総統選挙の結果、馬英九政権が継続することとなった。一昨年
のECFA(経済協力枠組み協定)についての中台間の実質合意を受けて、現在、中台間
では「投資協定」の締結交渉が大詰めに差し掛かっている。その中で、馬英九政権として
も、日本とのFTA締結に積極的な姿勢を取り続けていることは周知の通りである。台湾
の経済界、民間企業の関係者の多くが、日台FTAの締結についての熱意を持ち続けてい
ることに、日本としても誠意をもって対応すべきであることは言うまでもない。

 我々はここに、我が国が、いかなる政権の下での外交であろうと、経済的側面から見
て、明らかに日本の国益に資するであろう日台間のFTAの締結について、東アジア地域
の安全保障をはじめとする政治的な要因を十分考慮に入れつつ、思い切った推進をすべき
であるとの提言を行うものである。


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