本誌7月14日号で紹介した李登輝元総統秘書の早川友久氏が「日本人が香港の風景を写真におさめようと、カメラを向けた瞬間、『軍事施設を撮影しましたね』『スパイ行為にあたる』と拘束される事態が起きないと誰が言えるだろう。いったん拘束されたが最後、中国に送致されて中国側の描いたストーリーに則っていわば『人質』にされるのである」(李登輝元総統の側近から見た「香港」と「台湾」)と的確に指摘しているように、誰が逮捕要件を決めるのかが問題なのだ。
謝長廷・台北駐日経済文化代表処代表も、このほど朝日新聞への寄稿で「問題は誰が犯罪者の定義を決めるのかという点だ」と指摘している。
この法案は、けっして日本人や台湾人と無縁ではない。だから、香港の人々は、このような「自由」を束縛し、人権弾圧にも加担しかねない、中国に都合のいいように運用できる法案に反対したのだった。謝長廷氏の寄稿全文を下記にご紹介したい。
ちなみに、熊本地震のさ中の2016年6月9日に着任した謝長廷氏は、その2ヵ月後に「南シナ海の平和には対等な話し合いを」(2016年8月2日付け「世界日報」)を寄稿して以来、これまで各紙に11本の論考を日本語で寄稿し「台湾の主張」を公にしている。
◆謝長廷代表の寄稿一覧 https://www.taiwanembassy.org/jp_ja/post/35714.html
—————————————————————————————–誰が犯罪者か、決めるのは誰だ 台湾から香港にエール【朝日新聞:2019年7月19日】
最近、香港の高度な自治を保障する「一国二制度」を揺るがすとして、「逃亡犯条例改正案」に反対する香港住民らによるデモが香港中心部の街頭を埋め尽くす規模に膨れ上がった。警察がデモ参加者らに催涙弾やゴム弾を発砲し、デモ隊の一部が立法会(議会)に突入するまでに発展し、国際社会はこの成り行きを心配しながら注視している。
とりわけ、台湾は我が身のことのように香港情勢を心配している。なぜなら今年1月、中華人民共和国(中国)の習近平(シーチンピン)国家主席が、武力行使の可能性を残したまま「一国二制度」で台湾を統一する方針を迫ってきたからだ。
中華人民共和国が1949年に成立した際、1912年に成立した中華民国は台湾に移り、台湾が中華人民共和国に統治されたことは一度もない。
蔡英文(ツァイインウェン)総統は、「決して『一国二制度』を受け入れない。台湾の民意も圧倒的多数が強く反対しており、これは『台湾コンセンサス』だ」と強調している。
38年間にわたる戒厳令と強権統治の時代を経て、1990年代に民主化を成し遂げた台湾には、民主主義の後退がどのようなものであるかがよく分かる。「逃亡犯条例改正案」は犯罪者を対象にしたものだから、普通に暮らしていたら関係ないと考える人もいるだろう。だが、問題は誰が犯罪者の定義を決めるのかという点だ。
戒厳令下にあった1987年の台湾で、国家安全法制定に反対する大規模な抗議デモが行われた際、デモの最前線にいた私は、検察に根拠不明の「侮辱罪」で起訴されたこともある。
人権問題では、人権を弾圧しようとする政府に対して、国際社会の関心こそが政府の暴力を止める力になる。自由と民主主義を重視する台湾は、同じ価値を共有する香港の人々を応援する。