「中国の習近平指導部は2049年までの『台湾統一』実現に向け、すでにロードマップ(行程表)を描いている」。台湾総統府の直属学術機関、中央研究院の前副研究員、林泉忠氏はこう指摘した。共産党が1949年に北京で成立させた「中華人民共和国」の建国100周年が年限だ。
林氏はロードマップの基本に「香港返還のプロセスがある」と考えている。
82年に当時の英首相、サッチャーが訪中して始まった香港返還交渉で、最高実力者だったトウ小平が“切り札”にしたのが、「一国二制度」の提案だった。
共産党が支配する一つの中国の主権の下に、地域を限定して高度な自治を認め、社会主義とは異なる民主社会を返還後50年間、併存させるという歴史的にほとんど例のない政策だ。
「一国二制度」は、共産党が香港を試験台とし、将来の「台湾統一」への応用を狙って編み出した。言論の自由や資本主義の維持で譲歩する一方、主権掌握という難解な政治問題で勝利する。
実際、習近平国家主席は今年1月2日の北京での演説で、「一国二制度による平和統一」を台湾に強く迫った。同時に武力行使もチラつかせ、威圧した。
林氏は中国が香港で行った3つの工作を挙げる。(1)中国への経済依存を高めさせ、(2)報道機関への言論コントロールを強める。そして(3)政界で親中派を多数派にする。共産党政権に「ノー」と言えない状況を、時間をかけて浸透させた。
台湾ではすでに経済や報道機関への中国の影響力が強まっている。台湾独立を党綱領に掲げる民主進歩党が政権与党の現在、政界工作こそが残された課題だ。
中英交渉の結果、97年7月、正式に香港の主権が返還された。英国のような存在がない台湾とは、当局間交渉が必要だ。それでも「建国100周年の統一を念頭にいつまでに何を行うか、中国は香港返還の経験を生かして行程表を設定している」と林氏は考える。
中英は84年、香港の主権を97年に返還することで合意し、「共同宣言」に調印した。90年には、特別行政区として香港に高度な自治を認める「基本法(憲法に相当)」を成立させた。
林氏の考察では、中国は4年に1度の台湾総統選に照準を当て、どんなに遅くとも2040年までに「一国二制度」による統一を受け入れる親中派の政権を誕生させたい。この政権に統一協定を44年に結ばせ、48年までに双方が合意し、中国の全国人民代表大会(全人代=国会)の場で「台湾基本法」を成立させる。
だが、このロードマップはあくまで、49年の統一実現に向けたギリギリの政治日程だ。香港ですら15年かかった返還手続き。海峡を隔てて独自に民主政治を実現した台湾を、どう屈服させるか。49年まで残り30年の今年、習指導部は統一工作を本格化させねば間に合わない、と踏んでいる。
民進党の蔡英文総統は就任から3年を迎えた今月20日、記者会見で「強大な中国は『一国二制度』を声高に叫んでいる。だが私たちの国家は民主、自由、人権を有する中華民国台湾だけだ」と警戒感を示した。
ただ、台湾では次期総統選(来年1月)の候補者擁立をめぐり、与野党とも混乱が続いている。政界工作を急ぎたい中国にとっては思うツボの展開だろう。(論説委員)