9月16日に発足した菅義偉(すが・よしひで)内閣では、防衛大臣に就いた岸信夫氏の親台湾ぶりに注目されていますが、実は菅義偉総理自身も台湾に造詣が深いといっていいかもしれません。
2011年9月7日、台北駐日経済文化代表処代表をつとめた羅福全氏が理事長をつとめる台湾安保協会主催の国際シンポジウム「アジア太平洋地域の安全と台湾海峡の平和」が台北の国賓大飯店で開かれました。2007年9月に第一次安倍政権が総辞職してから4年目のことで、第二次安倍政権が発足する約1年前のことです。
このときの基調講演は日本の安倍晋三氏と台湾の蔡英文・民進党主席。
安倍氏は「私は過去に何度もこの地を訪れていますが、飛行機を降りるたびに故郷に戻ってきたような気持ちになります。私が祖国・日本以外で心の底からそのように感じる場所は、世界中で台湾をおいて他にありません」と会場の人々を寛がせるように話し出し、第二次安倍政権で展開したアベノミクスとほぼ同じ内容の経済政策や日米同盟の重要性について約1時間ほど講演しています。
そして最後に「日本と台湾はともに共通の価値観を持つ重要なパートナーです。我々は手を携えて、いまだに民主主義を手にしていない世界の人々に、その価値を伝えていかなければなりません。それは日本人と台湾人に課された責務であると、私は固く信じております」と締めくくりました。
安倍氏はこれまでの日本政府の見解よりも一歩踏み込み「台湾は自由、民主主義、基本的人権、法の支配という共通の価値観を持つ重要なパートナー」と述べていますが、これもまた第二次安倍政権では台湾に関する発言では何度も言及しているお馴染みのフレーズです。質問主意書への答弁書で、もまったく文言で述べています。
実は、安倍氏の基調講演を真ん前で聞いていたのが菅義偉氏でした。安倍氏は訪台にあたって連れて行ったのが菅氏でした。菅氏にとっては、安倍氏の台湾観は第二次安倍政権が始まる前に織り込み済みで、菅氏が台湾への造詣が深いという理由もここにあるようです。
とは言え、菅氏の台湾観が安倍氏の台湾観を踏襲したものだけではないようです。菅氏もこの国際シンポジウムで安倍氏に先立って挨拶し、菅氏なりの台湾観を織り交ぜています。下記に挨拶の全文をご紹介します。
—————————————————————————————–ご挨拶
菅義偉 日本国衆議院議員
ただいまご紹介いただきました、衆議院議員の菅義偉と申します。本日は「アジア太平洋地域の安全と台湾海峡の平和」国際会議が台湾安保協会の主催により、このように盛大に開催されますことを心からお祝い申し上げます。この会議にお招きいただき、出席できますことを大変誇らしく思います。
◆前回の訪台
私は、昨年の4月にも台湾に来て、本日ご出席の王金平立法院院長、許世楷前駐日代表、そして馬英九総統といった方々と会談いたしました。それに続いて今年も台湾に来れたことを大変うれしく思います。
◆自己紹介、横浜と台湾
私は、約5年前に総務大臣としてこちらの安倍総理大臣をおささえしました。日本の総務大臣は、放送や郵便のどの情報通信、地方自治、行政の監督などを担当しています。現在は、日本の下院にあたる衆議院の議院運営委員会の筆頭理事を務めています。本日はよろしくお願いします。
私の選挙区は横浜市で、日本最大の中華街があり、私も、横浜在住の台湾出身の方々の会、横浜華僑総会(施梨鵬会長)とは親しく交流しています。また、横浜にある横浜中華学院は孫文先生が提唱されて創立された海外唯一の国父記念校だと聞いています。横浜と台湾の関係はとても親密ですので、皆様にも是非お越しいただきたいと思います。
◆東日本大震災への支援
スピーチするにあたり、まず皆様にお礼を申し上げなければなりません。今年の3月11日に起こりました東日本大震災では、台湾は救援隊の派遣や、救援物資、そして200億円を超える義援金をいただきました。これは、世界最大規模で、それも民間の方々が少しずつ出し合ってくれたものが中心だと聞いています。馬総統は、「1999年の台湾中部地震、2009年の台湾南部大水害のときに日本がいち早く支援したことへの恩返し」だとおっしゃっていました。温かいご支援に心から御礼申し上げます。
◆東アジアの安全保障と最近の日本外交
日本ではちょうど4年前にわれわれ自民党から現在の民主党に政権交代がありました。詳細は後に話される安倍先生にゆずりますが、民主党は、日米中の三角外交なるものを持ち出して、外交が迷走します。沖縄の普天間基地移設問題で日米関係が悪くなり、日中関係も尖閣諸島周辺領海における漁船衝突事件などでこちらも悪くなりました。
台湾との関係も同じです。安倍内閣をはじめ、自民党はこれまで台湾との友好関係を大事にしてきました。しかし残念なことに、民主党政権となってから議員交流が非常に減っています。
台湾と日本の関係は、この会議のタイトルでもある「アジア太平洋地域の安全と台湾海峡の平和」にとってとても重要です。
言うまでもなく、中国の軍事力が東アジアの安全に取って最大の脅威となっています。今も1000〜1200基の短距離弾道ミサイルが台湾に向けられ、近年では東シナ海や南シナ海で海洋への権益確保のために示威行為を繰り返しています。この共通の脅威に対して、周辺諸国は協力して臨まなければなりません。特に、自由、民主主義など価値観を同じくする、台湾、日本、アメリカなどの緊密な連携が、軍事力を膨張させる中国へ対応するには非常に重要です。
安全保障に関しては、この後の安倍先生がお話されますのでこれぐらいにして、私はそれ以外の、日本と台湾の文化交流などについてお話したいと思います。
◆国民の意識
日本と台湾の国民感情がお互いに非常に良好なことは、意識調査で明らかです。今年5月に日本で行われた意識調査では、「台湾のことを身近に感じます」かという質問に、とても身近に感じるが19%、どちらかといえば身近に感じる48%、合わせて3分の2の日本人が台湾を身近に感じています。「台湾を信頼していますか」との問いには、多少は信頼している64%、非常に信頼している20%、合わせて84%のひとが台湾に信頼を寄せています。これは、2年前の同様の調査と比べてそれぞれ10%以上よくなっています。
台湾における2010年の調査でも、最も好きな国はどこかとの問いには、日本が52%と2位のアメリカ8%を大きく引き離しています(台湾が最も親しくすべき国:日本31%、中国33%)。昨年に、台湾に来た際の会談の中でも、戦前の半世紀50年にも及ぶ日本の統治について、感情的な評価でなく、インフラ、農業の整備などを客観的に評価していただいていると感じました。世論調査でもそれが表れているのでしょうか、日本にとっては非常にありがたいことです。
◆経済、観光
経済的にも親密です。日本にとって台湾は第4位の貿易相手、台湾にとって日本は第2位の貿易相手です。2007年には日本の技術を導入した新幹線が成功を収めています。人の交流も活発で、年間双方からそれぞれ100万人、合計200万人を超え人々が日本と台湾を行き来しています。昨年にはそれぞれ都心に近い、羽田─松山空港便が就航し、成田一桃園空港便に比べて片道2時間便利になっていて、さらに交流が盛んになることが期待されます。
◆美術品公開促進法
さらに、文化交流も大きく進むことが期待されます。今年の3月に、日本で「海外美術品公開促進法」が日本で成立しました。これは、海外から借りた美術品を他の人に取られないようにする法律です。つまり、日本で故宮博物館の展示を実施中に、中国がそれらの文化財が自分たちのものであると主張し、訴訟を起こしたとしても、裁判所はそれらを差し押さえることができなくなりました。これによって、日本でも人気のある故宮博物館の日本での展示会が実現に大きく前進しました。
◆のど自慢
また、もうひとつ、日本のNHKに人気番組である、のど自慢が10月2日に台北市の国父記念館で開かれることになりました。のど自慢は、これまで世界11都市で開かれていましたが、予算の関係などから2005年を最後に海外での開催が止まっていました。横浜在住の呉正男さん(*=註)という方が熱心に活動されていて、私がNHKを所管する総務大臣のときに、「ぜひ台湾でのど自慢を!」という熱いご要望をいただきました。私は、海外公演を再開の検討と、再開するときには台湾で開くことをNHKに指示していましたので、今回実現することは大変うれしいです。(観覧、出場の申し込みは終了)
*編集部註:呉正男氏は本会理事。当時「NHKのど自慢大会の台湾開催をお願いする日台の会」会長をつとめた。
◆おわりに
日本と台湾は自由、民主主義などの価値観を同じくしています。これからさらに、日本と台湾が、隣人としてより親しく関係を深めることが、両者の発展にのみならず、アジア太平洋地域の安全、安定、平和にとって必要不可欠です。私も、本日ご列席の皆様とともに日本と台湾の友好に力を尽くすことをお誓い申し上げ、お祝いのスピーチといたします。
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