めに尽力した羽鳥又男(はとり・またお)の生誕120年祭の法要が生まれ故郷の群馬県前橋
市内にある珊瑚寺(天台宗)で執り行われた。
羽鳥又男のご子息の羽鳥直之氏や甥の羽鳥忠雄氏、台北駐日経済文化代表処からは羅坤
燦副代表、本会からは柚原正敬事務局長、そして地元の関係者ら80人ほどが集い、許文龍
氏が2002年に制作した胸像前において、羽鳥又男公生誕120年祭実行委員会が主催(下田憲
六委員長)し、珊瑚寺住職の浜田堯勝師による導師にてしめやかに斎行された。
ただ、秋晴れに恵まれた日ではあったものの、予報気温は14度だったにもかかわらず境
内の気温は7度。加えて「上州名物」の空っ風が吹き、地元の人々も手をさすり、背を丸め
ながらの法要となった。珊瑚寺は前橋駅からバスで40分ほどの、羽鳥又男が生まれ育った
旧富士見村にあり、その周りには田園が広がり、さえぎるものは何もない。空っ風がまと
もに境内を吹き抜けてゆく。
法要の後は、新前橋駅近くの群馬ロイヤルホテルにて記念式典と会食が行われ、ここに
は山本龍(やまもと・りゅう)前橋市長や関本照雄(せきもと・てるお)同市議会議長、
『群馬学とは』を出し、羽鳥又男や新井耕吉郎など群馬県出身者の研究をする手島仁(て
しま・ひとし)氏、頌彦真賢(うたさと・しんけん)群馬台湾総会会長、法要に参列した
羅副代表や柚原事務局長ら約100名が集って羽鳥又男を偲びつつ、台湾の人々から今でも尊
敬されている前橋が生んだ偉人の功績を讃えた。
山本市長や関本議長は挨拶で「前橋市と台南市の交流をはかりたい」と声を合わせ、羅
坤燦副代表もバックアップしたいと応え、羽鳥又男を介した両市交流の端緒が芽生えた。
うまく両市の交流がはかれるよう本会でもお力添えしたいものだ。