台湾全土に激震が走った1週間だった。司法干渉の疑いが浮上した王金平氏(72)は14
年間も立法院長(国会議長に相当)に君臨してきた与党・中国国民党の大物。これを同党
主席の馬英九総統(63)は「司法の独立を侵した」と舌鋒鋭く批判した。王氏は疑惑を全
面否定し、辞任や離党の考えがないことを表明した上で、司法当局や馬政権批判による反
撃に転じたが、馬総統はその王氏に対し「院長として適任ではない」として辞任を促し、
両者の対立を台湾社会に強く印象づけた。 (台北 吉村剛史)
◆まるで宮廷権力闘争
「今は大明王朝の時代ではない」
11日、一連の司法干渉疑惑に絡む騒動を、宮廷権力闘争のイメージでとらえた連勝文・
同党中央委員はこうもらした。
この日、国民党の党紀委員会は「党の名誉を傷つけた」として王金平立法院長の党籍剥
奪処分を決定した。
比例代表選出の王氏は、党籍を失えば立法委員を失職し、立法院長の地位も失うことに
なる。このため王氏は、自らの地位保全を求める仮処分の申請などで対抗措置をとった。
1941年、南部・高雄生まれの王氏は、台湾師範大理学部卒。高雄の工業団体理事長を経
て、75年に立法委員(国会議員)に当選し、政界入りした。
李登輝元総統とも関係が深く、国民党本土派(台湾省籍)の大物で、99年から連続で立
法院長を務め、与野党双方の立法委員に顔がきく“議会の首領(ドン)”でもある。
立法委員らを率いてたびたび日本も訪問しており、東日本大震災後は対日義援金を届け
たり、また被災地入りして観光振興支援をアピールするなどしてきた。
馬英九総統とは20055年の国民党主席選で激戦を繰り広げて敗れ、以後、確執を強めて
きたとされる。
◆野党とも関係深い王氏
ことの発端は9月6日。台湾の最高法院検察署(高検)の特別偵査組(特偵組=特捜部)
による捜査結果の発表だった。
それによると、最大野党、民主進歩党の立法委員団長である柯建銘氏(62)は、会計法
違反などの罪に問われた刑事訴訟で今年6月、無罪判決を受けたが、その後、検察側に上訴
を断念するよう王氏に口利きを依頼した。
王氏は、曽勇夫・法務部長(法相)、陳守煌・高検署検察長に違法に上訴断念を働きか
けたという。事実、検察側は上訴せず、7月、柯氏の無罪が確定している。
台湾では条件付きで合法とされる電話盗聴記録も一部開示した特偵組は、曽氏と陳氏の
書類を、それぞれ弾劾やけん責に当たる専門機関に送付した。曽氏は機関の調査を待たず
に6日夜、容疑を否認しつつも、社会を騒がせた責任をとる形で法務部長を辞任した。
◆帰台までに事態は推移
一連の疑惑は8月末、すでに総統府に報告されていたが、この捜査結果の発表は、王氏が
次女の結婚式に出席するため、マレーシアの離島に向けて台湾を出発した直後だった。
王氏の行為については金品授受がなく、法的責任は追及できないが、馬総統は7日、公の
場で王氏の早期帰台と説明を促した。
また8日の記者会見では、王氏の行為を「司法の独立を侵した重大事件」と批判。「台湾
の民主法治の発展における最も恥辱的な日でもある」とする声明を発表し、国民党は9日、
11日に党紀委員会を開き、王氏の処遇を話し合うことを決めた。
一方、次女の結婚式を終えた王氏は10日夜、マレーシアから戻り、台湾桃園国際空港で
10数人の立法委員や支持者ら約2000人の出迎えを受けて記者会見。「絶対受け入れられな
い」と騒動発覚後初めて公の場で容疑を全面否定した。
また「調べる前から決めつけている」(未審先判)などとして馬政権や司法当局を強く
批判した。
検察側は直後に王氏の発言に反論。また11日朝には、党紀委員会開会を前に馬総統は党
主席の立場で急遽(きゅうきょ)会見し、王氏の前夜の態度に「失望と遺憾」を表明した。
馬総統はその際「院長として適任ではない」として辞任も促し、ともに与党に属しつつ
も、総統と立法院長の間の溝の大きさを社会に印象づけた。
王氏の海外滞在中に事態が推移したことについては、元副総統で馬氏とも関係の深い連
戦国民党名誉主席が「適当なやり方ではない」と暗に総統府を批判し、党内抗争の激化を
懸念させる空気も広がった。
◆議会への不満噴出か
今回、王氏に強い姿勢で臨んだ馬総統は、1950年に香港で生まれたとされ、出生後すぐ
に両親とともに台湾に移り、台北で育った。
台湾大法学部を卒後、米国留学し、ハーバード大で法学博士を取得。蒋経国総統の英語
通訳や党中央委員会副秘書長などを経て、連戦氏が行政院長(首相)だった時代に法務部
長(法相)に抜擢(ばってき)され、汚職摘発などに尽力したことで知られる。
台北市長を経て、20088年に総統に就任後は、経済を軸に中国と関係を改善する一方、
日本とも投資取り決め(協定)を締結するなど両岸(中台)関係や外交で力を発揮。また
汚職摘発庁ともいえる廉政署を設置(11年)するなど、持ち前のクリーンイメージの強化
に務めてきた。
12年1月の総統選でも再選を果たし、同年5月から任期2期目を迎えたが、内政でつまづ
き、昨年秋以降の支持率は民放世論調査で15〜13%と、就任以来最低ラインで推移してきた。
今年は、台湾も独自に領有権を主張する尖閣諸島(沖縄県石垣市)周辺で台湾漁船の操
業が認められた日台漁業取り決め調印に成功した一方、中国と相互に市場を開放するサー
ビス貿易協定も締結したが、サービス貿易協定については野党から「事前協議を尽くして
いない密室協定」「中国資本が押し寄せ、台湾の弱い産業が打撃を受ける」と批判が噴
出。議会での承認が進んでいない。
また、1999年に着工した第4原発建設工事の扱いでも与野党は対立しており、建設を進め
る馬英九政権は「建設工事中止」の是非を問う住民投票案の立法院(国会)での審議をめ
ざしている。
全有権者約1800万人の過半数の投票と、投票数の過半数の支持が成立要件という高いハ
ードルでもあり、野党側は即時停止を求めて審議は先送りされている。
「内政で得点をあげられない馬総統は、不正に厳しい姿勢をアピールする一方で、野党
との強調姿勢も強い王院長の議会運営が政権の足を引っ張っているとみて、一気に王外し
を仕掛けた」との見方も浮上。
しかし、一連の司法干渉騒動の中で、結果的に馬総統の支持率は、同じ民放世論調査
で、就任以来最低の11%に急落するという皮肉な結果をみせた。
陳水扁前総統が在任中、支持率を18%に低下させた際、馬氏は「民衆の支持を失った」
と批判したこともあり、メディアは「いまや陳前総統の最低支持率だった10%に迫ってい
る」と皮肉をきかせた。
また日本の台湾研究者の中からは「中国は不安定化した馬政権と、さまざまな交渉を行
うのはリスクが大きいとみて今後の中台関係の進展は足踏みする」との指摘もあり、中台
関係改善を進めてきた馬総統にとっては、さらに皮肉な結果も予想されている。