◆国民党大勝で「台湾住民は統一を望んでいる」と流布する中国らしい反応
去る2018年11月24日(土)に行われた台湾の統一地方選挙(九合一とも、中間選挙とも称される)および公民投票の結果は、「民進党大敗、国民党大勝」となりましたが、その選挙結果が高い国際的関心を集めています。
民進党は全22県市の首長ポストを選挙前の13から6の半減以下となり、直轄地である台中、高雄でも敗北しました。一方、国民党は選挙前の6から15へと大きく躍進しました。これにより、蔡英文総統は民進党主席を辞任しました。
2016年の国政選挙とは、完全に逆転したかたちです。
ただ、今回の選挙に対する見方は一様ではなく、かなり千差万別です。私も選挙期間中、台北に滞在し、その選挙結果についてはすでにお伝えしました。そこから数週間が経過し、さまざまな意見や分析が出てきていますので、続報として、この選挙結果が示す台湾の将来について述べたいと思います。
国民党が大勝したことから、中国政府は「台湾住民が統一を望んでいる」と大々的に流布しました。
国務院台湾事務弁公室の馬暁光報道官は「この結果は両岸関係の平和的発展のメリットを引き続き享受し、経済と民生を改善したいとの台湾民衆の強い願望を反映している。われわれは引き続き92年コンセンサスを堅持し、『台湾独立』分裂勢力及びその活動に断固反対し、台湾同胞を団結させ、両岸関係の平和的発展の道を歩む」などと、手前勝手に分析し、台湾独立派を牽制しました。
とはいえ、台湾に選挙があること、どのような選挙だったのかということについてはさほど言及せずに、「台湾人が統一を望んでいる」ということばかり強調するのは、やはり民意を問うシステムのない中国らしい反応です。
◆日本や台湾と中国の本質的な違いは民意を問うシステムの有無
民意を問うシステムとしては、選挙制度としての投票や、民意調査などさまざまな形があります。意外にも、北朝鮮ですら選挙制度があり、「金王朝に対して絶対多数の支持」が民意だということになっています。
しかし、中国にはいかなるかたち、いかなる手法においても、民意を問うシステムがありません。民は愚民であるから、今でも「天意」「天命」に基づいて、「党意」こそが「民意」だということになっています。
台湾については、日清戦争後の下関条約で日本に割譲されましたが、その後、日本は台湾住民の国籍について、清の国民になるか日本の国民になるかの民意を問うたという記録も残っています。これについては、2年間の選択の猶予がありました。その結果、5000人あまりが清の国籍を選んだため、日本政府は華僑として、台湾居住の権利を与えたのでした。
民意を問うのは、日本古来の伝統です。それは神代の神議のみならず、聖徳太子の十七条憲法にも、大政奉還後の五箇条の御誓文にも、帝国憲法にも謳われています。
◆混乱の原因は10項目にも及んだ公民投票
話を統一地方選挙に戻しますが、在米の反中国政府の有名な富豪、郭文貴(上海閥の番頭であった周永康のブラックマネーを乗っ取ったと疑われている)は、「中国の大勝」だと読んでいます。しかし中国の民主活動家たちの諸団体は、「台湾民主主義の成熟を示しており、選挙民の勝利だ」としています。
統一地方選挙は国政選挙ではありませんが、民進党が大敗したのも事実です。台湾の将来を決める流れにもつながるので、台湾住民の意向を冷静に分析すべきだという意見も少なくありません。
私は11月27日に日本へ戻りましたが、実際、在日台湾人で旧来の民進党支持者のなかでも、「民進党が大敗して良かった」という意見も少なくありません。また、今回の選挙は「台湾人の弱味がすべて現れた選挙だった」という見方もあります。
民進党の大敗の原因はさまざまな分析がありますが、それらを一括すると、まず10項目もの公民投票(国民投票)が行われたことで、かなり混乱が生じたことです。
その10項目とは、以下のとおりです。
・「毎年平均少なくとも1%引き下げ」という方法で火力発電所の発電量を徐々に引き下げる方法 に同意するか否か。
・「あらゆる火力発電所あるいは発電機(深澳火力発電所の建設含む)の新たな建設、拡充工事を 停止する」というエネルギー政策の策定に同意するか否か。
・日本の福島県をはじめとする東日本大震災の放射能汚染地域、つまり福島県及びその周辺4県 (茨城県、栃木県、群馬県、千葉県)からの農産品や食品の輸入禁止を続けることに同意するか 否か。
・民法が規定する婚姻要件が一男一女の結合に限定されるべきであることに同意するか否か。
・義務教育の段階(中学及び小学校)で、教育部及び各レベルの学校が児童・生徒に対して「性別 平等教育法(=ジェンダー平等教育法)施行細則が定めるLGBT教育を実施すべきではないことに 同意するか否か。
・民法の婚姻に関する規定以外の方法で、同性カップルが永続的共同生活を営む権利を保障するこ とに同意するか否か。
・台湾(Taiwan)の名称で、あらゆる国際競技大会や2020年東京五輪に出場参加することに同意す るか否か。
・民法の婚姻章が同性カップルによる婚姻関係を保障することに同意するか否か。
・「性別平等教育法」が義務教育の各段階でジェンダーの平等に関する教育を実施するよう明記 し、且つその内容が感情教育、性教育、LGBT教育などに関する課程を盛り込むべきだとすること に同意するか否か。
・「電業法(日本の「電気事業法」に相当)」の第95条第1項「台湾にある原子力発電所は2025年 までにすべての運転を停止しなければならない」の条文を削除することに同意するか否か。
これほどの項目が乱立したため、世論が混乱しました。国民党をはじめ、反蔡英文の社会団体などは、世論形成のための署名集めを行いましたが、複数の案件ですでに死亡した人物の名前が1万人分も使用されていたことが発覚するなど、トラブル続きだったことも影響しています。
「公民(住民)投票」については、スウェーデンなどでもさかんに行われていますが、ただ、実際にはたいていが行政命令を出せば済むものを、わざわざ住民投票まで行う必要はないという意見も多いのです。
◆公民投票をめぐるさまざまなトラブル
台湾での公民投票をめぐるトラブルとしては、投票まで3時間近くも並ばされたという不満も少なくありませんでした。国民は感情に左右されやすく、それが投票結果につながったという分析もあります。
加えて、蔡英文グループと台湾独立派勢力の対立が表面化し、民進党内でも意見が分裂したことです。投票率の分析から、独立派勢力が選挙をボイコットしたという分析もなされています。
蔡英文は中国側が主張する、中国と台湾で「一つの中国」を確認しあったという「九二共識」については認めていませんが、同時に、現状維持を掲げる蔡英文は、独立派の運動についても牽制しています。
今年4月、李登輝や陳水扁元総統の支援を受けて、独立派勢力は「喜楽島連盟」を結成し、10月には台北で「台湾独立」を問う住民投票実施を求める大規模なデモ集会を開催しました。これに対して蔡英文政権が総統府前でのデモを禁じ、さらに民進党議員の参加を禁止したのです。
選挙民は安定を求めていますが、中国との接近はしたくないという矛盾もあり、さらに脱原発や同性婚を認めるといった、蔡英文の急進的でリベラル色の強い改革策に嫌気をさしている面もあり、そのうえで中国からのアメとムチ(経済的協力や軍事的な恫喝)、さらにはフェイクニュースによる選挙介入が功を奏したという分析もなされています。
とくにフェイクニュースについては、民進党に不利なニュースや偽情報がネットで流されているということで、民進党はかなり警戒していました。とくにSNSを通じて、民進党候補にあらぬ噂がいろいろ立てられたため、民進党は、噂を信じないように呼び掛けるCMまで製作しました。もちろんそうした情報戦の裏側に中国がいることは間違いありません。
前述したように、民進党の大敗によって、蔡英文は民進党主席を辞任しましたが、行政院長の頼清徳も総統府秘書長の陳菊も辞意を表明したものの、目下の動きはなおも流動的です。
◆公約の実現性が問われる当選者
反与党勢力は中国からのカネの支援やフェイクニュース攻勢によって勝利を得たものの、公約の実現も問われます。たとえば、高雄市では国民党候補が勝利しましたが、その公約は高雄市の人口を現在の277万人から10年後には500万人に増やして巨大都市を建設する、というものでした。
しかし、自然な人口増加率ではせいぜい20万人増えるのが限界ですから、中国から100万人単位で大量移民を受け入れざるをえません。しかしそうなれば、中国人と台湾人の間でさまざまなトラブルが避けられなくなるでしょう。
それはともかく、地方で国民党が優勢になったことで、地方対中央の対立が激化し、また、九二共識をめぐる攻防も激化していくと思われます。民進党も政権を守るためには政策を改めざるをえなくなるでしょう。
2018年の統一地方選挙における与党の大敗は、改革の挫折と読むことができます。その一方で、地方の選挙における無政党化、経済・現実重視の傾向も見られます。
◆アメリカが台湾の国政選挙に介入してくる事態とは
戦後台湾の変化を総括すると、李登輝時代には民主化、陳水扁・蔡英文時代には台湾化が進みました。全体としては、革新と保守がシーソーゲームを繰り広げてきた歴史でもあります。
李登輝時代は台湾の民主化が進み、国政選挙まで可能となりましたが、教育改革をスタートしたものの、これは現在に至るまで多くの限界を抱えています。
蔡英文時代の改革は保守勢力の選挙不正を無力化しました。たとえば国民党時代の「三票」(騙票=選挙公約を騙す、作票=投票を不正に操作する、買票=票をカネで買う)を無力化したのです。ただし、今度は選挙資金が中国から入ってくるようになりましたが。
中国による台湾選挙への介入を見て、アメリカもアジア諸国の政治経済から軍事まで介入姿勢を強めてくると予測されています。とくに台湾については米中での争奪戦が激しさを増すと見られており、実際、アメリカでは米台の政府高官の往来を促進する台湾旅行法が制定されるなど、米台関係の強化が進んでいます。
もしも日米が韓国や、南シナ海、東シナ海のシーレーンの防衛が難しくなった場合、自由陣営の最後の基地である台湾防衛のために、アメリカは2020年の台湾国政選挙に介入せざるをえなくなります。
加えて、中国がカネとフェイクニュースによって公然と台湾の選挙に介入するなら、2020年の国政選挙において、日米も単なる傍観者ではなく、中国の選挙介入に連動して、自由・民主の価値を守る必要が出てくるでしょう。
それは、米中貿易戦争の延長戦として、場合によっては軍事的緊張を伴うものになるかもしれません。そうなれば、ますます2020年の国政選挙は国際色が強くなります。
世界の目が台湾をめぐる日米中に向くことになり、それは中国の「一帯一路」や「中国製造2025」の行方まで左右するものとなるでしょう。
◆2020年国政選挙の最大の焦点
国民党は国家財産から不正入手した膨大な財産をいまだ持っています。先の政権交代でそれらの財産を国家に戻すことがほとんどできなかったのは、馬英九時代にすでに処分されて私人の財産に変えられてしまったからです。そうした私人化した財産を国民党の候補者は使えるわけです。
台湾人による諸政治勢力の最大の弱点は、教育、マスメディア、司法、軍隊などを華僑勢力に握られていて、手中に収めることができないことにあります。2020年の国政選挙では、台湾人と、中国から流れてきた華僑の、どちらが政権を握ることになるかということが最大の焦点です。
台湾とよく似た国として、マレーシアとシンガポールがあります。マレーシアはマレー人が政権を握るマレー人国家ですが、シンガポールは華僑が政権を独占する華人国家です。2020年の選挙では、マレー型かシンガポール型かを決める選択にもなりますので、きわめて歴史的な選挙になるでしょう。
アメリカのアジア戦略における2大重点は南シナ海の航行の自由と、シーラインのキーポイントである台湾の現状維持です。今回の統一地方選挙後、アメリカ駐外最大機構であるAIT(米国在台湾協会)は、台湾の不動産を購入し、2020年の国政選挙に対する決意を示しています。
一方、国民党は選挙圧勝の余勢を買って、15県市の民意を代弁するということで、「九二共識」の受け入れを蔡英文総統に要求しています。2020年の国政選挙への前哨戦がすでに始まっているのです。
もちろん中国側も日本の反日勢力、中韓と台湾の反日勢力を糾合して、日米台の関係を壊そうとしてくるでしょう。日本の外務省とマスメディアは、中国の圧力によって台湾叩きをしてきた前例がありますから、台湾にとっては日本よりもアメリカのほうが頼りになることは間違いありません。ことに国防面ではなおさらです。
◆台湾が生き延びる道
現在展開されている米中貿易戦争は、台湾の将来を左右するもっとも大きな要素だと私は考えています。アメリカは兵糧攻めを戦略としていますが、すでに中国は青息吐息で、長期戦の体力はほとんどないでしょう。中国は毎年3000億ドル以上の対米黒字ですが、これが入ってこなくなると、中国のバラマキ外交も不可能になり、台湾を潰すために他国を巻き込む工作費がまかなえなくなるからです。
台湾は小さな島国ですから、日米のように自律的に身を守るには限界があります。どのような国と手を組むかが非常に大事なのです。
台湾は中国や韓国といった大中華や小中華の国々とは異なり、開かれた国です。しかし、70年にわたる華僑政権の支配下で、教育やマスコミを華僑に握られ、マインドコントロール下での愚民化や奴隷化も絶無ではありませんでした。
1990年代の民主化を経ても、まだ国家の正常化がなかなか進まないのは、教育、マスメディア、司法、国防の主導権を旧政権の勢力に牛耳られているからです。しかし、それらの奪還は難しくとも、台湾人意識の高まりや、台湾人のための台湾を目指すという「台湾化」が一大趨勢となっています。
私が台湾問題を考えるとき、個人の力だけではなく、衆知を結集して人類共通の課題を問い、それを共通の議題にして解決法を探ることが必要だと思っています。台湾は小さな島国ですから、いっそうオープンにして国際力学を観察しつつ、日米に目を向けてもらうように努力すべきだと考えています。