*読みやすさを考慮し、小見出しは本誌編集部で付したことをお断りします。
◆金正恩委員長は中国から専用機を借りてシンガポール入り
トランプ大統領と金正恩委員長の歴史的会談がシンガポールで行われました。両者は会談後、米朝関係の正常化、韓半島(朝鮮半島)の平和体制保障、韓半島の完全な非核化、韓国戦争(朝鮮戦争)の遺骸送還などの4項目で合意文書に署名しました。
ただし、非核化については具体的なスケジュールや検証方法などは示されず、とりあえず大枠合意に達したということを国際的にアピールするだけのものでした。人権問題についても、合意文書には盛り込まれませんでした。
具体的な詰めはこれからということだということですが、中間選挙を控えたトランプ政権としては、大きな成果としてアピールしています。また、金正恩にしても、核開発、ミサイル開発を続けてきたことにより、アメリカを交渉に引き出したということで、国内的に成果を強調するでしょう。
ところで、金正恩がシンガポール入りしたときに利用したのは中国国際航空の旅客機でした。習近平が専用機として使用している2機のうちの1機でした。金正恩の専用機「チャムメ1号」は専用機に改造したことにより搭乗者が40人程度に制限されてしまったため、中国機のほうがより安全だということで、使用した可能性があるとのことです。
とはいえ、中国から専用機を借りるということは、盗聴器を仕掛けられている可能性もあります。また、中国の操縦士に金正恩の操縦士に任せるということについて、中朝の事務協議が難航していたという話もあったそうです。
中国が北朝鮮に専用機を貸したのには、当然ながら、北朝鮮に大きな貸しをつくる意味があったでしょう。アメリカに対しても、北朝鮮のバックには中国がいることを印象付けられます。また北朝鮮にしても、中国がバックにいるという印象を、対米交渉において印象づけたいという狙いがあったのでしょう。
そもそも中国としては歴史的に朝鮮半島の宗主国であり、それは言い換えれば「絶対不可分の一部」です。現在の言い方をすれば「核心的利益」にも相当するものです。習近平はかつて、トランプとの会談において「朝鮮半島はかつて中国の一部だった」と説明したことがありました。
中国人にとっては、そのことは「常識」であり、唐の時代から千年以上も「事大一心」を続けてきました。しかし、列強の時代になると、国際的な力関係が変化し、中国も縄張りは守れず、最後には朝鮮半島は新興の日本の手に入りました。
北朝鮮は、外貨不足に加えて、特別機も無いため、どうやってシンガポールに来るのかということも国際的話題となっていました。「民族の誇り」として、文在寅といっしょに特別機に同乗してくるという予測もありました。
しかし、同民族の文在寅ではなく、中国の民間航空機に乗ってきたのか。そのことは、南北統一の問題に絡み、北朝鮮の思惑があるのだと思います。
とはいえ、朝鮮問題がアメリカ主導になれば、中国は北朝鮮カードを切れなくなります。中国としては、それを恐れているでしょう。
◆日米中にとって朝鮮情勢と台湾問題は表裏一体
米朝会談はトランプ大統領のパフォーマンスの独壇場となり、金正恩よりもトランプのワンマンショーとなっています。関係国の元首らは、すべて振り回され、脇役になっています。取材のマスコミすら、カネを取られて、演出の協力者となってしまっています。
もちろん、これで一気に朝鮮情勢が安定し、戦争終結宣言や南北平和条約へ進むということは考えにくいでしょう。平和条約が結ばれれば、在韓米軍の撤退が現実味を帯びてきます。韓国大統領府の文正仁統一外交安保特別補佐官は、南北平和条約が締結されると、在韓米軍の存在を正当化するのは難しいとの見解を示しています。
もっとも、韓国大統領府の報道官は、その後、在韓米軍の問題は、北朝鮮との平和条約とは無関係だという認識を示しており、韓国の政府内でも意見が割れているようです。
しかし、文在寅政権は従北姿勢が明確ですから、おそらく、在韓米軍撤退の方向へと持っていきたいところだと思います。文在寅は南北問題は民族自決の問題だとつねに述べています。
とはいえアメリカ自身は、規模縮小をこれまで続けてきましたが、撤退までは考えていないでしょう。
もしも在韓米軍を撤退することになれば、中国に対する、アメリカや韓国、日本の防衛ラインが下がることを意味します。
もしそうなれば、沖縄の在日米軍の重要性はさらに高まるでしょう。あるいは、フィリピンに米軍基地を復活させるという動きもありますし、台湾に対してアメリカは「台湾旅行法」を制定して高官同士の相互交流を可能にし、台湾への武器供与を復活させたように、南シナ海近辺にアメリカの防衛ラインをもってくる可能性もあります。
朝鮮半島情勢の変化は、台湾にも大きな影響があるため、各台湾メディアも大きく扱っています。トランプ大統領の「交渉次第によっては、米韓合同軍事演習は停止するが、在韓米軍は撤退することはない」という記者会見発言を報じました。
この米艦合同軍事演習の停止については、世界は驚きをもって報じていました。「大きすぎる譲歩ではないか」という批判もあります。
場合によっては、台湾への軍艦や空母寄港ということもありうるかもしれません。軍事演習の中心を南シナ海に移すのです。これは中国がもっとも嫌う事態です。
在韓米軍の今後については、日本も、そしてもちろん中国も大きな関心となるでしょう。中国にしてみれば、在韓米軍が撤退することは歓迎ですが、それも朝鮮半島を中国主導で操れればこそです。
情勢が安定するのは、力の均衡が続いているときですが、この力の均衡が崩れると、むしろ不安定になります。貿易戦争、南シナ海、台湾関係において、アメリカと中国の激突はますます高まっていくはずです。
北朝鮮のミサイルは日本を射程距離に納めていますし、中国の覇権主義を考えれば、在韓米軍の問題は日本にとっても非常に大きな問題です。
アメリカの意図はまだ明確ではありませんが、朝鮮半島情勢から南シナ海、台湾問題へと力点をシフトさせる可能性もあります。
今日は、台湾でアメリカ在台協会(AIT)の落成式があり、蔡英文相当も出席しました。アメリカ側はからは、マリー・ロイス国務次官補が出席し、中国が反発しています。北朝鮮に融和的態度を見せたその日に、アメリカは中国に対しては嫌がらせのような行いをしているわけです。
前述したように、今回の米朝会談はいかなる具体的な結果は出ていません。これがスタートだということは、トランプも口にしています。ということからも、このゲームは劇場型の連続番組として続いていくことでしょう。
私は、朝鮮半島は1つの統一国家よりも、分裂すれば分裂するほど誰にとっても幸せだと思っています。もしも統一すれば、この国の歴史法則として、朋党の争い(内ゲバ)が避けられません。
いずれにせよ、日米中にとっては、朝鮮情勢と台湾問題は、表裏一体の問題でもあるのです。朝鮮半島問題は、必ず東シナ海、南シナ海、台湾問題の今後に大きな影響を及ぼすことになります。