さらにそれは、アジア太平洋担当の国防次官補という実務の最高責任者で、海軍士官出身のランディ・シュライバー氏が台湾への武器売却について、10月11日に「もっと常態化した、しかも政府間取引の対外有償軍事援助(FMS)的な関係の構築を目指す」(中央通信社)と発言したことからも分かるように、米国は日本などと同じレベルで台湾へ武器売却しようという姿勢を見せている。
米国のペンタゴン(国防総省)が行っている対外軍事援助プログラム「対外有償軍事援助(FMS:Foreign Military Sales)」は、輸出窓口が兵器製造メーカーではなく、ペンタゴンになるという。日本など約160ヵ国がこの有償援助対象国になっているそうで、シュライバー国防次官補は、ここに台湾を加えたいと発言したのだ。
なぜ米国はこれほど台湾を重視するのか。その一つの見方を、フジテレビ報道局上席解説委員の能勢伸之氏が小野寺五典・前防衛大臣の発言などを引用して解説している。下記に紹介したい。
ちなみに、能勢氏が言及している台湾の高度早期警戒レーダー・システム「EWR」は米国のレイセオン社製で、2013年2月から運用を開始しているという。着弾の6分以上前から警戒態勢を敷けるそうだ。探知距離は3500km以上とされ、南シナ海全域を監視でき、北朝鮮のミサイル発射も探知していて、あらゆる奇襲攻撃に対応できると言われている。
なお、原題は「米中対立の中、際立つ台湾軍の巨大レーダーEWRの存在」だが、天災に当り「米国が台湾を重視する理由」に改題していることをお断りする。
————————————————————————————-米中対立の中、際立つ台湾軍の巨大レーダーEWRの存在【FNN PRIME「能勢伸之の安全保障」:2018年10月14日】https://www.fnn.jp/posts/00374590HDK
◆台湾軍演習:蔡英文総統の隣にパラグアイ大統領
米中間の軋轢は、いわゆる“貿易戦争”以外にも拡大を見せている。
10月中旬に予定されていた米中高官による米中外交・安全保障対話(DSD)を中国が中止。
そうした中、目立ってきたのが、台湾の存在だ。
台湾の陸軍と空軍が10月9日に合同で演習を行い、AH-1攻撃ヘリコプターやUH-60ヘリ・CH-47輸送ヘリを使い、台湾のCM11またはCM12型戦車が参加した。
この演習を視察した蔡英文総統の隣には、パラグアイのベニテス大統領がいた。
2人は、AH-64Eアパッチ・ガーディアン攻撃ヘリコプターの格納庫の前で記念写真を撮影。
台湾軍の演習に、外国の国家元首が参加したのは、公表されている限り、台湾史上、初めての事だ。
その演習の前日のあたる8日に訪中したポンぺオ米国務長官に、王毅外相は「米国は貿易問題をエスカレートさせ、台湾問題でも中国の権益を損なう行動をとっている」「米国が誤ったやり方をやめるよう求める」等、激しい言葉を浴びせ、貿易問題だけでなく、台湾問題でも苛立ちを隠さなかったようだ。
これに対し、ポンぺオ国務長官は、米中外交・安保対話の中止に遺憾の意を伝えたという。
◆米ジェットエンジン・メーカーを狙った中国スパイ
10月10日、米司法省は、アメリカの航空宇宙産業の秘密を盗んだとして、米国の令状に基づき、ベルギーで逮捕された中国の国家安全部=MSSに所属するYanjun Xu被告を、10月9日に米国へ身柄を移送、告訴した。
その後、Xu被告は国外追放となったが、彼が所属していたとされるMSSについて、米司法省は「中国の情報機関および治安機関であり、カウンターインテリジェンス・外国諜報機関・政治安全を担当。
「MSSは国内外のスパイ活動を行うために幅広い権限を持つ」と説明している。
どんな“スパイ行為”だったのか、その具体的な内容は、司法省の発表文には見当たらなかったが、ワシントンポスト紙などによると標的となっていたのは、米国を代表するジェットエンジン・メーカーのGE Aviation等の航空宇宙産業。
GE Aviation社のエンジンは、民間旅客機だけでなく、F-15戦闘機、F-16戦闘機、AH-64アパッチ攻撃ヘリコプター、B-2ステルス爆撃機、F/A-18E/F戦闘攻撃機などの軍用機にも幅広く使用されている。
中国外務省は、この“スパイ行為”疑惑を「根拠のないでっちあげ」として、反発した。
◆小野寺前防衛相「台湾の高い山」発言
このように米中の対立の根が深まる最中、徐々に存在観を見せる台湾だが、今後、台湾と米国の関係は、どうなるのだろうか。
10月2日まで防衛大臣の任にあった、小野寺五典衆議院議員は、11日のBSフジ「プライムニュース」で、興味深い発言をしている。
<小野寺前防衛相: 今まで台湾に対して、ずっとアメリカは中国に気を遣って、肩入れしてこなかった。例えば防衛装備についても、私、現場で見させてもらったが、アメリカからの部品補給が無いので、稼働してないものもあった。>
だが9月24日、米国防省の国防安全保障協力局は、米国務省が米国内での台湾の利益代表部に相当する「台北経済・文化代表部」が、総額3億3000万ドルに及ぶ台湾軍のF-16戦闘機・C-130輸送機・F-5戦闘機、それに台湾国産戦闘機であるIDF=チンクオ戦闘機のスペアパーツを購入することを承認し、米議会に通知。
中国外務省スポークスマンは翌25日、「米中間に深刻なダメージを与える」と強い異議を唱えた。
<小野寺前防衛相: 台湾に対してもしっかり応援をするというトランプ政権の姿勢、中国への1つの一定のメッセージにもなるんだと思います。 台湾の地政学的な存在って、とても大きくて、台湾には高い山もありますし、アメリカも台湾と、さらに情報共有を含めて連携するのではないでしょうか。>
米軍は、台湾軍とさらに情報共有をすすめる、というのである。
◆台湾の巨大レーダー「EWR」と米本土防衛
ここで気に掛かるのが、小野寺前防衛相が口にした「高い山」という言葉の意味である。
小野寺前防衛相は、その意味を番組内で明らかにすることはなかったが、推測は出来る。 台湾で標高2500m級の山、樂山の頂上には巨大なレーダーが立っている。このレーダーは、米国が米本土に向かって発射された戦略弾道ミサイルをいち早く捕捉するために開発した、PAVE PAWS戦略レーダーを基に作られたレーダーで、2つあるアンテナの直径は30メートル以上。EWRとも呼ばれていた。
弾道ミサイルだけでなく、巡航ミサイル・航空機を捕捉できるように性能が変更され、探知距離は以前、3500km以上と言われた。
南シナ海の海南島には、核弾頭を搭載した戦略核ミサイル「JL-2」を搭載した戦略ミサイル原潜の基地がある。
樂山から2000kmで、南シナ海全域が監視できる上、このレーダーなら、中国本土から発射されるICBMも捕捉できるかもしれない。
しかも、昨年改修されているので、性能が向上した可能性がある。米国にとっては、米本土防衛のためにも無視できない存在となっているかもしれない。
中国が、このまま戦略核兵器の開発・生産・配備を続けるなら、米本土防衛の観点から、この台湾の山上に立つレーダーは、戦略弾道ミサイルを見張る眼として、米国防当局にとっても、極めて重要な存在に映るだろう。
従って、小野寺前防衛相が「米国と台湾がさらに情報共有を含めて連携」すると発言した背景には、この巨大レーダーの存在があるのかもしれない。
◆米国は米本土防衛のために台湾を防衛?
では台湾にとって、このレーダーはどんな存在なのか。
もちろん、台湾に向かってくる弾道ミサイル・巡航ミサイル・航空機の捕捉に重要な役目を果たすだろう。
だがそれ以上に、このレーダーが破壊されれば、米本土に向かう戦略弾道ミサイルを見張る眼が効かなくなることを意味しかねない。
この米本土防衛に直結しうる“眼”を米国が防衛するなら、それは米国による台湾防衛にも直結するだろう。
米中関係が対立し、緊張すればするほど米国は、台湾を重視せざるを得なくなる──それが、小野寺前防衛大臣の読みなのだろうか。
◇ ◇ ◇
能勢伸之(のせ・のぶゆき)フジテレビ報道局上席解説委員1958年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、フジテレビに入社。報道局取材センター政治部で防衛・外交を中心に取材。1997年FNNロンドン支局長、1999年にコソボ紛争をベオグラードとNATO本部の双方で取材。フジテレビ報道局取材センター政治部担当部長を経て、現職。著書に、『ミサイル防衛』『防衛省』(いずれも新潮新書)、『東アジアの軍事情勢はこれからどうなるのか』(PHP新書)、『弾道ミサイルが日本を襲う』(幻冬舎ルネッサンス新書)、『検証 日本着弾』(共著)など。