【朝日新聞:2016年6月19日】
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12416502.html?rm=150
写真:蔡英文氏が視察した曽国旗氏の畑=花蓮県玉里、鵜飼啓撮影
「空心蔡」。2012年に初めて総統選に出た蔡英文(ツァイインウェン)は、台湾などでよく食さ
れる茎が空洞の野菜、空心菜にかけてそう揶揄(やゆ)された。「蔡」と「菜」は中国語でも同じ
発音だ。
中身がない。政策がない。そんな意味だ。
「政策へのこだわりが強い」。蔡の周辺は一様に口をそろえるのに、なぜそう批判されたのか。
蔡政権の幹部は蔡について「政治家になり、専門以外のことに携わるようになった。知らないこ
とはじっくり考えるため、決断力が無いように映ることもあった」と話す。世論調査の専門家とし
て蔡を支えた陳俊麟は「普通の政治家は50%の成功の可能性で決断するが、蔡はさらに考える」と
慎重ぶりを指摘する。
総統選の敗北で、蔡はこうした欠点を克服する時間を得た。政策を裏打ちする実情をつかもう
と、地方回りに精を出したのだ。
東部・花蓮で有機農業を営む曽国旗は蔡の訪問を受けた一人だ。高校に通うため16歳で家を離れ
たが、27歳で故郷に戻り、家業の農業を継いだ。父親が始めた有機農業を拡大。今では70人ほどの
仲間と、肥料の製造から収穫後の販路の確保まで行っている。
有機農業の実態などを聞こうと、蔡が来たのは13年の末ごろ。記者も連れずに少人数で訪れたと
いう。「畑の中に入り、2、3時間見て回った。作物について非常に細かく聞かれた。農家のことを
理解しよう、という思いを感じた」と曽は振り返る。
企業家やエリートビジネスマンらと接触する機会も作った。「民進党はビジネス界を重視しな
い」というイメージを覆すためだ。外資系企業の台湾トップを務めた張振亜らが橋渡し役になっ
た。「『身内』とばかり話すのではなく、外に出て行かないとだめだ」と蔡に発破をかけたとい
う。
政権幹部は「時間をかけてさまざまな問題の理解を深めたので、決断に時間はかからなくなっ
た。慎重な個性は変わらないが、批判は少なくなった」と話す。16年の総統選に向け、弱点は少な
くなっていった。=敬称略
(台北=鵜飼啓)