次期首相に取り組んで欲しい日台間の安保対話  頼 怡忠(台湾智庫副執行長)

 昨9月14日に行われた自民党総裁選において、菅義偉氏が377票、岸田文雄氏が89票、石破茂氏が68票と、大方の予想どおり菅氏が70.59%を獲得して圧勝しました。

 台湾の民進党のフェイスブックは、蔡英文総統が「菅新総裁のリーダーシップの下で、自由民主党の益々の御発展、そして台湾と日本の関係が一層強化されることを心より期待しています」と祝意を表していることを紹介しています。

◆民進党蔡英文主席恭賀官房長官菅義偉當選自民党總裁 https://m.facebook.com/login.php?next=https%3A%2F%2Fm.facebook.com%2Fdpptw%2F&refsrc=https%3A%2F%2Fm.facebook.com%2Fdpptw%2F&_rdr

 また、シンクタンクの両岸交流遠景基金会執行長や台湾智庫副執行長を兼任する国際政治学者の頼怡忠氏は「東洋経済ONLINE」のインタビューに「日台間の安保対話は、台湾と日本、そしてインド太平洋地域の安全にとって非常に重要だ。日本の次期首相が、この問題に取り組んでくれることを願っている」と答えています。下記に頼怡忠氏へのインタビュー全文を紹介します。

?怡忠(I-Chung, Lai)1966年、嘉義県生まれ。1998年、台湾成功大学物理系卒業後、米国のコーネル大学客員教授を経てバージニア工科大学で博士号取得。民主進歩党駐米代表処主任、台北駐日経済文化代表処代表室主任、民進党中国事務主任、民進党国際際事務部副主任などを歴任。台湾智庫副執行長、両岸交流遠景基金会執行長。

—————————————————————————————–台湾��ぢ蔡政権が日本の新首相に期待するもの 日本と台湾の間に必要なのは安全保障対話だ【東洋経済ONLINE:2020年9月14日】https://toyokeizai.net/articles/-/375370

 8月28日の安倍晋三首相による退陣表明は、台湾にも強い衝撃を与えた。7月末に知日派として知られた李登輝元総統が亡くなった直後、日本からは森喜朗・元首相が弔問で訪台するなど、日本との関係が改めてクローズアップされたところだった。

 現在の蔡英文総統が2016年に就任して以降、日台は結びつきを強めている。安倍首相は特に、中国との関係に配慮しながら台湾にも強い関心を示していた。そこで、台湾から安倍退陣後の日本をどう見ているか。台湾のシンクタンク・台湾智庫副所長を務めるなど著名な国際政治学者である?怡忠(I-Chung Lai)氏に、日台関係や今後の東アジア情勢について話を聞いた。

◆日台の相互信頼関係は良好

── 安倍晋三首相の任期中の日台関係は、相対的に良好なものだったのではないでしょうか。特に蔡英文政権 になり、経済・政治的な関係も緊密になったように見えます。現在の日台関係を、どう評価しますか。

 確かに、日台関係は安倍政権中に急速に発展したと言える。しかも、党派を越えて発展してきた。中国国民党(国民党)の馬英九政権当時(2008〜16年)、安倍首相は尖閣諸島周辺海域における漁業権問題に積極的に取り組むと同時に、民主進歩党(民進党)ともTPP(環太平洋経済連携協定)問題について何度も話し合ってきた。

 特に民進党が政権を握った後に進められてきた日台間の海事に関する対話は、日台間の経済対話に続くもう1つの公式の対話となった。これまで日本政府は台湾に対し、何回も支持やお祝いなどのコメントやメッセージを発表してきた。実際に、日台両政府のコミュニケーションの頻度は上がり、1972年の日台断交から初めて、日本の副大臣が公務で訪台するなど、日本の政治家の関与もグレードアップした。これは過去に例を見ないものだ。

── 安倍首相の台湾への強い関心を、台湾は好意的に受け止めているということでしょうか。

 そうだ。安倍首相個人が、台湾への連帯と支持を持っていることは台湾にも十分伝わっている。相互の信頼関係もとても良好だと言えるだろう。今後、日本に安倍首相ほど台湾に心を寄せて支持するリーダーが現れるかどうかはわからない。しかし、確実に言えるのは、安倍氏が台湾に深い印象を与えた人物だということだ。

 とはいえ、あえて安倍政権と台湾との問題を指摘するならば、日台間の安全保障問題がまだ十分ではないということだろう。蔡英文総統は安全保障問題について日本との対話を望んでいるが、いまだ実現には至っていない。台湾海峡や西太平洋情勢は、日に日に緊張感を増している。日台間の安保対話は、台湾と日本、そしてインド太平洋地域の安全にとって非常に重要だ。日本の次期首相が、この問題に取り組んでくれることを願っている。

── 蔡英文政権は日本に対しどのような政策・戦略を持っているのでしょうか。中国の存在を意識しながらも、 台湾との関係をよくしていきたいと考えている日本の政治家は少なくありません。

 蔡政権は日本をとても重視している。日本は台湾にとって非常に重要なパートナーだ。しかも、日台が共有しているのは「自由民主主義」という政治的価値観だけではない。経済においても同様だ。蔡政権は日本と自由貿易協定(FTA)の締結ができることを期待している。また台湾は環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTTP、TPP11)への加入を目指しているが、これにも日本の支持と協力が必要だ。

 安全保障面では、例えば2005年2月19日に発表された日米安全保障協議委員会(日米「2+2」)での共同発表以降、台湾海峡の平和が日米同盟において追求すべき共通の戦略目標となって久しい。台湾海峡の平和は、台湾の安全保障にとってキーポイントだ。台湾を国際社会から排除しようとする中国の姿勢に対抗し、台湾が国際社会とつながり参加していくためには、日本との緊密なコミュニケーションと連携が必要だ。

── 安全保障面では、中国との関係をどうするかという難問が待ち構えています。台湾をめぐる日中関係は、 台湾からどう見えていますか。

 台湾が持つ「台湾問題」、すなわち中国との主権帰属をめぐる問題と、「台湾は台湾、中国人ではなく台湾人だ」とする、いわゆる「台湾のアイデンティティー問題」を考える場合、その切り口は「日本統治時代をどう解釈するか」にあると言える。

◆対中関係は日本統治時代の解釈をめぐる問題

 第2次世界大戦では、中華民国は日本と戦った。だが当時の台湾は日本の一部だ。そればかりか、少なくない台湾の民衆が天皇に忠誠を誓い、積極的に従軍した。しかし戦後、これらの日本統治時代の歴史は国民党により闇へ葬られた。さらに戦前の台湾が深いところまで日本化していたため、統治するようになった国民党は台湾民衆の権利を剥奪した。これにより、後に台湾で展開されることになる、戦後に台湾に移り住んだ「外省人」という一部のエスニシティ(族群)による独裁政治の基礎となった。

 国民党の馬英九政権は、中国からの圧力に際し、日本に強硬な態度を取ることで中国との友好関係を築いてきた。中国は台湾が第2次世界大戦をはじめとする歴史問題に対し、日本にどのような態度を取るかで、台湾が中国とどうしたいのかといった態度を推し量ることが多い。つまり、台湾の中台統一派は親中であるだけでなく反日であることが求められるのだ。

── 外省人ではなく、もともと台湾に住んでいた「本省人」はそれについてどのように考えてきたのでしょう か。今では、台湾独立派として政治活動を行う人も少なくはありません。

 台湾独立派は日本統治時代を重視する傾向にあり、さらに現在の日本との関係も重要視している。そのため、中台統一派と独立派という二派の対立は、単に日台関係の良し悪しに影響を与えるのではなく、「台湾の対日政策」をどうするのかという問題と、統一か独立かをめぐる「台湾問題」、さらには自分たちが台湾人なのか中国人なのかを問う「台湾のアイデンティティー」と深く結びついているといえる。

◆中国は台湾により強い圧力をかけてくる

── 現在、東アジアひいては世界における台湾の存在感が高まりつつあります。トランプ政権において米台関 係が強化され、さらには香港の混乱と対比される際にも、台湾がクローズアップされています。当面の台湾外 交の主な方針はどのようなものでしょうか。

 中国の強硬な姿勢に対し、台湾はさらなる防衛力の強化と、台湾が持つ理念に近い国家との連携をより緊密にさせることで、国際社会での生存能力を維持する必要がある。アメリカは、台湾海峡における平和のためのキーマンだ。台湾にとってアメリカとの関係が重要なのは疑いようがない。中国の抗議があったからといって、米台関係が揺らぐことはないだろう。アメリカは中国の台湾に対する侵犯行為への対抗措置に協力している。

 香港情勢について、中国は国際社会の声が耳に入らないほど忍耐力を失いつつある。これが意味するのは、中国の台湾に対する圧力も増大する可能性があるということだ。さらに踏み込んで言えば、中国は経済成長の鈍化や内政問題、米中対立、「一帯一路」の頓挫可能性といった中国内部に溜まる不満を抜くために、台湾へより強い圧力をかけると考えられる。

 新型コロナウイルスが発生して以来、中国軍機は台湾に対し挑発を繰り返している。具体的に言えば、台湾海峡の中間線を超えて台湾側に侵入し、さらには中国戦闘機が台湾機にレーダーでロックオンすることも頻発している。中国は台湾の基本的な安全保障に深刻な脅威を与えている。このような中国の行動は、中国国内の問題を解決するためには、国内で解決をするのではなく、対外的な圧力を強めて武力衝突の危機を作り出すことで国内の不満をコントロールしているということだろう。

── 2020年11月のアメリカ大統領選挙の結果が台湾へもたらす影響を、現段階でどう見ていますか。トランプ 大統領の再選、あるいはバイデン候補の当選といった場合に、台湾はアメリカとどのような関係を深めること になるでしょうか。

 大統領選で仮に政権交代が行われたとしても、アメリカの対中政策に影響はないと見ている。しかし、政党が変われば対中政策の具体的な内容や、どのような政策を重視するかという細部は変化するだろう。例えば、バイデン氏は中国との貿易戦争を行わないと主張しているといったものだ。また、バイデン氏はトランプ大統領がアピールする「アメリカファースト」ではなく、同盟国との関係修復も重視している。

 台湾は、アメリカの共和党、民主党とは十分に密接な関係を築いている。ただ、バイデン氏が当選した場合、現在のトランプ政権ほど台湾を支持するかどうかは注意深く見ていく必要があるだろう。

◆アメリカの対台湾「6つの保証」は有効

 アメリカ国務省は最近、レーガン政権時代の1982年に台湾の安全保障に関するアメリカの姿勢を記した「6つの保証」の機密文書指定を解除し、内容を公表した。これは、台湾への武器供与や台湾関係法、台湾の主権に関する立場などに関するアメリカの立場を示したものだが、この6つの保証は現在でも米国の対台湾政策の基礎となるものであり、さらに新たな米台経済・商業対話を構築する考えを表明している。

 6つの保証とは、米台関係を建築物にたとえるなら、建物の土台となる杭打ち工事のようなものであり、このような杭があって初めて、具体的な政策や対話が持続可能なものになる。これこそ、米台関係の安定化にとって重要なものだ。

── グローバル社会に衰えが見え、地域主義・孤立主義が息を吹き返そうとしています。その分、台湾がこれ まで築き上げてきた「民主主義」や「人権」、そして多様性という歴史的成果と価値は、国際社会でもより多 くの関心を集めています。これが、国際社会における台湾の活動の場を広げることにはなりませんか。

 現実の世界が持つ基本的枠組みから抜け出せないとしても、民主主義は台湾が国際社会で生きるための基本だ。今、台湾は中国からの圧力にさらされ、国際社会からのより一層の支持を必要としているのが現状だ。

 とはいえ、台湾自身が民主主義を維持できなかったら、台湾への支持を他国に期待できるだろうか。台湾はこの9月、チェコ上院議長率いる90人が台湾を訪問してくれたことに対し、非常に感謝している。彼らの訪台は、自由と民主主義への支持の表明であり、同時に覇権主義への反対の表明だ。

 台湾はもはや、金に物を言わせる小切手外交を行うことはない。だが反対に、中国は台湾と国交を持つ国を奪おうと小切手外交を大々的に行っている。それでも、台湾は民主主義を放棄することはない。

※この記事はメルマガ「日台共栄」のバックナンバーです。