椎名素夫氏と台湾の縁[矢島誠司]

李登輝前総統からも長文のメッセージ

 6月20日、去る3月16日に亡くなった元参議院議員で日台の交流にも尽力した椎名素夫
氏をしのぶ会が、岡崎久彦・元駐タイ大使(本会副会長)を発起人代表として東京港区
のANAインターコンチネンタルホテル東京で開かれた。椎名氏は本会設立時の発起人
の一人であり、会員でもあった。

 会場には安倍晋三首相や麻生太郎外務大臣など約600名が参集し、台湾からも陳水扁総
統の特使として謝長廷・元行政院長が出席したほか、許世楷・台北駐日経済文化代表処
駐日代表、王金平・立法院長、陳唐山・国家安全会議秘書長、羅福全・亜東関係協会会
長、彭栄次氏らが出席した。本会からも田久保忠衛副会長や林建良常務理事、柚原正敬
常務理事らが出席した。

 安倍首相や麻生外相、謝長廷・元行政院長が追悼の辞を述べ、岡崎久彦氏が李登輝前
総統や米国のリチャード・アーミテージ元国務副長官からのメッセージを披露した。

 「1996年の台湾危機に際して、最大の功労者は椎名素夫氏だった」とする李前総統か
らの長文のメッセージは近々ご紹介するが、産経新聞の矢島誠司・論説副委員長が「椎
名素夫氏と台湾の縁」と題して台湾と縁の深い椎名素夫氏の来歴を記しているので、こ
こにご紹介したい。

 なお、当日、ホテルのロビーにおいて、本会会員らがプラカードを持って立ち、「台
湾支持」(謝長廷氏支持)をアピールした。                (編集部)


椎名素夫氏と台湾の縁 矢島誠司
【6月20日 izaβ版 地球随感】

 20日午後、東京港区のANAインターコンチネンタルホテル東京で、ことし3月、肺
炎のため76歳で亡くなった元参議院議員の椎名素夫(しいな・もとお)氏(無所属)を
しのぶ会が開かれた。

 椎名氏といえば、日本政界きっての知米派として知られた。リチャード・アーミテー
ジ元国務副長官をはじめ、米国に豊富な人脈を持ち、日米関係の深化に努めた人だ。マ
イケル・グリーン前米国家安全保障会議(NSC)上級アジア部長は、ジョンズホプキ
ンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)卒業後、日本に来て椎名氏の事務所で政
策秘書を務めたこともある関係である。

■米国への「密使」
 
 当然のことに、椎名氏は日米の政治・外交・安全保障の裏面史に深くかかわった。
 
 1982(昭和57)年の大みそか、11月に首相に就任したばかりの中曽根康弘(なかそね
・やすひろ)首相から電話を受け、翌年1月に予定している日米首脳会談の下工作を頼
まれる。当時、日米は防衛力増強、牛肉・オレンジの対日輸入自由化などをめぐってギ
クシャクし、中曽根首相は首脳会談で局面の打開を図ろうとしていた。

 首相に「密使」役を頼まれた椎名氏はワシントンに飛び、知己のガストン・シグール
大統領特別補佐官と面談、懸案を首脳会談で一気に解決する筋書きをまとめる。その結
果、首脳会談は成功し、以後、日米関係は「ロン・ヤス関係」と呼ばれる良好期に入っ
た。昨年7月に出版された『椎名素夫回顧録−不羈不奔(ふきふほん)』(東信堂)に
出てくる話だ。

■日台関係にも貢献

 椎名氏は、米国だけでなく台湾との関係にも大きな足跡を残した。90年代からしばし
ば台湾を訪れ、日米台湾の間の安全保障関係論議に貢献した。筆者も台北赴任時代に何
度かお目にかかったが、古い政治家にありがちな利権のにおいを感じさせない点が印象
的だった。

 この間、李登輝(り・とうき)前総統と信頼関係を深め、李氏に「日本で最も信頼で
きる政治家の一人」と言わしめるほどになった。陳水扁(ちん・すいへん)総統は2003
年、椎名氏に「台日米安全保障外交に卓越した貢献があった」として「紫色大綬景星勲
章」を贈ったが、授与式には李登輝氏も出席した。現前総統そろっての勲章授与式は初
めてだった。

 椎名氏の父親、椎名悦三郎(しいな・えつさぶろう)元自民党副総裁も1972年の日中
国交正常化に伴う日華断交の際、首相特使として日台関係の維持に努めた人である。

 悦三郎氏は、台湾と縁の深い後藤新平(ごとう・しんぺい)の甥(おい)に当たる。
後藤は明治30年代、児玉源太郎(こだま・げんたろう)・第4代台湾総督のもとで民生
長官として台湾の衛生状態の改善、医学校の創設、アヘン撲滅、都市近代化に尽くした。
李登輝氏が今回の来日の際、第1回後藤新平賞を受賞したのは周知の通りだ。ちなみに
台湾では、李氏が後藤新平賞を受賞したことに一部で批判が出た。後藤は児玉とともに、
原住民の反乱を武力鎮圧したからだというのだが、さてどうだろうか。

 後藤新平が台湾に招いた人材に新渡戸稲造(にとべ・いなぞう)がいる。李登輝氏は
新渡戸を生涯の師と仰いでいる。新渡戸の名著『武士道』を解説しながら日本精神の価
値を説いた李氏の『「武士道」解題』(小学館)は武士道ブームの推進力になった。

 きょうの椎名氏をしのぶ会の発起人には、李登輝氏も名を連ねている。また、謝長廷
(しゃ・ちょうてい)・元台湾行政院長(来春の総統選挙への民進党からの候補者)が
陳水扁総統の名代として出席、追悼文を代読する。椎名氏と台湾との縁は深い。(論説
副委員長)