11年前の2009年6月、ノンフィクション作家の平野久美子さんが『水の奇跡を呼んだ男─日本初の環境型ダムを台湾につくった鳥居信平』を出版した。平野さんはそれまでも『諸君!』(2008年3月号)や『正論』(2009年2月号)、『SAPIO』(2009年5月13日号)などで鳥居信平(とりい・のぶへい 1883年〜1946年)の事績を伝えていた。
その当時、台湾関係者でも鳥居の名前を知る人はほとんどおらず、ましてや八田與一が手がけた烏山頭ダムに先行し、今でも20万人の地元住民の生活水や農業用水として使われ続けている、日本初となる屏東県の地下ダム「二峰[土川](にほうしゅう)」(1923年完成)を造った人物だと知る人は皆無に近かった。
その後、後藤新平や新渡戸稲造など台湾の近代化に尽くした日本人の胸像を制作して顕彰していた許文龍氏(奇美実業創業者)の知るところとなり、2009年4月、二峰[土川]のある屏東県来義郷において屏東県政府主催により、許文龍氏自ら制作した鳥居の胸像の除幕式が行われた。鳥居が静岡県袋井市出身だったことから、許文龍氏は袋井市にも胸像を寄贈している。
平野さんの『水の奇跡を呼んだ男─日本初の環境型ダムを台湾につくった鳥居信平』は日本農村土木学会の知るところともなり、著作賞も受賞している。このほど、産経NF文庫から『台湾に水の奇跡を呼んだ男 鳥居信平』と改題して出版された。
二峰[土川]が完成したのは1923年(大正12年)。この年の1月に生まれた農業経済の専門家でもある李登輝元総統が「鳥居信平がつくった地下ダムが、今も役に立っている。実に頭の下がる思いがします。この偉業を語り継ぐ義務が、我々にはあるでしょう」と賛辞を寄せている。
日本李登輝友の会でこの二峰[土川]を訪ねた際、地元の人々が口々に「二峰[土川]は私たちの宝」と言い、鳥居への恩を忘れず、偉業を語り継いでいることを肌身で知った。
本書の「前言」は、地下水資源としての二峰[土川]について40年近くも研究している国立屏東科技大学土木行程系の丁●士(てい・てつし)教授が「水の美しい心情」と題して書いている。(轍の車がさんずい)
実にうまく二峰[土川]について説明している。それも、理工系の先生とはとても思えない瑞々しい筆致の詩的な文章で、己の来し方と二峰[土川]の関りを述べつつ、その特徴と先進性を説明している。なるほど、それで「水の美しい心情」かと合点がゆく。丁教授のあふれんばかりの水と郷土へ愛着ぶりが伝わってくる「前言」で、平野さんの本文を読みたくなる一文だ。
本日の産経新聞が「日台つなぐ日本人技師の偉業」として本書を紹介している。下記に平野さんのプロフィールとともにご紹介したい。
◆平野久美子『台湾に水の奇跡を呼んだ男 鳥居信平』(産経NF文庫:潮書房光人新社) http://www.kojinsha.co.jp/sanNF.html
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平野久美子(ひらの・くみこ)ノンフィクション作家東京都出身。1972年、学習院大学卒業。編集者を経て90年代末より執筆活動へ。台湾に関する作品が多く、日本統治時代から食文化まで造詣が深い。主な著作に『食べ物が語る香港史』(新潮社、1998年)『淡淡有情─日本人より日本人』(小学館、2000年、小学館ノンフィクション大賞)『トオサンの桜─散りゆく台湾の中の日本』(小学館、2007年)『台湾好吃大全』(新潮社、2005年)『水の奇跡を呼んだ男─日本初の環境型ダムを台湾につくった鳥居信平』(産経新聞出版、2009年、日本農村土木学会著作賞)『テレサ・テンが見た夢・華人歌星伝説』(ちくま文庫、2015年)『ユネスコ番外地 台湾世界遺産級案内』(中央公論新社、2017年)『牡丹社事件 マブイの行方─日本と台湾、それぞれの和解』(集広舎、2019年)『台湾に水の奇跡を呼んだ男 鳥居信平』(潮書房光人新社、2020年)など多数。日本文藝家協会会員。一般社団法人台湾世界遺産登録応援会代表理事。
—————————————————————————————–【産経の本】『台湾に水の奇跡を呼んだ男 鳥居信平』平野久美子著 日台つなぐ日本人技師の偉業【産経新聞:2020年2月29日】https://www.sankei.com/article/20200229-YCUL3PV5CVI3FPL4GTGRFUMK5A/
台湾でいまも感謝、尊敬されている日本人水利技術者、鳥居信平(とりい・のぶへい)の半生を描いたノンフィクションである。
約100年前の大正時代、台湾の荒れ地を緑の農地に変えるため艱難(かんなん)辛苦の工事をやり通した鳥居。彼の造った地下ダムは屏東(へいとう)平野に広がる農地や植林場を潤している。そうした偉業に元台湾総統の李登輝氏も「実に頭の下がる思いがします」と賛辞を贈った。
さらに現在では、国立屏東科技大学の丁●士(てい・てつし)教授が日本統治時代の水利技術や環境型ダムを紹介、鳥居の工夫した灌漑(かんがい)施設の発想を進化させ、台湾南部の水不足や地盤沈下解消のプロジェクトを手がけている。こうした100年の時を超える活動は、多くの住民に水の恩恵を与えるだけでなく、日本と台湾をつなぐ絆となっている。
本書で描かれる鳥居の無私無欲、住民の生活や衛生、環境への深い心配りは、アフガニスタンで昨年凶弾に倒れた「ペシャワール会」の中村哲医師の姿にどこか重なるものがある。難事業にあえて挑戦した先人たちの後に続く若者が一人でも多く生まれてほしい、と著者が願うのもうなずける。単行本『水の奇跡を呼んだ男』を改題、文庫化にあたり大幅改訂。(産経NF文庫・810円+税)●=轍の車をさんずいに
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