未曾有のコロナ危機にも「台湾式」の明るい対処法  野崎 孝雄(台南市城市外交顧問)

【nippon.com:2020年3月21日】https://www.nippon.com/ja/japan-topics/g00839/

◆医療関係者への応援が続々と

「ありがとう!!感染症との闘い、みなさんおつかれさま」

 これは高雄市のアイスクリーム店が医療関係者へアイスクリームを無料提供した際のメッセージだ。その文面には明るい雰囲気が伝わってくる。世界中で新型コロナウィルスの脅威が拡大している中、台湾での防疫対策は世界から高い評価を得ている。台湾政府の取り組みは、超法規的な措置を正しい方向と透明性を保ちながらちゅうちょなく行った英断の結果ともいえる。

 それでも経済に与えている影響は甚大で、その大きさは2003年に流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)以上になるといわれている。特に観光業、宿泊業、飲食業などは壊滅的に近い打撃を受けている。

 しかし、台湾で飲食店を経営する私個人の見方としては、台湾社会の雰囲気はそれほど悲観的ではないと感じている。たとえば冒頭のアイスクリーム店のように、自らも苦しい状況でも、第一線で防疫対策に向かい合っている医療関係者への温かい応援活動が多く行われているからだ。

 台湾のマスク配給制が日本で大きく取り上げられているが、台湾でマスク騒動が全くなかったわけではない。しかし、マスク騒動が落ち着き始めた2月中旬ごろから社会は冷静になり始め、防疫対策で奮闘する医療関係者への関心が高まり始めた。私が知り得たいくつかの事例を紹介したい。

 まずは私が暮らしている台南市で80年の歴史を誇るカニおこわの名店「阿霞飯店」だ。台南市で新型コロナウィルスの検疫を担当する成功大学病院で働く全てのスタッフへ合計6600食のおこわとデザートを提供した。その対象は医師から警備員、病院ボランティアスタッフまで全ての医療関係者であった。総経理(社長)の呉健豪氏はインタビューで「防疫対策に向き合う医療スタッフの方々による努力で市民や学生が健康でいられることに深く感謝している」と語った。

 成功大学病院の沈孟儒院長は「医療関係者は正常な時間帯に食事を行うのは難しく、普段はバナナなど簡単な食事で栄誉補給を行っている。名店の美食は疲労している医療スタッフへの大きな支援と応援になる」と喜んだ。

 次に紹介するのは台南の老舗醤油会社東成醤油である。運営する宴会場の名物である豬??線を奇美病院で働く全てのスタッフへ向け合計5000食を提供した。この2つの事例は非常に大きな規模での支援だが、その他にも大手、中小を問わず、多くの飲食店で医療関係者向けに医療関係者の証明書や名刺を提示すると割引が受けられるサービスなどが行われ始めている。

◆善意の行動がしやすい台湾

 台湾では危機が起きるたびに多くのボランティアや寄付が行われる。個人によるボランティアもそうだが、台湾と日本との違いとして企業が支援活動に積極的であるように思う。これまで紹介した支援活動も個人ではなく企業または事業者によるものだ。寄付に関しては税金控除制度もある。

 2月初旬、医療機関へのマスク不足が明らかになってきた時期に、経営する会社で備蓄しているマスクのうち1カ月分の1000枚を台南市医師会に寄付した。決して大きな数量ではないが、知り合いのマスコミ関係者や政治関係者から、政府管理となっているマスクを大量に持っていたことで逆に批判を浴びる可能性があると心配された。

 しかし、早い段階から商業施設内の飲食店ではマスクの着用が強く促されており、マスクがなければ営業停止に追い込まれる可能性もあったことから危機管理としてスタッフへ支給するマスクの備蓄を確保するのは飲食企業として当然である。実際にマスクが政府管理に移行したばかりの混乱期では、すぐに撤回されたとはいえ、台湾当局は、企業に対し従業員にマスクを支給するのは義務であり、支給を拒めば罰金となると発表している。

 また、私が備蓄していたマスクが日本で購入したものであったことから、日本もマスク不足であり日本で購入したマスクを台湾の医療関係者へ寄付する行動は、誤解が生じ反発を招く可能性があるという指摘も受けた。なぜこれほど心配されたかというと、台湾のネット民の反応は苛烈だからだ。いったん炎上すればそれはマスコミ媒体へも伝染し大きな批判を招きかねない。時に事業停止に追い込まれることさえある。

 しかし、私は台湾人の良心と常識を信じていた。私のこれまでの経験では台湾人、台湾のマスコミは正しい善意の行動を売名行為だといったりして非難したりしない。逆にその行動の意義や背景を正しく理解、判断し応援してもくれる。実際にこの件がニュースとなった後、企業などから医療機関にマスクを寄付する動きが出始め、偶然だがその日の夜に台湾当局が医療機関へのマスク配給量を拡大することを発表した。

 その他にも旧正月明けから不眠不休で国民のためにマスクを生産し続けているマスク工場スタッフへの炊き出しも行った。これはマスク製造工場のスタッフの努力と奮闘が台湾のマスク供給を支えており、その貢献は医療機関にも劣らないからである。なおこの活動には私の会社以外にも台南の有名店である異人館や永楽焼肉飯、ドリンクスタンド大手の迷客夏も賛同し2日間で各店の人気メニューで合計400食とドリンク400杯を提供した。

 余談であるが、この活動後に多くの知り合いの飲食業社から「なぜ声を掛けてくれなかったのか」という連絡をもらった。新型コロナウィルスの影響で業績に大きな打撃を受け、経営的に苦しい状況でも自分のできることで頑張っている人を支援する──。台湾にはそのような文化が根付いていると思う。

◆行動が速い台湾人ビジネスマン

 SARS以上の危機に直面している宿泊業や飲食業だが、そこからは台湾商人のたくましさも見ることができる。優待や割引で消費を喚起するのだが、その方法が多種多様でユニークなのである。例えば、あるホテルでは国内旅行を喚起するため自家用車での来客者に対し、ガソリンスタンドのプリペイドカードプレゼントを開始した。また別のホテルでは医療関係者だけではなく、観光業や飲食業関係者を対象にした割引プランを打ち出している。チェックアウトの時間を午後まで延長しているホテルもある。飲食業では五つ星レストランの一流シェフを自宅へ派遣し調理する出張シェフサービスや店頭で消毒液の無料配布を行うサービスを始めたところもある。

 一方で新型コロナウィルスの影響が長期化すると考えいち早く長期休業や廃業を決断している企業も少なくない。対策への決断が速いというのも台湾人ビジネスマンの特徴の一つだ。

 まだ収束まで時間のかかりそうな新型コロナウィルスだが、台湾人は今回の危機をうまく乗り越えると同時に、この経験からさまざまなスキルをさらに向上させるはずである。

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野崎 孝男(のざき・たかお)1974年、東京都生まれ。都政新報記者、読売テレビディレクター、練馬区議を経て、2007年12月に台湾大学に留学し台湾大学法学院博士課程後期単位取得満了。専門は公共政策、企業マネジメント。台湾でラーメン店「Mr.拉麺(ミスター・ラーメン)」など飲食店を9店経営。台南市城市外交顧問、創新美味股[イ分]有限公司董事長、崑山科技大学非常勤講師。論文に「中華民国憲法における立法院の女性議席の確保論」等。

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