今年の世界保険機関(WHO)の第74回年次総会(WHA)は5月 24日から6月1日までオンラインで開かれています。
周知のように、5月5日に閉幕したG7外相会議は「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促す」と明記した共同声明を採択し、共同声明では、台湾が世界保健機関(WHO)の年次総会に参加することへの支持も表明しました。
米国はまた5月7日、アントニー・ブリンケン国務長官が「中国が例年通り異議を申し立てる前に要請する」として「台湾の排除は、感染の抑制に悪影響を及ぼす」という理由を述べて台湾を年次総会にオブザーバーとして招待するよう求めました。
日本もまた、菅義偉総理は5月21日の「グローバル・ヘルス・サミット」に寄せたビデオメッセージで「国際保健課題への対応は地理的空白を生じさせるべきでない」と述べて従来の日本政府の立場を強調し、加藤勝信・官房長官も24日の記者会見で改めて「従来から台湾のオブザーバー参加を一貫して支持してきている。引き続き関係国と連携し、WHOに働きかけつつ、わが国の立場を明確に主張していく」と述べています。
しかし、各国のこのような要望が続いたにもかかわらず、台湾は中国の反対により今年も年次総会に招待されませんでした。
驚いたのは、あと2日で閉幕という本日(5月30日)になって、朝日新聞が「WHO総会 中国は台湾排除やめよ」という社説を掲載したことです。
内容的には、これまで日本政府が主張したり、日華議員懇談会や地方自治体が可決してきた意見書とあまり違わず、新味はないのですが、「これは台湾の人々の命に関わる問題である。中台の政治問題を持ちこむのは人道上容認できない」と明確に言い切ったところにこの社説の特徴があります。中国を「人の踏むべき道」ではないと非難しているからです。朝日新聞らしい観点かと思います。
これはこれで「正論」であり、朝日新聞はよくぞ言ってくれたと拍手を送りたいところですが、このような内容なら開幕前に出して欲しかったという思いが残ります。
また、中国が反対しているのは、WHOもその年次総会も主権国家しか参加を認められていないことを理由としています。それゆえに「規則の中に主権国家の1地区がオブザーバーとして参加する根拠はない」(5月15日、中国外交部)と述べ、台湾が主権国家ならオブザーバーで参加する資格はないと説明しました。つまり、台湾は中国の一部であり、台湾は主権国家ではないから参加できないと逆説的に言ったのでした。
朝日の社説は「『最高水準の健康に恵まれることは、あらゆる人々にとっての基本的人権』と誓うWHO憲章にも反する」と述べています。WHO憲章に反すると指摘するなら、WHOの参加規則改正に言及すべきだったのではないかと悔やまれます。
憲章は憲法であり、規則は下位法にあたりますので、規則よりも憲章が優先されるのは当然です。朝日社説が、台湾のオブザーバー参加に反対する中国を非難したことは評価するとして、もう一歩踏み込んで、WHOが抱える基本的な問題点を指摘して欲しかったというのはない物ねだりでしょうか。
WHOが憲章を優先するよう改革がなされなければ、中国が反対し続ける限り、台湾は年次総会に参加できない状態が続くのです。やはり、閉幕間近に来て主張すべきは、WHOの改革ではなかったのかと悔やまれます。
それを証するように、WHOのテドロス事務局長は5月11日の記者会見で台湾の総会参加について「判断する権限はない」と述べて問題から逃げました。法務責任者のスティーブン・ソロモン氏も「総会に参加する国は参加国のみが決定できる」と述べ、台湾が参加できないという憲章の規定に悖(もと)る現実があることを避け、憲章に基づいた措置を取るような姿勢は微塵も見られませんでした。
朝日社説は憲章に謳う「最高水準の健康に恵まれることは、あらゆる人々にとっての基本的人権」という文言を引用しながら、それが実現できていない問題の解決をテドロス事務局長などWHOに求める内容にならなかったことは残念です。
ましてや中国は「09年から16年までの間、中国も人道的な措置として認めていた」と朝日社説が指摘するにもかかわらず、いまや政治問題を持ちこんで反対しているのですから、この中国を「人道上容認できない」と批判するのは的を射ていないように思います。朝日社説は「09年から16年まで」の台湾の参加を中国が認めた理由についても疑問をなげかけてしかるべきだったのではないでしょうか。
◆世界保健機関(WHO)憲章とは https://japan-who.or.jp/about/who-what/charter/
—————————————————————————————–WHO総会 中国は台湾排除やめよ朝日新聞「社説」:2021年5月30日https://www.asahi.com/articles/DA3S14921867.html
感染症対策は国境を越えた地球規模の難題である。大国の思惑で特定の人々や地域を排する行為は許されない。
新型コロナ対策などを話しあう世界保健機関(WHO)の年次総会が、オンライン形式で開かれている。ここに台湾は今年もオブザーバー参加できなかった。中国の反対によるもので、5年連続となる。
感染症対策をめぐり空白地域をつくるのは、だれの利益にもならない。中国は台湾の排除をやめるべきだ。
中国共産党政権は、台湾は中国の一部であり、中国を代表するのは自分たちだとして、台湾による国際機関への参加を阻んできた。WHO加盟も中国の反対により認められていない。
ただし、総会へのオブザーバー参加については、中台関係が良かった馬英九(マーインチウ)政権の09年から16年までの間、中国も人道的な措置として認めていた。
中国がその措置を一変させたのは、蔡英文(ツァイインウェン)政権が発足してからだ。中国の求める「一つの中国」の原則を受け入れていないとして、さまざまな圧力を強めている。
しかし、これは台湾の人々の命に関わる問題である。中台の政治問題を持ちこむのは人道上容認できない。「最高水準の健康に恵まれることは、あらゆる人々にとっての基本的人権」と誓うWHO憲章にも反する。
台湾のコロナ対策は、当局の積極的な情報公開によって市民の自発的な行動を促し、効果をあげてきた。国際社会がその経験を共有できないとすれば、大きな損失でもある。
世界がパンデミックに陥って以降、中国は「マスク外交」や「ワクチン外交」と呼ばれる積極的な国際援助で注目を集めてきた。
マスクは2800億枚、ワクチンは80カ国以上に提供してきたという。先進国と一線を画した中国式援助を歓迎する発展途上国が多いのは事実だろう。
ただ、それが一部で指摘されるように、台湾との距離をとるように踏み絵を迫るものならば、恥じるべきことだ。
日本や米欧は台湾のWHO総会へのオブザーバー参加に支持を表明しており、G7外相会議の共同声明にも盛り込んだ。中国はこうした声に真剣に耳を傾けるべきである。
「我々は同じ海に漂う波である」。習近平(シーチンピン)国家主席は先日の世界健康サミットの演説で、古代ローマの哲人ルキウス・アンナエウス・セネカの言葉を引用した。そのうえで、「コロナ対策の国際協力を揺るぎなく進めよう」と呼びかけたが、その範を示すべきは、まず中国自身である。
※この記事はメルマガ「日台共栄」のバックナンバーです。