中国による台湾併合への意欲が急速に露(あら)わになりつつある。今年1月2日、「台湾同胞に告ぐる書」発表40周年記念大会において習近平総書記は、「一つの中国」原則を堅持し、「武力の使用を放棄することを約束せず、あらゆる必要な措置を取る選択肢を保有する」と明言した。加えて「九二共識」(1992年コンセンサス)に立脚し「一国二制度」をもって中台統一を図る、という方針を改めて提起した。3月の全国人民代表大会での李克強首相の政府活動報告も同趣旨を繰り返した。
◆中台関係を縛る「幻の合意」
九二共識とは、中台の民間窓口機関による合意であり、双方が「一つの中国」(一個中国)の原則を守るものの台湾側はその解釈は双方異なる(各自表述)とし、中国側は文字通りの一個中国を堅持するというものであった、といわれる。合意文書は存在しない。当時の総統李登輝氏も台湾側窓口の代表辜振甫氏も共識の存在それ自体を認めていない。「幻の合意」なのだが、中国はこれを中台関係を律する政治的原則だとして譲ることがない。蔡英文総統が習演説と李報告について、それぞれ即日、一国二制度に「台湾の絶対的多数の民意が断固として反対しており、台湾がこれを受け入れることは絶対にない」と反論した。
中台において圧倒的に強い軍勢を擁するのは中国である。中国はなぜ台湾併合の挙に出ないのか。米国の国内法「台湾関係法」の存在ゆえである。米国は1979年の米中国交樹立、米台断交の直後、同年4月に台湾関係法を制定、1月1日に遡及(そきゅう)して同法施行を宣言した。「合衆国の法律は1979年1月1日以前と同様に適用されねばならない」というのが同法のエッセンスである。米国の台湾に対する武器売却は台湾関係法により正当化され、台湾有事に際しては在日米軍の出動の可能性大だが、その根拠も同法におかれよう。
◆現状変更には対抗、米の決意
今年は台湾関係法の制定から40年である。米国は2017年12月に発表した「国家安全保障戦略」において「われわれの一つの中国政策と合致する形で、また台湾関係法にもとづいて台湾の合理的な国防上の需要に応え、他からの圧力を阻止するため台湾との関係を維持する」と宣明した。「一つの中国」ではなく「われわれの一つの中国」と表現されていることに注目されたい。
「2018年度国防権限法」では中国の自衛力増強のための軍事関係強化をうたい、19年度の権限法ではリムパック(環太平洋合同演習)への中国軍の参加拒否などを表明した。18年3月には「台湾旅行法」が成立、ここでも台湾関係法が米台関係の基礎であることを確認、国務省、国防省を含む米国高官の台湾訪問、台湾高官の米国訪問を促すことが法制化された。同年12月には「アジア再保証推進法」を成立させ、台湾関係法にもとづき台湾海峡の現状変更には対抗するという米国の決意を明示した。
今年3月19日に米台関係に一つのエポックが画された。米国の台湾窓口機関「米国在台湾協会」のクリステンセン代表と台湾の呉●燮外相との間で「インド太平洋民主統治管理協議会」開催についての意見が交わされ、「民主主義と人権に関する常設の対話」実現のために毎年1回の定期協議会を開くことを決定、米台高官が9月に台北に集うことになった。米台国交断交後、初の公式協議となる。
中国は業を煮やしたのであろう。3月末、戦闘機「殲11」2機を台湾海峡の中間線を越えて侵入させ、台湾側はF16戦闘機のスクランブル発進でこれに応じたという。米国もまた同時期にイージス艦など2隻を台湾海峡に派した。
◆主権国家日本として法整備を
蔡英文総統は産経新聞とのインタビュー(3月2日付)に応じ、安全保障問題やサイバー攻撃についての日本との対話を求めた。対話のための法律上の障害を日本は克服してほしいとも訴えた。法律上の障害とは、日台関係を律する国内法が日本に存在していないことである。
日台間には投資保護や二重課税防止、民間漁業などについて30を超える取り決めがすでにある。しかし、これらはすべて民間窓口機関による合意であって、これを主権国家日本として担保するための国内法はまったくない。対中配慮のゆえである。増大する中国からの脅威に備えて米台関係が緊密化する一方、日本政府には台湾との関係を律する国内法を成立させようという意思がみえない。
有志によって昨年の春に設立されたシンクタンク、一般社団法人「日米台関係研究所」は、この5月29日に米国からグレッグソン元国防次官補などを招いて、国際シンポジウム「日米台安全保障協力の方向性−台湾有事に備えた日米台の連携」を開催した。共同声明6項目のうち第2項が“日台の安全保障対話を開始せよ”、第4項が“日本の国内法「日台交流基本法」を制定せよ”である。提言に耳を傾けてほしい。(わたなべ としお)
●=刊の干を金に