日本は「台湾有事」にどう対応するのか

 少し前の産経新聞に、台湾有事の際に日本はどのように対応するのかをシュミレートした記事が掲載された。政治部の大橋拓史(おおはし・たくし)記者の記事だ。

 記事では、河野克俊(かわの・かつとし)前統合幕僚長の「『今は何事態なんだ』『内閣法制局長官を呼んでこい』と延々議論をしている間に、そんなことが吹っ飛ぶ状況になりかねない」という発言を引用し、台湾有事は対岸の火事ではないと強調している。そこから、記事の見出しも、判断できない政治家への揶揄を込め「台湾有事『今は何事態?』」とつけたようだ。下記に紹介したい。

 ある防衛省高官は、中国は台湾を責める時には必ずや日本も武力攻撃してくるので「武力攻撃事態」となると想定し、「台湾有事は日本有事」と断言していると仄聞する。

 周知のように、麻生太郎・副総理兼財務相も7月初旬の講演会において、台湾有事はすなわち日本の「存立危機事態」に関わるとして「日米で一緒に台湾を防衛しなければならない」と述べた。

 日本台湾交流協会台北事務所で5年ほど防衛駐在武官に相当する安全保障担当主任をつとめた元陸将補の渡辺金三(わたなべ・きんぞう)氏も、産経新聞への寄稿で「台湾海峡有事は日本への武力攻撃事態となる可能性が十分に考えられる」と指摘していた。

 とはいえ「日台間に防衛上の協力関係は全く存在していない」とも指摘し、「早急に日台間の防衛交流を開始する意思決定を行い、秘密情報の交換・通信態勢を整えて直接対話を進めるべきだ」と訴え、警鐘を鳴らしていた。

 退官直後に台湾に赴任し、台湾が置かれている状況を肌で知った渡辺氏ならではの危機感の表れと受け止めるべきで、早急に日台間の防衛交流態勢を整える必要がある。

 日本は台湾有事にどのように対応できるのか、政府が客観的・合理的に判断するためには、日米台による普段からの情報交換が必要不可欠なのは論を俟たない。

 産経記事も指摘するように「台湾関係法に類する規定はない」日本のこの法的不備状況を打破するためには、本会が提案している「日台交流基本法」のような、国交のない日台間で直接的な情報交換を可能とする法律を制定するしか道はないだろう。

 法制定以外の手としては、防衛駐在武官に相当する安全保障担当者を陸・海・空とし、かつ現役自衛官を派遣することが次善策ということになるのではないだろうか。

 この件もまた本会は今年の政策提言として発表している。この政策提言では、米国が現役の陸軍大佐を米国在台湾協会(AIT)に派遣し、かつ陸・海・空の軍人および海兵隊員が駐在していることも紹介し、日本は米国の先例に倣うべきと提言している。

◆日本李登輝友の会「2021政策提言」:日台の安全保障協力体制強化のための4つの提言 http://www.ritouki.jp/index.php/info/20210630/

—————————————————————————————–台湾有事「今は何事態?」大橋 拓史(産経新聞政治部記者)【産経新聞:2021年8月6日】https://www.sankei.com/article/20210806-D4YVCUNEXZLELM6CTEJBDYJWNY/?914861

 台湾有事をめぐる日本の対応が焦点になっている。麻生太郎副総理兼財務相は7月の講演で「(台湾で)大きな問題が起きれば、間違いなく存立危機事態に関係してくる」と述べ、日米で台湾防衛にあたる必要性を強調した。中国は即座に「強烈な不満と断固たる反対」(外務省の趙立堅(ちょう・りつけん)報道官)を表明して反発したが、決して対岸の火事ではない台湾有事に日本は具体的にどう対峙(たいじ)するのか。

 台湾有事に関する日本政府の公式見解は7月6日に加藤勝信官房長官が記者会見で述べた通りだ。台湾有事は「仮定の問題」で、「いかなる事態が存立危機事態に該当するかは実際に発生した事態の個別具体的な状況に即し、政府が客観的・合理的に判断する」というものだ。

 表面的で心もとなく聞こえるが、「一つの中国」を尊重する日本政府としては、奥歯にものが挟まったような見解しか表明できない。

 もっとも、中国による台湾の掌握は複雑な経過をたどることが予想される。中国が台湾を軍事攻撃し、日本にも攻撃を仕掛ける「武力攻撃事態」となれば議論の余地なく日本の有事だが、ことはそう簡単ではない。麻生氏も講演で「台湾を中国がいきなり爆撃するとか、今はそんな時代じゃない」と前置きし、次のようなシナリオを提示した。

 1)ストライキ、デモによる台北市内の騒乱、2)総統府の占拠と総統の逮捕、3)治安維持のため中国政府に援軍を要請、4)中国軍による鎮圧−。麻生氏は「中国が『これは内政問題だ』と言ったら世界はどう対応するのか。香港で起きたことが台湾で起きない保証はない」と警鐘を鳴らした。

 このシナリオ以外にも、台湾軍の指揮統制システムを麻痺(まひ)させて社会全体を混乱に陥れるサイバー攻撃や、台湾海峡、バシー海峡(台湾−フィリピン間)の海上封鎖などが行われる可能性がある。

 1979年に台湾との国交を断絶し、中国と国交を樹立した米国は台湾関係法を制定し、台湾危機に際し適切な行動を取ると規定している。事態がエスカレートしていけば、いずれかのタイミングで軍事介入する公算が大きい。そうなれば、出撃拠点は在日米軍基地ということになる。

 ここで問われるのが日本の対応だ。日本に台湾関係法に類する規定はないが、放置すれば直接の武力攻撃に至るおそれがあるなど、日本の安全に影響を与える「重要影響事態」と認定すれば、米軍への後方支援が可能となる。具体的には、弾薬の提供を含む補給、輸送、修理、整備などだ。

 より深刻度が増し、国の存立が脅かされ幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある「存立危機事態」となれば、米軍アセット(艦艇、航空機などのこと)の防護や機雷掃海などができる。この事態には「武力の行使」も含まれる。

 重要影響事態の後に段階的に格上げするか、最初から存立危機事態とするかは、中国の出方による部分が大きい。中国が米軍の来援阻止のため、台湾周辺の海空域に排他的なエリアを設定する可能性もある。

 そうなれば、台湾から約110キロの与那国島(沖縄県与那国町)を含む先島諸島や尖閣諸島(同県石垣市)がこのエリアにすっぽりと入る可能性が高い。「排他的」とは味方以外の全てを敵とみなし、攻撃対象とすることを意味する。

 先島諸島には陸上自衛隊が駐屯地を開設し、地対艦、地対空ミサイルの配備を進めている。中国が先島諸島の占拠にかかれば急迫不正の侵害として一気に「武力攻撃事態」へかけ上がる。

 中国の出方については意見が割れる。ある政府関係者は「中国が日本を引き込むようなやり方をしてくるとは思えない。むしろ仕掛けてくるのは世論戦だ」と指摘する。

 いずれの事態と日本政府が認定するにせよ、事後であっても手続き上は国会承認を必要とする。「日本が直接攻撃されていないのになぜ台湾に関わる必要があるのか」との心理をついて「米軍を支援するなら攻撃する」というメッセージを送ってくるというわけだ。

 世論が分断すれば、意思決定に時間を要することは想像に難くない。河野克俊前統合幕僚長は7月30日のテレビ番組で「『今は何事態なんだ』『内閣法制局長官を呼んでこい』と延々議論をしている間に、そんなことが吹っ飛ぶ状況になりかねない」と危機感をあらわにした。

 中国外務省の趙氏は「台湾問題への介入を絶対に許さない。中国人民の国家主権を守り抜く強固な決心や意志、強大な能力を見くびってはならない」と強い言葉を使う。中国の軍事研究集団は7月に「日本が台湾有事に軍事介入すれば、中国は核攻撃を日本に加える」といった動画をつくりネット上で拡散した。こちらは中国政府の公式見解ではないが、すでに世論戦は始まっている。(大橋拓史)

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