「台湾有事」のシナリオ  李 明峻(新台湾国策シンクタンク主任研究員)

 世界日報紙が本年1月4日から「『台湾有事』のシナリオ─日米台識者に聞く」という興味深いインタビュー記事を連載している。

 これまで日本の河野克俊(かわの・かつとし)前統合幕僚長を皮切りに、米国のランド研究所研究員のジェフリー・ホーナン氏、台湾の新台湾国策シンクタンク主任研究員 の李明峻氏、元空将・東洋学園大学客員教授の織田邦男(おだ・くにお)氏、元米太平洋軍統合情報センター作戦本部長のカール・シュスター氏、台湾国防安全研究院准研究員の林彦宏氏の6人が登場している。

 日本の河野前統合幕僚長や織田邦男氏にしろ、米国側のジェフリー・ホーナン氏やカール・シュスター氏などは他紙でも取り上げられているが、「台湾有事」というテーマにもかかわらず、日本のメディアに台湾の識者はなかなか見当たらず、どうして台湾の安全保障専門家を取り上げないのかと不思議に思っていた。

 台湾には、国防部の下部組織に位置づけられる(財)国防安全研究院をはじめ、総統府直属の中央研究院もあれば民進党系の両岸交流遠景基金会や新台湾国策智庫、台湾智庫、黄昭堂氏がはじめ羅福全氏が引き継いだ台湾安保協会など、数多くの安全保障に関する研究機関や民間団体がある。ほとんどの研究者は英語が話せるし、日本語を話せる識者も多いとは言えないが確実にいる。

 世界日報紙が取り上げた李明峻氏と林彦宏氏のお二人は、日本留学経験者でもあり、日本の大学でも教えていたことがある。本会の「日本李登輝学校台湾研修団」(略称・李登輝学校研修団)で何度か講師をつとめていただいており、「役員・支部長訪台団」のときにもお話しを伺ったことがあり、本会関係者にはなじみ深いお二人だ。

 そこで、本誌ではこのお二人へのインタビューをご紹介したい。インタビューは上・下2回に分かれて掲載されているが、本誌では一挙にご紹介する。

「台湾有事」のシナリオ─日米台識者に聞く(6)「斬首作戦」で一気に制圧か 新台湾国策シンクタンク主任研究員 李明峻氏「台湾有事」のシナリオ─日米台識者に聞く(7)世論の分断を煽る「認知戦」 新台湾国策シンクタンク主任研究員 李明峻氏【世界日報:2022年1月8日、9日】1月8日 https://www.worldtimes.co.jp/opnion/interview/144626.html1月9日 https://www.worldtimes.co.jp/opnion/interview/144730.html

李明峻1963年、台湾・台南生まれ。台湾大学卒業後、淡江大学大学院を経て京都大学で博士号を取得。専門は国際法と東アジアの国際政治。岡山大学法学部准教授、遠景基金會董事、台湾国際法学会副秘書長、警察大学教授などを歴任。現在、新台湾国策智庫主任研究員、台湾北東アジア学会秘書長、中原大学財経法律学科助教授、台湾安保協会副理事長、台日文化経済協会副秘書長、中華民国相撲協会理事長。

◆「斬首作戦」で一気に制圧か

── 中国が台湾を軍事侵攻する可能性は、どの程度高まっているか。

 中国は今、国内の状況がかなり厳しい。独裁国家は国内情勢が厳しくなると、海外と戦争をして国内の注意をそらそうとする。

 習近平国家主席はすぐにでも台湾を併合したいと思っている。だが、実際に侵攻するかどうかは、現実的に成功する確率がどのくらいあるかだ。失敗すれば、逆に台湾を独立させる状況になってしまう。侵攻するなら、絶対に成功させないといけない。成功する確率が高くなければ、武力行使に踏み切る確率は低い。

── 中国の台湾侵攻にはどのようなシナリオが想定されるか。

 いくつか考えられる。第1は、中国福建省に最も近い金門島と馬祖島を占領して、台湾政府が降伏するシナリオだ。民進党政権なら降伏しないが、国民党政権であれば分からない。

 第2は、南シナ海にある台湾領の島々を占領することだ。これから武力行使に踏み切るというメッセージを台湾政府に送ることができる。それによって、台湾の降伏を期待している。

 第3は、台湾南西部の離島、澎湖島への侵攻だ。1683年に清国がそれで台湾を併合した例があった。

 第4は、台湾海峡から台湾西部海岸に上陸して侵攻することだ。台湾海峡側は太平洋側と比べて海が浅く、特に新竹、台中、台南一帯は砂の海岸で上陸しやすい。

 第5は、台湾海峡ではなく太平洋側から台湾東部を攻撃することだ。東部の花蓮や台東には台湾軍の基地がある。

 だが、一番可能性の高いのは第6のシナリオだ。

── 第6のシナリオとは。

 サイバー作戦で台湾を麻痺(まひ)させた後、台北に直接侵攻するシナリオだ。総統府、行政院を占拠して総統を拘束し、台湾政府全体を機能停止に追い込んで降伏させる。いわゆる「斬首作戦」である。

 台湾は日本と同じように、一般人は銃を所持していないため、軍以外に攻撃手段がない。政府の指揮権が奪われれば、戦闘力は失われる。その場合、民進党政権でも降伏するしかない。このシナリオでは米国や日本も何もできない。

 第1から第5のシナリオは台湾人の反発を招くだけでなく、国際社会からの関与も避けられない。また、台湾政府は総統府のある台北が占領されない限り、軍に抵抗を命じることができる。従って、第6のシナリオが一番可能性が高い。

── 具体的に台北をどのように占拠するのか。

 平時に観光客を装った兵士数千人を民間機で送り込み、サイバー攻撃で社会インフラを麻痺させた上で、台北を一気にコントロールしてしまうのだ。

 今は中台間の直行便が大幅に減っているが、将来的に国民党政権ができれば、中国との関係が良くなって、直行便が増えると予想される。従って、民進党政権よりも親中政権の時に中国が侵攻してくる可能性が高い。親中政権は中国と戦う意志があまりなく、すぐに降伏する可能性があるからだ。

 これに対し、着上陸侵攻では通常、守る側の3〜5倍の兵力が必要になる。台湾の兵力は約20万人であるため、中国軍は着上陸侵攻に60〜100万人の兵力が必要になる。しかも、このシナリオでは米軍の介入が予想される。

 従って、中国が真正面から台湾を攻撃してくる可能性は低いと思う。台湾侵攻を成功させようと思えば、斬首作戦しかないのではないか。

(聞き手=編集委員・早川俊行)

◆世論の分断を煽る「認知戦」

── 中国が台湾社会を分断するために仕掛けている情報戦、影響工作の深刻度は。

 日本の世論調査では「中国が嫌い」と答える人が8〜9割に上る。韓国でも7割くらいいる。ところが、台湾ではその割合は6割台程度にとどまる。台湾人は中国の脅威下で生活しているのに、周辺国より中国を嫌う割合が低いのはなぜなのか。それは、中国が台湾に日々仕掛けている「認知戦」の影響だ。

 中国は台湾人に「中国は10〜30年後に米国を超えて世界一の大国になる」「米国は徐々に駄目になる」といった認識を植え付けている。その結果、世界の超大国になる中国の敵にはなりたくない、という認識が台湾人の間で生まれている。

── 台湾メディアの中国報道はどうか。

 国民党寄りのメディアは、中国の人権問題など悪い面は一切報道しない。テレビをつけると、中国の科学技術がいかに進歩しているかとか、巨大経済圏構想「一帯一路」によって欧州までが中国の勢力圏になったとか、そんなニュースが毎日のように流れている。

 民進党寄りのメディアも、中国の悪口はあまり言わない。ドラマを制作する台湾のテレビ局にとって、一番大きな市場は中国だからだ。だから、民進党寄りのメディアは国民党批判はするが、中国批判は少ない。習近平国家主席批判に至ってはほとんどない。

── 中国による大規模な軍事侵攻よりも認知戦や斬首作戦の方が脅威ということか。

 そうだ。中国は米国や日本など世界各国を無視して台湾に武力侵攻するほどばかではない。斬首作戦を睨(にら)みつつ、親中政権が誕生する日を待っている。

 独立志向の与党・民進党と親中国の最大野党・国民党の基盤は、実は大きな差はない。昨年12月の住民投票では、国民党が賛成した4件はいずれも反対多数で否決されたが、その差は30万〜50万票だった。投票率41%のうち、民進党陣営は22%、国民党陣営は19%で、3%程度しか差がない。

 今年の地方選挙は、目下の分析によると、民進党がかなり不利だ。2024年の総統選挙も国民党が勝たないとも限らない。

── 今後の台湾政治をどう見る。

 中国国民党は終戦後に中国大陸から渡ってきた外省人が中心だが、李登輝総統による台湾民主化のプロセスで、台湾人は徐々に国民党の指導層に上がった。だが、馬英九政権を経てから、外省人が今でも国民党に対して力を保持している。

 しかし、外省人も高齢化が進んでいる。24年総統選挙では外省人がまだ国民党への強い影響力を保つだろうが、28年総統選挙の時には本省人(台湾出身者)が中心になる。つまり、「中国国民党」は「台湾国民党」に変わっていく。

 国民党で人気が高い侯友宜・新北市長は、南部・嘉義の出身で、完全な台湾人だ。現在の国民党指導層は侯氏のことが好きではないため抑え込んでいる。だが、28年総統選挙では国民党のリーダーになれる人物だ。そうなると、外省人は国民党をコントロールする力を失っていく。

 従って、24年総統選挙は外省人にとって「最終決戦」となる。28年以降にたとえ国民党政権ができても、その本質は「台湾国民党」であって、台湾人として自分たちの故郷、国を守る意識を持ち、安易に中国に降伏することはしないだろう。だから、現在は中国寄りの国民党も、徐々に民進党のように台湾の利益を優先する政党になるのではないか。

 つまり、24年総統選挙が一番危ない。台湾はまだ民主化の途上だが、これを乗り切れば、本当の民主化を徐々に実現できるのではないかとみている。

(聞き手=編集委員・早川俊行)

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