*読みやすさを考慮し、小見出しは本誌編集部で付したことをお断りします。
◆経済制裁合戦でダメージを受けるのは中国
アメリカ時間の9月17日、トランプ政権は知的財産権侵害を理由として、2000億ドル相当の輸入品に対して10%の追加関税措置を課す対中制裁を24日から発動すると発表しました。そして来年には追加関税を25%に引き上げるとしています。この発表は、今朝のNHKでも速報で報じられていました。
すでにアメリカは約500億ドルの制裁を発動しており、今回の制裁措置は第3弾で、これにより中国の昨年の対米輸出額5050億ドルの半分が追加関税の対象となります。もちろん中国の反発は必至ですが、もしも中国が報復措置を行った場合、新たに2670億ドル相当の新たな制裁を検討するとしています。
この新たな対中制裁については、中国がこれまでも強く反発し、発動をやめるように牽制してきました。ウォールストリートジャーナルによれば、中国の劉鶴副首相とアメリカのムニューシン財務長官との会談が今月の27〜28日の日程で調整されていたそうですが、もしも制裁が発動されれば協議を拒否すると表明していたそうです。
しかしアメリカはそうした中国側の脅しにも屈せず、制裁を実行しました。以前のメルマガでも紹介しましたが、結局、貿易額からしてもその中身からしても、制裁合戦をしたところで大きなダメージを受けるのは中国のほうだからです。アメリカは中国にとって最大の「お客様」なのですから、喧嘩をしても損をするのは中国なのです。
しかも、中国がアメリカから輸入している製品にしても、これに関税をかけて苦しむのは、アメリカよりもむしろ中国です。ハイテク分野では、CPUやシリコンウェハーといった中心技術はアメリカや日本が握っているため、中国がこれらに関税をかければ、中国の通信メーカーが大きな打撃を受けます。
また、中国はアメリカの大豆やトウモロコシといった家畜飼料の最大の輸入国です。これらに関税をかければ、中国国内の食肉などの畜産品価格が高騰することは目に見えています。
一方で中国にとって最大の輸出国であるアメリカですが、もっとも輸出されているのが携帯電話です。ファーウェイやZTEといった中国メーカーのスマートフォンについては、アメリカではデータが勝手に中国へ転送されているということで、公務員の使用が制限されています。
また、中国で作られるアップルのiPhoneなどは今回の制裁対象に含まれていないということもあり、アメリカのダメージは限定的です。アメリカは当然、そうした中国の弱みがわかっていて、制裁を課してきているわけです。
◆建国70周年を前に習近平の威信が失墜すれば
そしてもうひとつ、中国の弱みが、来年が建国70周年にあたるということです。
一党独裁の中国において、中国共産党がもっとも重視しているのがその「正統性」です。中国では、徳を失った皇帝は、天命によって徳のある者にとって代わられるという「易姓革命」を繰り返してきました。
したがって、皇帝に徳がなくなれば、正統性がなくなったとして、打倒の対象となります。そして、為政者に徳があるかどうかを左右する要因のひとつは天災です。天災が多ければ、それは皇帝が徳を失っていることとの証となるわけです。もうひとつが、民が飢えずに食えているかどうかということです。貧民層が拡大し、さらに反乱が各地で起これば、それは皇帝の徳が衰えたことを意味します。
ましてや中国共産党は、資本家によって搾取されてきた貧民層を共産主義革命によって解放することを使命としています。ところが、改革開放以降の経済成長によって中国では貧富の差が拡大してきました。とくに農村の疲弊は激しく、「三農(農村、農民、農業)問題」は、国家の存続を左右するとまで言われ、その解決が求められてきました。
しかし米中貿易戦争によって、食料品の高騰し、貧民層が満足に食べられなくなれば、それは中国共産党の正統性を著しく傷つけます。とくに来年は建国70周年ですから、否が応でも、中国共産党の「輝かしい成果」を強調しなくてはなりません。それが同時に、偉大な領袖としての習近平の権力確立につながるわけです。
これまでも何度も述べてきましたが、習近平政権が成し遂げた「成果」というものはほとんどありません。台湾では独立志向の強い蔡英文政権を誕生させ、つい先日はマレーシアで反中姿勢のマハティール首相の復活を許しました。
朝鮮半島問題でもアメリカには「中国抜き」で進められ、北朝鮮に翻弄される始末です。「一帯一路」構想を方便とした中国による他国への経済支援が、実質的には借金漬けによる他国支配であることが明らかになり、世界中で中国の経済支援に対する警戒感が高まっています。
日本ではあれだけ「モリカケ問題」が騒がれても安倍政権が揺るがなかったのも、やはり中国の覇権主義に対する日本人の危機感が増大したことがあるでしょう。
まったく成果がないのに、自らの神格化と情報統制を進める習近平に対して、国内でも不満が高まっています。習近平のポスターに墨汁をかける「墨汁革命」運動が広がりを見せ、北戴河会議においても、習近平の個人崇拝に対する批判が相次いだとされています。
ここでさらに習近平の威信が失墜すれば、彼にとっては致命的です。せっかく毛沢東と並ぶほどの権威化・神格化を推し進めてきたのに、すべて水泡に帰してしまいます。だから表面上はアメリカに強く反発しながらも、水面下ではなんとか妥協点を探ろうと必死です。
逆にアメリカの立場からすれば、そのような弱みがあるからこそ、いま、中国に対して貿易戦争を仕掛けているわけです。中国は妥協せざるをえない、ということをアメリカは見抜いているのでしょう。アメリカが台湾との関係を強化させているのも、そうした文脈から見る必要があります。
◆習近平に立ちはだかるトランプ政権
加えて、2021年には中国共産党の創立100周年を迎えます。来年だけではなく、その2年後も、習近平は自らの威信を内外に示さなくてはならないのです。そのために、台湾併合はなんとしてでも実現したいというのが、「偉大な領袖」として歴史に名を残したい習近平の願いでしょう。だから台湾の友好国を引き剥がし、国交を断絶させ、台湾を孤立化させようとしています。
しかし、アメリカは「台湾旅行法」を制定してアメリカと台湾の政府高官の相互訪問を促進する動きに出ました。
覇権主義と個人崇拝を推し進める習近平に対して、次々と立ちはだかっているのがトランプ政権なのです。しかもトランプ政権はウイグル問題も取り上げ、中国の人権問題も批判し始めています。
トランプへの好き嫌いはあるでしょうが、以上のような視点からすれば、少なくとも世界最大の独裁国家を牽制する役割を担っていると思います。