屏東・高士村に高士神社を再興  佐藤 健一(神職・本会会員)

今年4月、台湾・台東県鹿野郷瀧田村に「鹿野村(しかのむら)社」という神社の本殿や鳥居、
手水舎などが復元された。かつては大国魂命や台湾で薨去された北白川能久親王をご祭神としてい
た。

 この鹿野村社は戦後、基壇しか残されていなかったが、老朽化が進んでいたため近年になって基
壇解体の話が出ていたところ、それならいっそ復元したらどうかという地元住民らの意向により、
台湾交通部観光局が5,000万元の予算を組み、当時の写真を元にできるだけ忠実に本殿などを復元
したという。

 近年の台湾では、かつての神社の鳥居が修復されているということを仄聞するが、本殿まで復元
したというケースは非常に珍しい。

 しかし、もっと珍しいことが今年の夏に起こった。本殿を新たに造って、信仰の対象とする神社
が再興された。それが、屏東県牡丹郷の高士村にある高士神社(こうしじんじゃ)だ。私財をなげ
うって再興に尽力したのは、本会会員で神職の佐藤健一(さとう・けんいち)氏。

 3年前から高士神社再興に取り組み、今年5月に本殿が完成、8月に現地で招魂遷座祭と御鎮座祭
を行い、めでたく再興されるに至った。鹿野村社のように神社が再興されること自体珍しいが、こ
の高士神社は、村人の要請により信仰の対象となる神様をお祀りしている。ご祭神は大東亜戦争で
戦歿した高士村出身者。このような神社再興は初めてだ。

 この経緯や意義について、機関誌「日台共栄」10月号にご寄稿いただいた。本会ホームページで
も紹介しているが、ここにその全文をご紹介したい。PDF版は下記。

◆佐藤健一「屏東・高士村に高士神社を再興」
 http://www.ritouki.jp/wp-content/uploads/2015/10/38-4.pdf


屏東・高士村に高士神社を再興─台湾で戦後初となる信仰対象としての本物の神社

                              佐藤 健一(神職・本会会員)

◆神社再建の話を聞いた台湾高座会

 今から3年前の11月、その前触れは突如としてやってきました。

 台湾少年工出身者でつくる台湾高座会の大会に参加するため、松山空港から中[土歴]に向かうバ
スに乗ったときのことです。台湾在住の本会会員の方と名刺交換するやいなや、「あっ、佐藤さん
は神主さんですか! 台湾で神社を復興したいというところがあるんです。詳しいことは事務局長
に聞いてください」と声を掛けていただきました。

 振り返りますと、その言葉が私の現在を創出することになろうとは……。私はそのとき窓外の景
色を見ながら、これだけ繁栄している街に神社の再興など夢のまた夢だなあ、とぼんやり意識して
いたことを思い出します。

 その後、台湾高座会との交流会の会場で本会事務局長の柚原正敬(ゆはら・まさたか)氏と早速
面識を持つことになり、台湾で神社再建など本当にできるのかどうかについて聞いてみました。

 晩餐会の席ということもあり、会場は賑やかな雰囲気で、柚原事務局長と歓談しているうちに、
お酒の席でもありましたので「まあ、やってできないことはないんじゃないですかね」などと答
え、「ですよね〜」くらいの話でその場は終わりました。

 ただ、私はそれを契機に台湾についての興味が湧いてきて、台湾高座会の旅行のすぐ後に一人で
台北にぶらっと行って、台湾人の信仰心という角度から調査を開始しました。

 それ以降、毎日毎晩「台湾で神社を復興したいところがある」という話が走馬灯のように私の心
を巡り巡るのです。そしてついに柚原事務局長に電話を入れ「あの〜、例の神社を復興したいとい
う地域はどこですか?」と聞いたところ「ああ、高士(こうし)神社があったのは高士村です
よ!」とだけ教えてもらいました。なぜあまり深くお聞きしなかったのかと言うと、現況を自分の
目で見て、出来なければ出来ないと、出来るならば頑張ってみると、率直に判断したいと考えたか
らです。

 高士村をネットで検索すると、すぐにNHKの「人間動物園」の件がヒットし、台湾でも最南端
近くの山あいにあるパイワン族が住む原住民の村だとわかりました。

◆高士神社跡地を実地検分

 私は以前から台湾の高雄に曾奐中さんという友人がおり、その友人にも高士村について聞いてみ
たところ、「原住民の村で、牡丹社(ぼたんしゃ)事件が起こったところだよ」とのこと。その言
葉に電撃が走りました。私がまだ日本大学文理学部の学生時代、日本近代史でこの事件について熱
く語っていた教授を思い出したからです。

 なぜなら、当時、私にしては真面目に授業に出席して牡丹社事件の講義を聞き、試験もそれなり
のことを書いたのにもかかわらず、その教授に単位を落とされるという「我的牡丹社事件」があっ
たからでした。

 ともあれ、一人で乗り込んで話し合って、実現できるかどうか判断しようとあらかじめ心に描い
ていました。そこで、私は友人の力を駆使してレンタカーを借り、台湾原住民に出会う旅に出かけ
たのです。

 NHK「JAPANデビュー裁判」の原告ともなった陳清福(パラル・ロンシン)さんは、屏東
県牡丹郷の高士村に住んでいます。ロンシンさんと連絡を取ると、集会所に村民を集めておくか
ら、まず自宅に来て欲しいとのことでした。そこで、カーナビを使いながら何の問題もなくロンシ
ンさん宅へ到着。ロンシンさんが村長に電話をすると、消防の拡声器のサイレンが鳴り、「佐藤さ
んがきたぞ〜」と、何ともローカルな光景が展開されました。

 しかし、これまで私が出会った台湾人とは顔立ちも言語もまったく異なる台湾原住民に出会い、
なぜか心弾むものを覚えていました。また内心「やっと会えたよ!」という思いもわき起こってい
たのです。なぜなら、高砂族や高砂義勇隊の勇猛さ、そして日本と台湾が出会った牡丹社事件と、
これまでたびたび歴史の表舞台に顔を出す彼らにぜひとも会ってみたかったのです。

 集会所では20名ほどの村民が集まっていました。その少なさに、私は内心「あまり興味がないん
だな」と少しがっかりしました。しかし、少ない参加者ながらも頭目、村長、県会議員など、そう
そうたるお役職の皆さんもおいでになり、同時に本気さも感じられました。

 小一時間ほどのこの会議で私は、この事案に取り掛かれるかどうかは場所を見てから決めさせて
ほしいと話し、終了後に神社跡地へ連れて行っていただきました。神社跡地にはコンクリート製の
基壇に、最近造ったと見られる立派な屋根が掛かっていました。ただし、その基壇の朽廃の著しさ
に「厳しいな、こりゃ!」と感じた最初の印象を今でも鮮明に覚えています。

 すると、村の人々は私がいまひとつ乗り気でないことを見抜いたのでしょうか、「展望台に登ろ
う」と誘い、神社跡地のすぐそばに建ててある展望台で、ロンシンさん、華阿財さん、李文來さん
が牡丹社事件の説明を語り始めました。眼下に、牡丹社事件が起こった八瑤湾を眺めながらの実に
リアルな説明です。

 その壮大な景色と山から吹き下す風の中で、ロンシンさんの弟で廟主をしている樹林さんも加わ
り、「立派な道路と公衆トイレも完備されている。ここはとても良い立地条件だ」と、それはもう
必死で勧められ「佐藤健一、もう逃がさないぞ!」という気迫が感じられました。それはそう、私
が逃げ出すような事案であれば、この後に取り組む人は出てこないだろうと、私もロンシンさんた
ちも感じていました。

 そこで私は率直に再興資金について確認すると、さっきまでの気迫がス〜ッとなくなるのを感
じ、瞬時に「お金はないんだ」と悟りました。

 その日の夜はロンシンさんが用意してくれた旅館に泊まり、翌日、もう一度、一人でその旧境内
地を何度も歩き回り、参道の幅や基壇の高さなどの寸法をきっちり測定しました。

 さらにその翌日、もう一度、神社跡地とその周辺の県道、国道の状況、村の入口と出口などの現
況を再確認し、ロンシンさんに「また来るから」と挨拶して村を後にしました。

◆日本と台湾の礎になる覚悟

 そこから私の葛藤と格闘の日々が開始されることになって行くのです。

 毎日毎日、あの基礎の大きさと覆い屋根との間の空間、上下約250センチの中にどれだけの立派
な社殿が納められるか。それも、ほぼ自費で行うのですから、当然、材木屋さんや木地師さん、銅
板屋さんにも一肌脱いでもらわなければなりません。

 さらに案件が神社となると、建てて終わりではなく、今後、氏子とは親戚同然のお付き合いを末
永くしていくことになります。となると、この身はやがて台湾の土になり、日本と台湾の礎になる
覚悟がなければ容易に手がつけられません。

 そこで、私も村民が本気なのか、村民も私が本気なのか、双方の話し合いが何度も続けられまし
た。

 話し合いの中で、私はいつも「現在の日本の繁栄は、その陰で台湾に支えられてこそもたらされ
ている。それと同時に、この高士村は日台の友情の契機となった場所であり、そのことに対しての
恩を返すとともに、多くの日本人にも日台の歴史的経緯と、牡丹社事件に興味を持って欲しい」と
考えていました。

 この高士神社再興の件は、ロンシンさんはもとより、牡丹郷長で県議会議員もつとめた華阿財さ
んも、高士村村長の李徳福氏を始め、学校方面、在地の宗教家、牡丹郷内の頭目筋の方々を訪問し
て理解を求めたそうです。

 お医者さんで省議員を務めた李文來さんは、台湾政府や県政府方面に働きかけ、原住民の文化保
存活動として神社を含めた公園整備の公共に与える有益性を呼び掛けてくれたそうです。

◆招魂遷座祭と御鎮座祭を斎行

 お陰様で、いささか年月は掛かりましたが、高士村の全面的なご助力と友人たちの献身的な協力
を得て、今年の夏、神社本殿の復興のみならず、氏子村民が希望していた御神霊を遷座し、信仰の
対象となる本物の神社として、台湾においては戦後初となるこの事業を完成させることができまし
た。

 また、この神社公園は以前の姿から一新し、正面の参道は新しく石段を整備し、神社裏側の参道
も石段を整備、土留の石垣の目地に至るまできっちり整備してもらいました。

 こうした地元の皆さんの熱意もさることながら、高雄の友人の曾奐中さんは高雄市内の友人に声
を掛け、高雄を中心に日本時代の街並みや精神を啓蒙しているグループのリーダーである姚銘偉さ
んに協力してくれるよう取り計らっていただきました。

 最終の村民会議にはこのお二人も出席し、神社と道教はともに多神教で共通点が少なくないこと
や、法律面からも問題がないことなどを説明していただき本当に心強いものを覚えました。

 こうして、多くの人たちの惜しみない協力を得て、8月11日の招魂遷座祭、翌12日の御鎮座祭を
無事に斎行できたことは、日台双方にとって歴史的な慶事であり、またとても美しい友情の成果で
もあります。

 最後になりましたが、この高士神社は御本殿があって御祭神が祀られているだけで、狛犬も灯籠
も賽銭箱もありません。本会会員の皆様には当事業の主旨をご理解いただき、奉賛のご協力を賜る
ことができましたら、より堅固に、より盤石に日台の友情を深めて参れると存じますので、ご賢察
のうえ赤誠のご協力を賜りますようよろしくお願い申し上げます。


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