本誌では昨年から、ヨーロッパが中国と距離を取り始める一方で、台湾との関係を強化し始めていることをお伝えしている。
その象徴が、リトアニアの首都ビリニュスに、「台北」ではなく「台湾」と冠した代表事務所「駐リトアニア台湾代表処(The Taiwanese Representative Office in Lithuania)」を開設したことだ。昨年11月18日のことである。
台湾にとっては、2020年8月17日に東アフリカにあるソマリランド共和国に「台湾駐ソマリランド共和国代表処(Taiwan Representative Office)」を開設しているので、台湾にとっては2つ目の「台湾」を冠した在外公館となる。ソマリランドもその年の9月上旬、台湾に「ソマリランド共和国駐台湾代表処」を開設している。
リトアニアも、アウシュリネ・アルモナイテ経済イノベーション大臣が昨年12月11日に開いた台湾とのオンライン記者会見で、本年春にも双方の経済・貿易協力のサポートをするため台湾に代表部を設置する見通しを明らかにしている。
しかし、リトアニアが台湾を冠した代表処開設に同意したことに対し、中国は猛反発し、リトアニアからは大使を引き上げ、12月初めにはリトアニアを税関登録から削除し、リトアニア産品は中国内のマーケットから締め出されることになるなどの経済制裁を加える動きに発展している。環球時報は、リトアニアを「ゾウの足の裏にいるネズミか、ノミにすぎない」と罵倒する社説を掲載した。
これに対して、リトアニア国内では今年に入って大統領と外務大臣が反目する様相を呈している。
1月7日付けの産経新聞は「ナウセーダ大統領は4日、昨年11月に国内に設置された台湾当局の代表機関に「台湾代表処」の名称を認めたのは『過ちだった。私は関与しなかった』と主張。ランズベルギス外相は『すべて大統領とともに決めた』と反論した」と伝えるとともに、中国外務省報道官が大統領発言に対して「『誤りを正すのは正しい方向への一歩。重要なのは行動だ』と述べ、台湾代表処の名称変更を促した」と報じている。
一方のランズベルギス外相は「ナウセーダ大統領に対して、中国との関係を修復する手段として代表機関の中国語表記を『台湾』から『台湾人』に変更することを提案した」(1月26日付け「ロイター通信」)という。
共同通信がこのランズベルギス外相に単独インタビューし、中国の「力による支配」は受け入れられないという現在の心境を紹介し、民主主義の原則に関わる問題で妥協しない姿勢を紹介している。また、併せて東野篤子・筑波大准教授へのインタビューも掲載し、中国の攻撃的な戦狼外交が「オウンゴールとなり、中国離れを加速させた」との分析を紹介している。下記に全文をご紹介したい。
台湾は中国から一方的かつ理不尽な圧力を加えられ、武力侵攻を受けるかもしれない国家存亡の危機にさらされている。リトアニアもまた、中国からゾウの足の裏にいるネズミかノミとののしられ、WTO協定違反の経済制裁を受けている。
台湾もリトアニアも、民主主義を踏みにじろうとする中国の覇権的強権的な姿勢に対して敢然と立ち向かっている。日本は、台湾やリトアニアが持ちこたえられるよう、どんな形であれ支援の手を伸ばすべきだ。
—————————————————————————————–台湾に接近のリトアニア「力の支配受け入れられない」中国が攻撃的な戦狼外交で「オウンゴール」【共同通信:2022年2月6日】https://www.47news.jp/news/7380752.html
バルト3国の一つで人口270万人のリトアニアが台湾との関係を深め、中国の権威主義に対抗している。ランズベルギス外相(40)は首都ビリニュスで共同通信の単独インタビューに応じ、台湾接近の報復として中国からの「経済圧力に直面している」と訴え、中国の「力による支配」は受け入れられないと強調した。欧州の国際関係の専門家で筑波大の東野篤子准教授は中国の攻撃的な戦狼外交が「オウンゴールとなり、中国離れを加速させた」と分析する。(共同通信=森岡隆、斉藤範子)
▽「誰もが犠牲に」
リトアニアは昨年5月、中国と中東欧など17カ国の協力枠組み(17+1)から離脱。7月に台湾への新型コロナウイルスワクチン供与を表明した。11月には「台湾」の名称を用いた代表処(代表部に相当)が欧州で初めてビリニュスに設置された。
だが、台湾と関係を深めた結果、中国で活動する多くのリトアニア企業が制裁を加えられたという。同11月に日本メディアの取材に初めて応じたランズベルギス氏は「国際ルールに基づいたものではない。国の大小を問わず、誰もが犠牲になり得る」と中国の対応を批判。その上で「引き下がれば中国の圧力が効果的だったと示すことになる」として、圧力を受けても持ちこたえたいと語った。
▽民主主義陣営の結束を
リトアニアは対中輸出の大幅増などの効果を期待して中国の巨大経済圏構想「一帯一路」への協力を進めたが、中国の市場アクセスが改善されないなどその手法への疑問が高まり、台湾との関係強化に踏み出した。
ランズベルギス氏は中国が「権威主義に基づく新たな世界秩序」をつくろうとしているとの見方を示し「リトアニアだけの問題ではなく、民主主義陣営の結束力が試されている。共に対抗すべきだ。互いに支え合えば優位に立てる」と呼び掛けた。
リトアニアは東西冷戦下で旧ソ連に組み入れられていた過去の記憶から、共産主義や権威主義に対する国民の反発も根強い。北大西洋条約機構(NATO)加盟国でもあり、バイデン米政権がNATOや日本など同盟国と中国に対する包囲網を築こうとする中、欧州の国として民主主義の原則に関わる問題で妥協しない姿勢を示した形だ。
▽ドミノ効果
中国はリトアニアに猛反発し、代表処の設置直後には外交関係を大使級から臨時代理大使級に格下げすると発表した。中国外務省の趙立堅副報道局長は「あしき先例をつくった」と非難し、共産党機関紙の人民日報系の環球時報は社説で、リトアニアは「ゾウの足の裏にいるネズミかノミにすぎない。狭い小国だ」とこき下ろした。
ランズベルギス氏は欧米やアジアなど多くの国が中国の攻撃的な外交姿勢を「憂慮している」と述べ、中国のやり方は「普通ではない」と語った。
欧州からは昨年、フランスやチェコの議員らが台湾を次々と訪れ、経済や科学技術面など欧州と台湾の関係強化を訴えた。ランズベルギス氏は「われわれはドミノ効果を目の当たりにしている」と評し、台湾との緊密な経済関係を強く望んでいると力を込めた。リトアニアへの全面支援を表明するブリンケン米国務長官とも昨年9月に会談し「米国はわが国の外交面の決定を直接支持してくれた」と振り返った。
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ガブリエリウス・ランズベルギス1982年生まれ。中道右派の与党、祖国同盟の所属で2020年12月から現職。昨年12月の訪日を予定したが、コロナの感染拡大に伴い延期した。
【東野篤子・筑波大准教授インタビュー】
専門家は中国と台湾、欧州の関係をどう見ているのか。「報復でリトアニアは窮地に立たされているが、一方で中国とは価値観を共有できないという認識も欧州内で確立した。戦狼外交はオウンゴールとなり、中国離れを加速させた」と指摘する東野准教授に聞いた。
── リトアニアは欧州で初めて「台湾」の名称を用いた代表処の設立を決め、中国と距離を置いた。
「リトアニアは中国と中東欧など17カ国の協力枠組みから離脱した。枠組みがあっても中国とは公平な通商ができなかったというのが理由だ。また、議会が中国当局によるウイグル族弾圧をジェノサイド(民族大量虐殺)と非難する決議を可決したように、両国は人権問題でも相いれない。中国と関係構築をこれ以上続けてもメリットはないと見限ったということだ」
── リトアニアが台湾を重視する利点は。
「互いに中国、ロシアという超大国の圧力に屈せず民主主義を貫いているという共通項もあるが、それ以上に半導体の供給源という台湾の実利は欧州諸国にとって魅力的だ。他国に先駆けて関係をつくる必要があると踏んだのだろう。台湾は連帯を表明したパートナーと覚書を締結するなど有利な条件を提示している」
── 外交や経済で圧力をかけるなど中国の反発は激しい。
「中国は大使の相互引き揚げを要求し、外交関係も格下げした。ただ、リトアニアにとって特に痛手となっているのは経済面での圧力だ。昨年12月、中国に輸出されたリトアニア製品が中国の税関を通過できなくなっていることが明らかになった。リトアニアで稼働する欧州中心の多国籍企業に対しても、リトアニアで加工・製造された物を使った製品が少しでも含まれていたら、中国への輸出を認めないと通告したとされる」
「そして最もリトアニアを苦しめたのが経済的に存在感の大きいドイツの反応だ。在バルト諸国ドイツ商工会議所はリトアニア政府に書簡を送り、中国との関係回復のために『建設的な解決策』を提示するよう求めた。台湾接近は『やり過ぎだ』と言われたようなもので、リトアニアのショックは大きいはずだ」
── リトアニア国内で分裂も生じ始めている。
「ナウセーダ大統領は今年1月初め、『台湾の名称を用いたのは誤りだった』と発言した。リトアニアとしても中国の反撃は予想していたが、経済的圧力がここまで大きな問題となり、ドイツのビジネス界から突き放されるとも思っていなかったのではないか」
── 欧州連合(EU)の反応は。
「EUは当初静観していたが、他国や他地域との関係構築を阻止される筋合いはないという空気があり、中国の攻撃的な戦狼外交への反発は強い。反中感情の高まりは中国自身が招いたと言える」
「リトアニアが経済的苦境に陥っているのは間違いなく、経済を武器にした中国の嫌がらせは一時的に奏功しているが、今後中国との関係を積極的に強化しようとする国は確実に減った。1月17日にはスロベニアのヤンシャ首相が台湾と代表処設置について協議を進めていると明らかにした。リトアニアへの報復で顕著になった中国の『小国蔑視』に欧州諸国が愛想を尽かしている証拠だ。中国が強く求めていたEUとの包括的投資協定(CAI)の凍結解除も考えられなくなり、長期的に見れば、EUと関係を強化したい中国にとって損失となるのは間違いない」
── 今後の展開は。
「ただ、ドイツの反応を見てもEUは一枚岩ではなく、一丸となって中国に対抗することは現時点ではないだろう。通関の問題は明らかに世界貿易機関(WTO)のルール違反だが、中国はそうした措置を取ったことを否定している。1月27日にEUは中国をWTOに提訴したが、WTOの紛争解決のプロセスは多大な時間を要する」
「ナウセーダ大統領の発言を受け、中国はリトアニアに行動で示すこと、つまり代表処から『台湾』の名称を下ろすことを要求しているが、戦狼外交に屈することになる上、それで中国の嫌がらせが終わるのかという点も意見が分かれている。両国とも態度の変更が難しく、関係は膠着状態が続くだろう」
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ひがしの・あつこ1971年、東京都生まれ。経済協力開発機構(OECD)日本政府代表部専門調査員、広島市立大准教授などを経て筑波大准教授。
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