中嶋峰雄・国際教養大学学長の中国観にはいつも教えられるところが少なくない。先日
の産経新聞「正論」欄でも、安倍新首相について、李登輝前総統と同様の見方を示して「
安倍首相だからこそ、安心してわが国の進路を託せるものと見なしている」とし、中韓の
対日批判を「根本的に誤っている」と手厳しく批判している。とくに日中国交正常化の時
期における中国の認識を具体的に剔抉し、ものの見事に駁論している。
小泉前首相は中韓からの非難にもかかわらず、公約通りに靖国神社を参拝し続けたが、
中嶋氏が紹介しているように、それは中国国民をも感服させたようだ。やはり「ぶれない」
ことが政治家にとっての第一の信条であることが証されたといってよい。下記にご紹介し
たい。 (編集部)
■安倍首相は小泉外交の理念継承を−筋を通す対アジア外交への期待
国際教養大学学長・中嶋嶺雄
≪中韓への迎合は禍根残す≫
いよいよ安倍晋三内閣が登場した。内外の期待が大きい半面、総裁選の過程でも出てい
たように、中国、韓国など東アジア諸国との関係をめぐって、安倍首相のアジア外交の先
行きを危惧(きぐ)する見方も存在している。しかし、私自身は安倍氏の一連の発言や著
書『美しい国へ』での見解などを通じて、安倍首相だからこそ、安心してわが国の進路を
託せるものと見なしている。
それはなぜか。靖国問題や戦争責任の問題などをめぐって、このところ繰り広げられて
きた中国や韓国のエキセントリックな対日批判は、歴史認識としても根本的に誤っている
ばかりか、外交にとって重要な国際関係の道義と美学にもとるからである。
そのような言動に影響されて、わが国の航跡が描き直され、将来の進路が左右されるこ
とにでもなれば、日本の将来にとっても、アジアの全体像においても、さらには日米関係
を含む世界の将来にとっても、歴史的に深い禍根を残すことになるからである。
問題を具体的に見てみよう。安倍氏が総裁選の終盤で、日中国交正常化に際して中国側
が日本の戦争指導者と国民を区別した問題に関し、「そんな文書は残っていない」、中国
の見方は「“階級史観”風ではないか」といった旨の発言をしたことを批判するメディア
が目立ったが、これは安倍氏の認識が正しいのであって、いつものように対中国迎合=反
体制的なマスメディアに同調したトーンで安倍批判を行っていた対立候補が誤っている。
≪まずは日米同盟を盤石に≫
1972年9月の日中国交正常化の時期、私は外務省の国際関係懇談会のメンバーであった。
この懇談会は、そもそも佐藤栄作首相が当時の楠田実首席秘書官を通じて、日中国交正常
化にそなえて、当初は官房長官(木村俊夫氏から竹下登氏となり、木村氏は官房副長官に)
の私的諮問機関として内閣官房につくられ、やがて田中角栄内閣の出現で二階堂進官房長
官時代に外交一元化の名目で外務省に移管された。
私は当時、若輩ながら故高坂正堯氏とともに懇談会の幹事を務め、田中首相、大平外相
が帰国した同年9月30日には、法眼晋作外務次官から説明も受け、その間の国交交渉の細部
についても承知していたが、今回の総裁選で出てきたような中国側の認識を日本側が受け
入れた話は、これまで一切耳にしたことがない。
中国側としては、同年9月25日に北京の人民大会堂で催された田中首相歓迎の宴会におけ
る周恩来首相の挨拶(あいさつ)のなかに、「中国人民は毛沢東主席の教えに従って、ご
く少数の軍国主義分子と広範な日本人民とを厳格に区別してきました」という言葉がある
けれど、それはまさに一握りの敵と広範な人民という階級闘争史観であって、中国共産党
の常套(じょうとう)のフレーズであり、このような認識を日本側が受け入れて国交正常
化が行われたなどという事実は、まったく存在しないと私は思う。
「韓国や中国の世論にも配慮したアジア外交が必要」といった意見もあったが、そもそ
も、このところさらに言論統制を強める中国に世論が形成されるはずもなく、盧武鉉体制
下の今日の韓国に冷静な対外認識を求めることは無理であろう。この点では靖国問題を含
め、日米同盟を揺るぎなき基礎にして、アジア外交に備えた小泉純一郎首相の歴史的功績
は光っていた。
≪中国的世界秩序でいいか≫
靖国問題がこのようにやかましくなっていた時代に、もしも小泉首相が一部の世論や中
国、韓国の主張に動じて8月15日の靖国参拝という公約を実行しなかったとしたら、日本の
外交的ポジションは末永く中国的世界秩序(Chi−nese World Order)
に組み込まれてしまうことになったであろう。
私は去る8月下旬、恒例の中国での定点観測に出かけた。今回は時間の関係で北京と上
海のみであったが、林立するビル街とは対照的な不潔と貧困が併存していることなど、従
来の認識を改める必要を全く感じなかった。
しかし最大の収穫は、北京空港からのタクシーの運転手が乗り込むや否や、「小泉首相
はけしからん。東条は悪人だ」と語りかけてきたのに、靖国神社についてもA級戦犯につ
いても全く無知であったのに対し、帰途の運転手は北京の乱開発を批判し、「『日本精神』
は素晴らしい。小泉首相は立派だ。堂々と靖国を参拝した。日本には日本の道理があるべ
きだ(日本応該有日本的道理)」という言葉を聞いたことであった。
この事実を安倍首相は是非尊重してほしいものである。(なかじま みねお)
【平成18(2006)年9月27日付 産経新聞「正論」】