台湾をめぐる日米中の緊張関係  小笠原 欣幸(東京外大大学院教授)

 4月16日に行われた日米首脳会談について、本誌ではこれまで、共同声明「新たな時代における日米グローバル・パートナーシップ」(U.S.-Japan Joint Leaders’Statement:“U.S.-JAPAN GLOBAL PARTNERSHIP FOR A NEW ERA”)の全文や、日米首脳の共同記者会見における菅首相の発言などを掲載、またその意義について述べてきました。

 3月16日の「日米安全保障協議委員会」(2+2)の共同発表で「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調する」と謳われ、日米首脳共同声明でも「日米両国は、台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促す」と明記。

 さらに、5月3日からロンドンで開かれていたG7外相会議が5日夕(日本時間6日未明)に閉幕し、「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促す」と日米首脳共同声明とまったく同じ表現を踏襲した共同声明を採択しました。

 日米首脳会談についてはいろいろ論評されていますが、安倍前総理が提唱した「自由で開かれたインド太平洋」構想を実現するためには台湾海峡の平和と安定が重要であり、それが日米の首脳で共有され、G7外相会議でも共有されたことはやはり画期的です。

 日米首脳会談の共同声明の意義について、「中国の武力行使を念頭に日米で共同して反対することを表明したのは画期的であり,レベルが一段動いたと見るべきだろう」とする東京外国語大学大学院教授の小笠原欣幸(おがさわら・よしゆき)氏の見解「日米共同声明への『台湾』明記 コメント」を本誌4月20日号で紹介しました。

 本誌ではまた、トランプ政権が中国と国交を正常化して以降の米国政権の中国政策を見直し、台湾との関係を強化したことについては、11回にも及ぶ武器供与などやペンス副大統領などの演説を紹介し、さらに、2004年から台北駐日経済文化代表処の代表に就任した許世楷氏が就任当初より「72年体制の克服が重要」と説いていたことも紹介してきました。

 小笠原氏も、先のコメントにおいて「アメリカは『72年体制』の組み換えが必要だと考え,動き出したということではないか」と述べていました。

 また、昨日「nippon.com」に発表した論考でも「米国は,このまま放置すれば台湾は中国に統一されると危機感を強めた。そして『72年体制』の組み換えが必要だと考え、台湾との関係を強化することで中国を抑止する方向に動き出したと見ることができる。それが鮮明になったのがトランプ政権末期の2020年である。バイデン政権もその動きを継承した」と記しています。

 小笠原氏が、台湾で行われる総統選挙や立法委員選挙などでは精緻な分析により高い評価を得ていることはよく知られています。その分析を拝見していますと、単なる分析ではなく、台湾への浅からぬ愛情やシンパシーが伝わってきますが、この論考からも同じような印象を受けます。例えば「米中対立が台湾にプラスになったのは事実であるが、台湾をただの『コマ』と見るのは正しくない。これまでの台湾の民主主義の営み・努力があったからこそ、台湾の存在が重視されたのである」や「何より台湾の人々の意思が守られる」などの表現にそれが現れているようです。

 台湾を深く理解する小笠原氏の日米首脳会談をめぐる論考は真打ち登場の感があり、説得力に富んでいます。下記にその全文をご紹介します。

—————————————————————————————–台湾をめぐる日米中の緊張関係:日米声明に込められた意味は「72年体制の組み換え」小笠原 欣幸【nippon.com:2021年5月10日】https://www.nippon.com/ja/in-depth/a07401/

 2021年4月16日、菅義偉首相とバイデン大統領による日米首脳会談で「台湾海峡の平和と安定の重要性」を盛り込んだ共同声明が発表された。このシンプルな文言に込められた意味は非常に大きい。この文言自体は日本政府が繰り返し述べてきたことで、取り立てて意味はないという評論もある。だが、日米が、中国の台湾に対する武力行使の脅威を念頭に共同して反対するという文脈での表明は画期的である。それに先立つ日米2プラス2、米中アラスカ会談を踏まえれば文脈は明確である。

◆台湾を押し込めた「72年体制」

 日米首脳による共同声明で「台湾海峡」に言及したのは「52年ぶり」ということが強調されるが、1969年とは文脈も国際環境もまったく異なる。その当時、日米ともに台湾の中華民国と外交関係を有し、その台湾は蒋介石が率いる国民党の一党支配体制であった。冷戦時代であり、沖縄返還に伴う日米安保条約の適用範囲が焦点になっていた。

 その後「72年体制(※1)」が形成され,中華人民共和国の主張が大筋で認められ,台湾は国際社会から締め出された。これは、台湾を国際政治の片隅に押し込める枠組みであった。だが、中国が台湾を統治していないという事実はそのまま残った。台湾は、そのわずかな空間の中で経済を発展させ、民主化を達成し、生き延びてきた。民主化後の台湾では「中国の一部」という意識は薄れ、「台湾は中国とは別」という「台湾アイデンティティ」が広がった。

 他方,中国は長年「台湾統一」を唱えているが、それを実現する力は欠いていた。しかし、中国の大国化で状況は変わり、台湾海峡の現状変更の動きが活発化してきた。習近平国家主席は就任以来、中国ナショナリズムを強調し、台湾の抑え込みと取り込みを同時に進める対台湾政策を展開してきた。2016年に台湾で蔡英文政権が発足すると、中国は蔡政権が「一つの中国」を受け入れていないとして台湾との対話のルートを閉鎖した。習近平は19年1月に台湾向けの重要演説を行い、「一国二制度」による統一の受け入れを強く迫り、次の代に先送りしない決意を表明した。中国は蔡政権が屈しないことにいら立ち、台湾に対する軍事的威嚇を強めた。

◆米日の対台湾政策の見直し

 米国は,このまま放置すれば台湾は中国に統一されると危機感を強めた。そして「72年体制」の組み換えが必要だと考え、台湾との関係を強化することで中国を抑止する方向に動き出したと見ることができる。それが鮮明になったのがトランプ政権末期の2020年である。バイデン政権もその動きを継承した。バイデン政権は「一つの中国政策」を言い、米台関係を「非公式関係」と位置づけ、中国の決定的な反発を回避しながらトランプ政権以上に堅実な対台湾政策を進めている。「一中政策」はあたかも「守り札」であるかのようだ。中国との競争関係と台湾の役割の重視は米国の超党派の政策となったので、この枠組みは「21年体制」と呼ばれるようになるかもしれない。

 日本を見れば,1972年以降台湾を冷遇する時代が長く続いた。日本の国立大学と台湾の国立大学が交流協定を結ぶことさえ認められなかった。李登輝が民主化を進めた1990年代から極端な台湾冷遇は徐々に改められたが、「72年体制」は健在であった。総統を退任し一民間人となった李登輝の訪日をめぐりすったもんだしたのは2001年である。

 それ以降、中国への警戒感の高まりと表裏一体で、政府の台湾に関する自主規制も部分的に緩和されるようになった。日本社会に台湾への親近感が徐々に広がり、日台の民間交流は断交前よりも断交後の方がはるかに活発になった。それを大きく後押ししたのが、東日本大震災時の台湾からの物心両面の支援であった。しかし、政府の対台湾政策は非常に慎重で、親台派と見られた安倍晋三首相の時代にも変化はゆっくりであった。

◆追い風を引き寄せた台湾

 台湾は中国の強圧的ふるまいに警鐘を鳴らしてきたが、国際社会の多くの国は中国がもたらす経済的利益の方を重視していた。しかし、台湾は、民主的選挙を通じて「統一には応じない」意思を表明し、その声も少しずつ届くようになっていた。それが、コロナ危機によって台湾への国際的な関心と同情が一気に高まったのが2020年であった。

 米中対立が台湾にプラスになったのは事実であるが、台湾をただの「コマ」と見るのは正しくない。これまでの台湾の民主主義の営み・努力があったからこそ、台湾の存在が重視されたのである。それを象徴するのが2020年のチェコの上院議長一行の訪台であった。台湾からすれば、今回の日米共同声明で「ようやく認められた」という思いであろう。台湾の外交部は「心から歓迎し感謝する」という報道発表にとどめたが(※2),台湾メディアは大変な盛り上がりようであった。

 蔡英文総統の「現状維持」路線が日米から理解されたことも重要な要因である。陳水扁政権の時代には、日米両政府は陳総統の台湾ナショナリズムの言動を警戒したのだが、蔡総統は民進党の党是である台湾独立を封印し、中華民国の外枠を維持して内側で「台湾アイデンティティ」を固めるという現実的で巧妙な政策を行ってきた。

 これは,中国の武力行使を招かないギリギリの路線である。中国は確かにいら立っているが,中国の蔡政権批判は「隠れ台独」という批判であり,中国が絶対に許さないとしている「法理独立」ではない。

 蔡政権は対米関係を強化しながら「米台の国交樹立を求めない」とも表明した。また,中国軍機の侵入に対しスクランブル発進する台湾の空軍部隊に対し、「国防相の許可がなければ発砲してはならない」という指示を徹底させている。台湾は国際情勢が見えている。台湾が我慢を続けたことで、「台湾の側から現状を変更するのではないか」という日米の懸念は不要になった。

◆中国の武力行使の可能性

 習近平は,?小平以来の「平和的統一」を基本方針に掲げているが、「平和的手段」では台湾統一は近づかない。それは中国が冷静に分析すれば分かることだ。だからこそ、武力による威嚇はエスカレートするし、何らかの武力行使(グレーゾーン)の可能性は高まってくると考えなければならない。

 ここで重要なポイントがある。中国がいかなる犠牲を払ってでも台湾を併合するとなれば防ぎようもなくなるが、そういう状況にはない。中国の狙いは、少ない犠牲・コストで台湾を統一し,中国共産党の「素晴らしさ」をアピールし、一党体制継続の正当化に使うことだ。

 台湾は,中国の上陸部隊に反撃する戦力を温存する非対称の戦術を強化しているので、中国にとって台湾侵攻作戦のハードルは非常に高い。ミサイル攻撃で台湾を焼け野原にするとか、中国軍も大損害を出す上陸作戦を行っての台湾占領というのは、共産党にとっても望ましいことではない。ましてや、日米を巻き込む大戦争を仕掛けての統一というのは中国共産党のロジックに合わない。

 しかし、台湾および米日が備えをしなければ、中国は圧倒的な軍事力で台湾を屈服させ、「中国の夢」の実現を宣言する日がくるであろう。その過程で中国の武力行使は十分あり得る。中国にとっては軍事行動も外交の一部だ。中国が「米日は介入しない」という確証を得た場合も同じ結果になる。

◆日本はどうすべきか?

 中国の日本に対する圧力は、いずれ強まるであろう。日本としては、たじろがないことが必要だ。日本にとって何が重要かを改めて整理する必要がある。台湾海峡で戦争が起こるとすれば、中国が台湾に武力攻撃をするから起こるのであり、戦争を防ぐこと、つまり中国の軍事行動の抑止が最重要課題になる。これは、日本のリベラル派・平和主義派にも共通する問題意識になるはずだ。

 中国が嫌がることをすることが抑止につながる。中国に対し、外交でしつこく「平和と安定」を呼びかけることも必要だし、同時に、静かに、安保法制に基づいて米軍支援の準備をしていくことも必要だ。各国のゆるやかな連携でも、中国はやりにくくなる。それは中国と対話したり、協力できる分野で協力したりすることと矛盾しない。

 中国は反発してさまざまな報復を仕掛ける可能性がある。それは日本にも影響が出るが、中国にも跳ね返る。日中関係は停滞するであろうが、中国に台湾侵攻作戦の代償は非常に大きいことを示してけん制しなければ、台湾海峡の平和は保たれない。「中国を刺激するのは好ましくない」「日中間の緊張を高めるのはまずい」という路線では、かえって戦争を招くリスクを高める。

◆台湾海峡の将来

 では,台湾海峡はこの先どのような状態になるのであろうか? 台湾では「台湾アイデンティティ」が定着し、選挙で統一を公約に掲げる候補者が当選する可能性はもはやない。武力による威嚇を強め機会をうかがう中国と,備えを強化し水面下で台湾を支援する米国との熾烈な競争が続く。バランスが維持されれば中国は軍事侵攻できないが,崩れれば戦争という危険な状態が続くであろう。

 他方で,決定的な事態に至らない要因もある。台湾の国際的プレゼンスがある程度高まるが、「一つの中国」の建前は日米においても維持されるであろう。緊張状態は続くが、中国との経済関係は、全般で見れば台湾も日本も米国も高い水準で続くことが考えられる。そうすると、「21年体制」は「戦争には至らない軍事的緊張が続く中で、経済では日米台と中国とが密接な関係を維持する状態」になるのではないか。それが5年、10年、さらにその先へと続いていくならば戦争よりははるかにましであり、日本の国益に合致する。何より台湾の人々の意思が守られる。

 日本がやれることは限られてくるが(特に軍事面で),その枠の中でも一定の寄与ができる。今回の共同声明はその重要な一歩になった。これを契機に、台湾海峡での紛争予防の議論が広がってほしい。

(※1) 1972年の米中共同声明と日中国交正常化を中心とする台湾に関する国際的アレンジメントを指す(若林正丈『台    湾の政治─中華民国台湾化の戦後史』)。当時は暫定的な枠組みと見られていたがその後50年も続いている。

(※2) 蔡英文総統は2021年4月20日、Twitterで「台湾海峡の平和と安定の重要性を改めて確認してくださったことを評 価します」と表明した。

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小笠原 欣幸(おがさわら・よしゆき)東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了(社会学博士)。東京外国語大学外国語学部助教授、同大学大学院総合国際学研究院准教授などを経て2020年より現職。1999年4月〜2000年3月、台湾国立政治大学中山研究所客員研究員。2020年「アジア・太平洋賞」特別賞と「樫山純三賞」学術書賞を受賞。主な著書に『台湾総統選挙』(晃洋書房、2019年)

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