沖縄県石垣市の本社を置き、日刊「八重山日報」を発行する八重山日報社が去る2月18日に石垣市内のホテルで開催したシンポジウム「八重山群島の住民保護計画〜周辺有事に備えて〜」には、パネリストとして石垣市の中山義隆市長、竹富町の前泊正人町長、与那国町の糸数健一町長、元陸上幕僚長の岩田清文氏が登壇し、コーディネータは産経新聞の有元隆志正論調査室長が務めたそうだ。
八重山日報のコラム「金波銀波」がこのときの糸数・与那国町長の「姉妹都市提携を結んでいる台湾・花連市を、糸数町長が先日訪れた際、台湾有事における避難について議論した時のこと。台湾側から『それなら花蓮に来てください』という思いがけない申し出があった」という発言に注目し、「意外な発言があり会場から笑いを誘った」と伝えている。
コラムは「厳しい国際政治の現実を知らない台湾人の戯言と一笑に付してしまうのは簡単だが、台湾人のしたたかさと柔軟性を改めて教えられた気がする」と記してもいた。
しかし、台湾ではすでに人口の3倍超を収容できる10万5000カ所のシェルターを設置している。人口の3倍超とは約7000万人で、その人数を収容できるシェルターがすでに設置されているのである。
糸数町長の発言は、花蓮市ばかりでなく、台湾全土のシェルター設置率が300%にも及んでいることを知った上での発言で、有事の際に1600人ほどの島民が避難できるシェルターの設置を訴えたものと思われる。
会場の笑いを誘うためでも、「厳しい国際政治の現実を知らない台湾人の戯言」と指摘したいためでもなかったはずだ。台湾の実情を背景とした花蓮市長からの心のこもった申し出を紹介したものと思われる。
事実、下記に紹介する経済産業研究所コンサルティングフェローの藤和彦氏は、日本核シェルター協会の調査による核シェルターの普及率について「スイスやイスラエルが100%、米国が82%、ロシアが78%と高い比率を示す一方、日本はわずか0.02%」しかないと指摘している。
台湾有事の際、石垣島や与那国島など先島諸島などにもその矛先が向くことは十分に予想される。
花蓮市長は与那国町長に、九州に避難するよりも、距離的に近い台湾に避難したらどうか、花蓮のシェルターには与那国島の人々が避難するくらいの余裕はありますよ、と姉妹都市の誼で申し出たのだ。けっして戯言ではない。
日本は、先島諸島の人々の避難先として、台湾に在住する人々や旅行者の日本人とともに、邦人保護の観点からを台湾政府と話し合うことが必要だろう。
—————————————————————————————–藤 和彦 経済産業研究所コンサルティングフェロー米国82%、ロシア78%、日本はわずか0・02%…核シェルターの普及率が極めて低い根本的原因【デイリー新潮:2023年2月24日】https://www.dailyshincho.jp/article/2023/02241101/?all=1
ロシアがウクライナに侵攻して1年が経過した。
ロシアとウクライナの間で停戦交渉が開始される兆しはなく、「終わりの見えない戦いが続く」との暗い見通しが支配的となっている。
軍事力で劣るウクライナは西側諸国からの軍事支援を受けて善戦してきたが、徐々に劣勢になっており、生き残りを図るために「世界中をロシアとの戦争に巻き込む」戦略をとらざるを得なくなっている。
だが、この状況は危ういと言わざるを得ない。ウクライナ戦争は核兵器の使用を伴う第三次世界大戦につながるリスクをはらんでいるからだ。
ウクライナ戦争が長期化するにつれて、世界では「ウクライナ危機が世界政治の転換点になる」との認識が強まっている。
ミュンヘン安全保障会議が2月13日に公表した国民意識調査によれば、多くの国でロシアのウクライナ侵攻を世界政治の転換点と捉える回答が過半数を占めた。
ミュンヘン安全保障会議は、毎年2月、ドイツ南部で世界各国の首脳らが集まり、外交・安全保障問題を議論する場だ。この調査は昨年10〜11月に実施された。
主要7カ国(G7)で最高だったのはイタリアで68%、次いでドイツが65%、英国が58%、米国が55%だったが、日本は45%とG7の中で最低だった。
欧州大陸から離れているため危機意識が広がりにくかったのかもしれないが、同じアジアでもインドが59%、中国が57%と欧米諸国と同水準だ。
日本の安全保障を巡る環境はこれまで平穏だったが、現下の情勢は悪化の一途を辿っている感が否めない。
核兵器を保有するとされる北朝鮮は連日のように日本周辺に弾道ミサイルなどを発射しており、政府はその対応に忙殺されている。
世界第3位の核保有国である中国が台湾へ武力侵攻する可能性も高まっていると言われている。「台湾有事は対岸の火事ではなく、日本有事に直結する」というのが軍事専門家の共通見解だ。
こうした中、自民党の石破茂元幹事長は2月15日、衆議院予算委員会で約10年ぶりに質問に立った。安全保障を中心に持論を展開し、「独演会」の様相を呈したことが話題を呼んだが、筆者が注目したのは石破氏が「国民を守るために核シェルターの整備が必要だ」と強調したことだ。
◆日本はわずか0.02%
日本政府も核シェルターの有事での必要性を認識するようになっており、昨年12月に策定した安全保障関連3文書に核シェルター整備の方針が初めて明記された。
冷戦期に作られたウクライナの核シェルターが、ロシアの攻撃から住民を守る避難場所として有効に機能していることが日本でも知られるようになったことが関係している。
政府は、公共施設だけでなく商業ビル、個人住宅といった民間の建物へも核シェルターを設置する方針だ。シェルターには様々なタイプがあることから、政府は「2023年度はシェルターに必要な仕様や性能の技術的な分析を始める」としている。
自民党内に「シェルター議員連盟」が設立されるなど、永田町では核シェルターへの関心がにわかに高まっている。
機運が盛り上がってきたことはたしかに望ましいが、海外との格差はあまりに大きいと言わざるを得ない。
日本にはミサイルの爆風を防ぐ強固な建物として指定された「緊急一時避難施設」が昨年4月時点で全国に5万2490カ所あるが、このうち被害を防ぐ効果が高い地下施設は1591カ所にとどまっている。
これに対し、中国の圧力を受ける台湾には、人口の3倍超を収容できる10万5000カ所のシェルターがある(1月27日付日本経済新聞 )。
NPO法人日本核シェルター協会が2014年に実施した調査によれば、各国の人口当たりの核シェルターの普及率は、スイスやイスラエルが100%、米国が82%、ロシアが78%と高い比率を示す一方、日本はわずか0.02%だ。
核シェルター協会は「この状況は現在も変わっていない」と指摘している。既存の商業ビルの地下を核シェルターに改修する場合、数千万円の費用がかかり、普及のためには企業のコスト負担の軽減が不可欠だからだ。
◆日本人の意識
コスト負担に加え、「日本人の核アレルギー」も核シェルター整備の足枷になっている(2022年12月4日付産経新聞)。核シェルター協会の関係者は「核シェルターの必要性を60年間訴え続けてきたが、今でも『核』というだけで周りから白い目で見られる」と苦しい胸の内を明かしている。
国民の命を守ることができる核シェルターが敵の核攻撃を断念させる効果を有する点も見逃せない(抑止力)。皮肉なことだが、日本は唯一の被爆国でありながら、抑止力が乏しいがゆえに核攻撃を最も受けやすい国の1つになっているのだ。
核シェルターの普及率の低さは、日本人の安全保障に対する意識の希薄さのあらわれに他ならないが、核兵器使用の危険性が高まっているからと言って、今さら核シェルターを整備しようとしても「泥縄」だろう。
日本が今なすべきことは、ウクライナ戦争のせいで世界政治が転換点を迎えないよう、公平な立場に立って、世界の紛争回避のために最大限の努力をすることではないだろうか。
◇ ◇ ◇
藤和彦(ふじ・かずひこ) 経済産業研究所コンサルティングフェロー1960年、名古屋生まれ。早稲田大学法学部卒業後、1984年に通商産業省(現・経済産業省)入省。1991年ドイツ留学(JETRO研修生)、1996年警察庁へ出向(岩手県警警務部長)、1998年石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)。2003年、内閣官房出向、内閣情報調査室内閣参事官。2011年、公益財団法人世界平和研究所(中曽根研究所)出向、同主任研究員。2016年から独立行政法人経済産業研究所上席研究員。
※この記事はメルマガ「日台共栄」のバックナンバーです。