台湾が新型コロナの感染拡大を抑制できている理由  井上 雄介(台湾ライター)

【WEDGE infinity:2020年2月28日】

 不安倍増……。日本での新型コロナウイルスの感染拡大は台湾で大きく報道され、「安倍」晋三首相の名をもじった見出しが新聞やテレビに踊る。同ウイルスの人から人への感染が、日本が水際での阻止に失敗して経路不明な市中感染の段階に入ったのに対し、台湾は、まだ家族同士の感染の段階にとどまっている。累計患者数が30人(死者1人)ほどを維持(2月27日現在)し、急激な増加は起きていない。

 台北の有名私立病院の男性医師(60歳)は「今回も、SARSを思い出してぞっとした」と話している。この医師によると、SARSの時は、患者が触った壁からも感染したそうだ。台湾の病院では今回も、エレベーターのボタンを拭うティッシュが置かれている。台湾の病院は現在、マスクなしでは立ち入りを拒否される。 台湾が今回、感染拡大を効果的に抑制できているのは、2003年に流行した重症急性呼吸器症候群(SARS)の教訓が生きているという見方が一般的だ。SARSでは73人もの死者が出た。当時の恐怖は今なお鮮明で、思い出が今も語り継がれている。

◆打てば響くような対応の速さ

 確かに今回の台湾政府の対応は、打てば響くような速さだった。衛生福利省の疾病管制署(CDC、疾病対策センター)は、1月15日に早くも同肺炎を法定伝染病に指定。20日にはCDCに専門の指揮所を開設した。月26日には中国本土観光客の台湾入りを躊躇なく禁止。2月6日には中国人全員の入国を禁止したほか、中国から戻った台湾人には、14日間の自宅待機を求めた。なお、CDCは米国にもあるが、日本にはないことも台湾で不思議がられている。

 台湾・基隆に1月31日に寄港した国際クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」から同肺炎の患者が出たことが2月1日に分かると、6日には国際クルーズ船の寄港を一切禁じた。8日夜には、台北などの住民約700万人の携帯端末に警報のショートメッセージを一斉発信。乗客約2700人の全遊覧先51カ所を赤丸で示した地図をつけ、乗客と接触した台湾人に、14日間の自己観察を求めた。

 なお、陳時中・衛生福利相が毎日、出動服姿で記者会見を続けていることは、国民に安心感を与えている。台湾民意基金会が2月24日に発表した世論調査結果だと、蔡英文政権の感染対策を信頼する台湾人は85.6%に上っている。

◆台湾はイメージほどヤワな国家ではない

 また、台湾の強力な個人管理システムも、感染拡大防止に一役買っている。台湾は国民皆保険制度で、誰もがICチップ入りの保険証を持つ。個人の番号は、医療保険や身分証明書など公的書類に共通で、海外渡航や治療履歴がすぐに分かる。

 隔離を免れようとしても困難だ。湖北省などに滞在していた台湾人は、発熱などがあれば直ちに隔離される。密かに台湾に戻っても、当局が捕まえにくるそうだ。法務部調査局など台湾の情報機関が、スマートフォンを経由して個人の動向を詳しく把握しているとのうわさもある。末端行政機関で日本の町内会ぐらいの規模を管轄する「里」も、住民の動向に目を光らせている。国民管理は日本より厳しい。台湾はイメージほどヤワな国家ではない。

 このほか、今年1月の台湾総統選で蔡英文総統が圧勝し、中国当局が嫌がらせのため、中国人の台湾観光旅行を規制していたことも、かえって幸いだった。この見方は、反政権側の国民もしぶしぶ認めている。国民党の対立候補、韓国瑜氏は観光を含む中国との交流強化を訴えていた。ある市民は「韓氏が当選して、中国の観光客が押し寄せていたら、今ごろどうなっていたか」と話している。

 なおSARSは重症化すると肺に後遺症が残り、治癒後も激しい運動ができなくるという知識も、台湾人に共有されている。新型コロナウイルス肺炎も同じという。男性医師は「インフルエンザと同じと思うのは禁物」と話している。

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井上雄介(いのうえ・ゆうすけ)台湾ライター1963年、東京生まれ。早稲田大学法学部卒。天津南開大学へ留学経験あり。共同通信記者、時事通信上海支局勤務、衆院議員政策秘書などを経て現在に至る。

※この記事はメルマガ「日台共栄」のバックナンバーです。


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