【WEDGE infinity:2021年6月15日】https://wedge.ismedia.jp/articles/-/23253
台湾に日本から提供された新型コロナウイルスのワクチンは、台湾社会で歓喜をもって迎えられ、日本外交のクリーンヒットとなった。計画が表面化してから10日ほどで実現するというスピーディな行動が際立った。日本の素早い行動の背景に何があったのか。台湾とどのような交渉が行われていたのか。台湾の大使にあたる謝長廷・台北駐日経済文化代表処代表らからワクチン提供に関する相談を受けていた、超党派の国会議員でつくる親台湾派の議員連盟「日華議員懇談会」の古屋圭司会長(衆院議員)に事情を聞いた。
野嶋:台湾へのワクチン提供ですが、5月24日に謝長廷駐日代表、米国のジョセフ・ヤング駐日臨時代理大使、そして、安 倍晋三政権で首相補佐官などを務めた薗浦健太郎・衆院議員が集まった食事会が、目黒の駐日代表公邸で開かれました。 そこで日本側からワクチン提供の提案があったということが日本のメディアで報じられています。古屋会長が知っている ところでは、実際にワクチン提供の話はいつごろから動き出していたのでしょうか。
古屋:5月の中旬ぐらいだったと思いますね。5月24日の食事会の1週間ぐらい前からでしょうか。
野嶋:しかし、アストラゼネカとモデルナのワクチンの使用が厚労省から緊急使用の承認を受け、しかも、アルトラゼネ カのワクチンは当分使わないと決まったのは5月21日でした。
古屋:方向性はその前から聞いていましたらので、だったら台湾に出せるね、ということで、では、どのぐらい出せるの かかという話を、水面下で議論していました。謝長廷代表との相談のなかで、6月中旬までに届かないと、台湾の事情も あってワクチン提供の有り難みが薄まってしまう、ということでしたので、これはスピードで勝負しようと。日華議員 懇談会の事務局長をやっている木原稔さんがたまたま菅内閣の総理補佐官という立場にあったので、彼とも相談しなが ら、どうやったら一番早く台湾にワクチンを出せるか検討していきました。
野嶋:ワクチンを各国に配分するCOVAXは使わないことにしたのですね。
古屋:COVAXは「嫁入り先」が決められないんです。台湾のワクチンが手薄なのは確かなので結果的には、COVAXからいず れ台湾に届いたかもしれません。しかし、スピードが問題で、時間がかかりそうでした。もう一つ、日本赤十字を通じ て提供するという手もありましたが、これもちょっと時間がかかる。一番優先したかったのは時間なので、結局、直接 出すのがいいだろうとなりました。その際、仮に公表が1カ月後になってもいい、という考えもあったんですが、最終 的には日本からワクチンを運び出す前日の夕方に公表したんです。6月3日です。これはもう中国がいくら妨害しても止 められないというタイミングでした。目立ってはだめなんです。多くのことを水面下でやらないとならなかった。
野嶋:分量についてはどうして124万回分だったのでしょうか。数字として、もっとわかりやすい、キリのいい量ではな いのが気になりました。
古屋:最初は100万回分という話だったのですが、台湾側からは300万回分にしてほしいという要望がありました。ただ、 日本であのタイミングで確実に確保できるのは124万回分だったんです。それが限度でした。
野嶋:第一三共製薬がアストラゼネカから届いたワクチンの原液を瓶詰めすることになっていたはずですが、その作業に 時間がかかったのでしょうか。
古屋:急にはなかなかできないんですよ。日本で開発した製品ではないですから。(第一三共製薬は)委託を受けている けれど、完全な生産ラインではないので限界があるんです。
野嶋:それにしても提供までのスピードには驚かされました。失礼ですが、日本政治にこんな効率のいい決定や行動がで きるのかと。
古屋:謝長廷代表ができるだけ早く送ってもらえるとありがたいとおっしゃったので、私は「クリスマスケーキが12月28 日に届いても意味がないってことですね、プレゼントの価値が薄れるということですね」と確認しました(笑)。台湾 側は6月中旬までと言っていたので、6月10日ぐらいかなと思っていたんですが、予想より1週間早かったですね、大し たもんですよ。米国は75万回分のワクチンを議員団が台湾で表明しましたが、まだ届いていません。日本は現物が届い ていますから、効果は大きかった。それでも台湾でワクチンが足りないので、もっと欲しいという話が来たとしたら、 私たちは速やかに対応しようと思います。
野嶋:安倍晋三前首相が動いた、あの人が動いたなど、いろいろなストーリーが出ていますが、実際はどうだったのでし ょう。
古屋:自民党がチームワークでやったんです。オールジャパンの賜物です。だからこそ、政府もこれはやらなきゃと本気 になった。そこには安倍晋三前首相の姿もあった、ということです。功績争いの必要はないんです。みんなが動いてく れたということが、中国の圧力をはねのけ、外務省の背中を押して、こうした対応ができたんです。日華懇では、中国 の介入を警戒して目立つ行動はできるだけ控えて汗をかくことを徹底していましたが、木原稔・総理補佐官がよくやっ てくれました。何しろこれは最終的にNSC(国家安全保障会議)マターでしたから。
◆信頼、絆、困った時に助け合う
野嶋:台湾へのワクチンを東日本大震災への恩返しという意識は最初から共有されていたのでしょうか。
古屋:確かに200億円の恩返しという意識はあります。それに加えて、新型コロナでもこの1年間、台湾に日本は助けられ てきたんです。昨年4月16日に日本がまったくN95マスクがないときがありました。そこで蔡英文総統が直接、N95マスク 200万枚を提供してもいいですよ、とおっしゃってくださった。私たち日華懇が、全国の感染症指定病院、それと特別支 援学校に行き渡るように手配したんです。政府を通すと3週間ぐらいかかってしまうから、日華懇が受け取って大手の運 送会社に依頼して、1週間で配り終えました。200万枚はジャンボ輸送機1機分です。マスクは軽いけど、かさばりますか ら。すごい量でしたね。
私は空港まで取りに行きました。そのなかに手紙を入れて、台湾総統府のメールの宛先を書いておいたら、なんと2000 通ぐらい届いたらしい。これこそ、信頼、絆なんですよ。困った時に助け合う。中国みたいに困った時に足で踏みつけ るようなことではないんです。台湾からは医療用の防護服も5万着いただいた。こちらも、日本はなくて困っていたんで す。医療機関は消毒剤で洗濯して干してもう一度使っていた。こういう恩義もあるので、中国の妨害でワクチンが台湾に 届かないのは極めて深刻な問題ですから、日本が頑張って提供しようということになりました。
野嶋:自民党にも中国に配慮する人がいますが、台湾へのワクチンはちょっと待ってという声はなかったのでしょうか。
古屋:これは人道的な支援ですから、まったくないです。しかも、参議院はWHO総会への台湾の参加を求める決議をしまし たからね。中国は民進党の蔡英文総統になって急に台湾のWHO総会へのオブザーバー参加を認めなくなった。馬英九政権 では認めていたのに。地理的、政治的、人種的な差別はあってはいけないと、健康という普遍的な原則に基づいて運営 されるべきだとWHOの憲章に書いてあります。国民党で参加を認めて、民進党で認めないのは、WHO憲章違反ですよ。2300 万人の人口を抱える台湾が、最初の1年間以上コロナを押さえ込んできた。その台湾の知見は広く世界に知られるべきで す。
野嶋:それにしても、中国への反発が予想されるなか、台湾にこうした支援をするというのは、ひと昔前では実現はなか なか難しかったと思います。
古屋:我々の求めに、政府もちゃんと応えてくれるようになりました。背景には、米国も欧州も中国の最近の常軌を逸し た動きに対して警戒感が強くなってきたんです。習近平さんも強引にやりすぎたんでしょう。でも中国は変わりません よ。台湾統一の考えは1ミリを変わらないでしょう。着々と目標を決めてやってきています。一党独裁の強いところで す。ですから、我々の周囲の国々が力をあわせて台湾を支えないといけないのです。
野嶋:親台湾を掲げてきている日華懇の国会や政府に対する影響力が強まっているように感じますが、いまの会員はどの ぐらいでしょうか。
古屋:いま300人ぐらいです。中堅・若手が進んで参加してくれて、会員は増えています。昔は年寄りが多い逆三角形だっ たんですが、いまは逆になりましたね。台湾が身近になって、支えるべき友人と考えてくれているんでしょう。あえて 国といいますが、台湾は民主国家ですから。安倍首相時代に共通の価値観を持つ国々との連携を外交戦略の基本にして その影響が広がったんでしょうね。当選してきた新人議員のほぼ8割が日華懇に入ってくれます。
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