前原誠司氏「自主防衛が主で��ぢ日米同盟は補完に」

【東洋経済ONLINE:2023年6月26日】https://toyokeizai.net/articles/-/680592

 ロシアのウクライナ侵攻や中国の軍拡など、紛争リスクが高まるなかで、安全保障に対する国民の意識が高まっている。「専守防衛、非核3原則、積極的平和主義」を貫いてきたわが国の防衛・安全保障は今後どうあるべきか。

 外務大臣や国土交通大臣を歴任し、現在、国民民主党安全保障調査会長を務める前原誠司氏に、ジャーナリストでノンフィクション作家の塩田潮氏が話を聞いた。(このインタビューは2023年6月1日に行いました)

塩田潮(以下、塩田): 現在の日本周辺の安全保障環境をどう受け止めていますか。

前原誠司(以下、前原): 中国の軍事拡大、北朝鮮の核ミサイル開発、ロシアのウクライナ侵攻という厳然たる事実を見れば、紛争あるいは戦争リスクが最も高くなっているのは間違いないと思いますね。中国が台湾統一に現実的な意欲を示していること、北朝鮮の兵器開発がアメリカの受容限度を超える可能性が出てきていることの2つがポイントでは。

◆アメリカの対応が変化

 一番大きいのは、アメリカの対応が変わってきたことだと思っています。中国の軍事力増強のスピードに追いつけないのでは、という自覚が出始めて、自分たちだけでは対応できず、同盟国も含めた統合抑止という考え方、体制に変わっている。

 中国の習近平国家主席は、台湾統一を領土奪還と考えていて、台湾全土が焦土と化すようなやり方ではなく、「和統」、つまり平和統一を狙っていると思いますね。サイバー攻撃を仕掛けたり、中国の資本が介入した後にごそっと抜けて産業的にダメージを与えたりとか、硬軟合わせていろいろやってくると思います。

 ただし、中国、北朝鮮とも偶発的な紛争が一番、危ない。危険な行為による挑発がきっかけになるリスクはあります。特に無人機です。偵察機、攻撃機、潜水艦など、無人のものが引き金になり、偶発的な紛争が、意図せず戦争に発展していく危険性はありますね。

塩田: 現在の日本の安全保障体制について、意識している問題点は。

前原: 私は党の安全保障調査会長で、去年12月に出た安保3文書に対して、党としての考え方をまとめて岸田文雄首相に提言しました。われわれの提言と3文書はほとんど齟齬はないと思います。アメリカは本当に信頼できるのか。総理は答弁で「信頼している」と言わなければいけないし、私が聞かれても「信頼しています」と言い続けますが、腹の中では、アメリカは本当に日本を守ってくれるのか、常に考えておかなければいけない。

 アメリカは民主主義国家ですから、何よりも国民の世論がどんな状況かを踏まえなければならない。今は日米安保が主ですが、時間をかけてでも「自国を守ることが主で、日米同盟は補完」という状況に持っていくことが大事です。日本が他国から攻められたとき、少しでも自分の国は自分で守れるようにする。その第一歩になっていることについて、私は3文書を評価するし、この方向性に進めていかなければいけない。

 打撃力を持つことはけしからんと言う人がいますが、今まで何で抑止が働いていたか。日本にはやられたらやり返す打撃力がないにもかかわらず、日本本土に撃ってくることがなかったのは、アメリカの抑止力に恐れおののいているわけです。ですが、日本側はアメリカのコミットメントがない場合をどう捉えるかを考えなければならない。日米の環境をどうマネジメントしていくかは為政者の最大のテーマであり続けると私は思います。

◆「防衛費2%」はアメリカの意向

塩田: 3文書の中身を見ますと、専守防衛、非核3原則、積極的平和主義を守りながら、かつ反撃能力を持つという方針で、内容に矛盾があるような印象もあります。一方で、防衛関連予算を対GDP(国内総生産)比で、従来の「1%以内」から 1.5%とか2%にすると唱えていますが、必要な防衛費を積み重ねていったらそうなるというのではなく、いきなり目標値として総額の数字がポーンと出てきたのでは、という感じもします。

前原: アメリカの意向ですね。陰に陽に「NATO(北大西洋条約機構)並みに2%に」と言ってきていると思います。その背景は、先に申し上げた「中国の軍事力増強によってアメリカ一国で守れなくなっている状況での共同対処の要求」でしょう。

 国会議員30年の体験に基づくものですが、安全保障、外務の分野を担当してきて、かつてアメリカは、打撃能力について、「われわれが持っているのだから、日本は持つ必要ない」と言い続けていたのに、「持っていいよ」と言い出した。まさに時代の変化です。中国とアメリカとの差が相対的に縮まり、東アジアでは中国のほうが優勢になりつつある。

 日本も打撃力を持ち、統合抑止に加わってほしい、具体的な装備の面での能力、あるいは情報収集などが必要で、その結果、2%に、ということだと思います。われわれもそれを納得をしています。アメリカがそういう認識を持ち、われわれも同意することになれば、それに向けて取り組まなければいけない。そういう状況だと思いますね。

 私は安倍晋三元首相の業績のうち、安全保障で評価しているのは、中身は悪かったけど、集団的自衛権の行使に道を開いたことです。安保法制の法案には、われわれは反対したけど、集団的自衛権を一部行使できるようにしたことは、時代の流れの中で、私は評価しています。できれば、憲法を改正して集団的自衛権を持つのが王道ですけど、特に第9条の改正は今でも相当、ハードルは高いと思います。

 こういう状況で、今、「専守防衛、非核3原則、積極的平和主義」という基本方針を変えて、3文書を作れるかというと、なかなか難しい。王道に立てば、集団的自衛権の見直しもしっかりやるべきですが、どうしても憲法の議論になってしまう。私ども国民民主党も、専守防衛と言えばいいというロジックに立っていますが、専守防衛は時代と共に変化するものであって、聞く人によっては、屁理屈にしか聞こえないかもしれませんね。

◆経済、エネルギー、食料も安全保障の対象

塩田: 「ウクライナの現状は、専守防衛の現実の姿」と唱える人もいます。

前原: 外形的にはそうかもしれないけど、軍事提供を受けているNATOからの要請で、「あの範囲の中でやれ」と言われて、ウクライナは非常に抑制された戦争をしている。ロシアが戦術核を使用する蓋然性が高くなるような形にしたくないNATOは、ウクライナの国内だけの戦争にとどめておきたいので、外形的に専守防衛の戦争になっているだけです。

 ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、腹の中では、クリミアも含めて、奪われたところまで取り返しに行く、そのためにはクレムリンを攻撃したいという思いはすごく強い、と思います。だけど、NATOの要望を聞かざるをえない。ただ、モスクワを攻撃し始めたりしていますね。F-16を持ったら、将来的にはわからない。

塩田: 日本の安全保障という点では、経済安保への取り組みも重要だと思います。

前原: 3文書は非常に狭い防衛に限った取り組みですが、経済安保は広い意味での安全保障、防衛で、密接に結びついている問題です。私は経済安保、エネルギー、食料といった分野まで広げて考えるべきだと思います。

 日本の武器・弾薬は1週間とか10日ぐらいしか持たないと言われている。造り続ける能力も必要ですけど、仮に武器・弾薬が十分だったとしても、島国の日本が経済封鎖され、食料やエネルギーが入ってこなくなったら、すぐにお手上げです。

 私は国会で「戦闘機の自国生産」を言い続けてきましたが、ようやくイタリア、イギリスと共同開発することになった。生産能力を高めることはすごく大事で、特にコロナ禍でサプライチェーンの海外移転による日本の空洞化を目の当たりにした。一定程度の自国生産は必要と思います。

 幸か不幸か、世界最大の半導体受託製造企業であるTSMC(台湾積体電路製造)が日本に来る。サムスンも日本で生産することになる。非常にいい状況になっています。日本の企業でなくてもいい。日本の中に生産拠点があり、サプライチェーンが切れない状況を作る。エネルギーも食料も含めて、しっかりやることが大事だと思いますね。

塩田: 防衛装備の海外への移転については。

前原: 広げていったほうがいいと思いますが、私にとっては、優先順位はそれほど高くないですね。優先順位が高いのは自国の防衛生産の基盤が強くなることです。生産基盤を持って自国生産することが大事です。優先順位が高いと思っているのはその点です。

◆「サイバー安全保障基本法案」を作成

塩田: もう1つ、サイバー攻撃とその分野の安全保障について、何が大きな問題ですか。

前原: わが党が政府案よりも踏み込んでいると思う点について、「サイバー安全保障基本法(仮称)骨子案(未定稿)」を用意し、6月1日、調査会の皆さんに諮って議論しました。サイバー安全保障とは「安全保障上の懸念を生じさせる重大なサイバー攻撃に的確かつ迅速に対処すること」とうたい、「アクティブ・サイバー・ディフェンス(能動的サイバー防御)」、つまり「サイバー攻撃の兆候について情報を収集し、サイバー攻撃の主体を探知し、及びサイバー攻撃を排除するための措置」を講じて、しっかりと対応する。

 政府は遅いんですよ。今、何とか準備室というのを作って情報を集めている段階ですけど、法案が出てくるのは、恐らく2024年だと思う。われわれは、それを急がせる意味で、理念法ではありますけど、まずは骨子をこの通常国会で提言し、恐らくは次の臨時国会で法案を提出しようという考えです。次に個別法の改正まで進まなければならなくなる。

 アクティブ・サイバー・ディフェンスを唱えるのは、今までのように受け身だけだと、元を断てないからです。パトロールもできない。攻撃を仕掛けるやからが、どういうサイバー空間にいるかもわからない。

 やられて、初めて「しまった」ということではいけない。まずパトロールし、日本への攻撃を事前に探知して、その元を断てるようなものを作る。それは「専守防衛の範囲」という建て付けの中で、ある程度、必要です。ミサイル発射が判明した場合、ほかに手段がなければ、敵のミサイル基地の攻撃ができるという憲法解釈と全く同じです。

 パトロールは防衛省設置法の「調査研究」でできるわけです。日本に対してサイバー攻撃が行われる場合、それをブロックしたり、無力化することはできると基本的に書いてあります。それについて、憲法第21条の通信の自由などは当然、守らなければいけないけど、「公共の福祉」という範囲で一定の制約を受けるのは当たり前です。われわれはこのような理念をまとめたものを出して、スピードアップを図る。

 日本のサイバー上の脆弱性はひどい状況です。サイバー安全保障基本法などを作って体制を整備していくことが大事です。理念法ですが、元を断つことができるとか、常にパトロールができるとか、そういう点を憲法との関係などを含めて整理し、ちゃんとやることができると書いてあります。

 今まではその入り口まで行っていなかったのです。警察官職務執行法に「警察比例の原則」というのがあります。相手が拳銃だったらこちらも拳銃で、相手が大砲になったらこちらも大砲で、対応できるという原則です。これの準用です。

◆日本は「ファイブ・アイズ」には入れない

塩田: サイバー安全保障基本法を作らなければ、と思うきっかけになる出来事があったのですか。

前原: それは3文書の提言の中にあります。ウクライナを見たら一目瞭然でしょう。

 3文書をまとめるに当たって、ウクライナの戦争で、フェイクニュース、ディスインフォメーションも含めて、それが可視化された。

 一番つらかったのは、アメリカの安保関係の知り合いから、サイバーについて、「アメリカがメジャーリーグとしたら、日本はマイナーリーグ。それも1Aだぞ。だから、日本とは情報共有はできない。『ファイブ・アイズ』(アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの5カ国による機密情報共有の国際的枠組み)には入れない。日本に情報はないし、情報が筒抜けになる。そういうものは本当の同盟国の仲間に入れない」と言われたことです。

塩田: この法案の成否の見通しは。

前原: わが党だけでは人数の面で法案を提出できないので、各党に呼びかけたいと思います。見通しは、わからないです。自民党と公明党は3文書をまとめていますので、サイバー防衛について、理解は得られると思う。自民、公明、日本維新の会に呼びかける。立憲民主党は党内に左右両派がいるので、難しいかもしれませんが、呼びかけは行います。

(塩田 潮 : ノンフィクション作家、ジャーナリスト)

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前原誠司(まえはら せいじ)1962年京都市生まれ。京都大学法学部卒業。1993年衆議院総選挙に初当選。民主党代表、国土交通大臣、外務大臣、国家戦略担当大臣などを歴任。現在、国民民主党代表代行、党安全保障調査会長を務める(撮影:尾形文繁)

※この記事はメルマガ「日台共栄」のバックナンバーです。


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