湾と内モンゴルの悲哀」という産経新聞に掲載された寄稿文を送っていただいた。そこに
は、台湾と内モンゴルは中国人政権という外来政権による圧政を受けた点で共通すると書
かれていた。
≪台湾から中国を眺めると、私の故郷内モンゴルと似ている。日本の敗退後に入ってきた
中共の八路軍は規律が悪く、暴虐を尽くした。国民党軍が台湾人を殺戮(さつりく)した
「二・二八事件」と性質は同じだ。1960年代になると、過去に「対日協力した罪」を口実
にモンゴル人は大量虐殺されたが、台湾では圧政が敷かれた。どちらも外来国家がもたら
した悲劇だ。≫
その楊海英氏が最近また産経新聞に寄稿された。今度は日本の中国へのODAが少数民
族抑圧のために使われているという事実を指摘し、対中国ODAは中止すべき時が来てい
るという内容だ。同感である。
ちなみに、楊海英氏のモンゴル名は「オーノス・チョクト」で、それを翻訳した日本名
は大野旭。中国によるモンゴル人迫害を描く『墓標なき草原』(上下巻 岩波書店)は台
湾関係者も必読の書だ。
中国へのODA─中止こそ民主主義の道 楊 海英(静岡大学教授)
【産経新聞(大阪版):平成23(2011)年11月22日夕刊】
ミャンマーに民主化の兆しが生じたのを受けて、日本政府による同国への政府開発援助
(ODA)も再開へ舵を切りつつあると報道されている。獄中の政治犯の釈放が一段と進
めば、日本も建設的に関与した方が国益にかなう。ミャンマーの変化を見て、私は中国に
対するODAについて考えた。
中国向けのODAに関する政府の方針が去る7月12日に判明した。前原誠司前外相が在任
中に指示した削減案は、「中国との関係改善を最優先する」ために見送られたという。私は、
対中国ODAは中止すべき時が来ていると主張したい。同国で長く学術研究をすすめてき
た経験に基づく見方だ。二つの事例を挙げよう。
□ □
内モンゴル自治区西部にオルドス高原がある。「鉄鋼の町」と称される包頭市の西に位
置する。先の大戦中に、日本軍は「モンゴル連盟自治政府」軍とともに包頭作戦を決行し
た歴史がある。「モンゴル聯盟自治政府」は日本軍の力を借りながら、中国からの独立な
いしは高度の自治を目指していた。
包頭市から西へ黄河を渡ると、オルドスの砂漠が連綿と広がる。日本は1972年に国交回
復の直後から、この地の砂漠を緑に変えようとODAを投じてきた。鳥取大学の故・遠山
正瑛教授らが毎年のように有志を率いて植林を行ってきた。
しかし、内モンゴルの中国人(漢民族)幹部は植林を展開する有志らに感謝しないどこ
ろか、「日本人は下心があって活動している」、と見て警戒を緩めない。「下心」とは、
かつて包頭作戦に加わった日本人もおり、黄河沿線で戦死した友を弔っていた行為を指し
ている。戦死者は「侵略者」で、「緑化を口実に侵略を美化しようとしている」、との思
想である。占有が眠る故地に木を植え、砂漠化を阻止して平和を祈念しようという日本人
の精神性は理解されていない。むろん、モンゴル人たちは「人間は亡くなると仏になる」
と信じ、日本人の哲学に通じる理念を有しているのも中国人と対照的である。
□ □
もう一つは、チベットにある青海省の事例である。高原の貯水池として知られる青海湖
のほとりに海北チベット族自治州がある。この海北チベット族自治州の金銀灘という草原
にも日本のODAが投入されていた。
実は、金銀灘には中国初の原子爆弾開発研究所が1992年まで置かれていた。町には現在
も「中国原子城」というモニュメントがそびえ立ち、「原爆の町」である事実を示してい
る。ここで作られた原子爆弾が新疆ウイグル自治区に持ち込まれ、実験爆発させた。
原子爆弾開発研究所はチベット人とモンゴル人の遊牧民が昔から暮らしてきた地に設置
されたものである。1958年秋のある晩に解放軍が突然やってきて遊牧民に牧場を引き渡す
よう迫り、人々は着のみ着のまま強制移住させられた。少し延期するよう懇願した者は容
赦なくその場で射殺された。このように、中国の国威発揚のために進められた原子爆弾開
発の裏には少数民族の血と涙に染まった歴史が隠されている。
原子爆弾開発研究所が閉鎖された後に遊牧民たちは故郷に戻ったが、そこはもはやかつ
ての美しい田園ではなく、汚染された土地だった。三本の角が生えた羊や顎から歯の突き
出た牛がいるとか、白血病に苦しむ人間が多い、との証言を私は多数のチベット人とモン
ゴル人から聞いた。これに対し、政府は何ら措置を取っていない。日本のODAはチベッ
ト人とモンゴル人が必要とする環境の改善に使われていなかった事実を私は現地で確認し
ている。
砂漠化防止にODAを活用してほしいという日本の希望は実らなかった。「世界の屋根」
でも原発の開発は環境汚染を助長している。ODAは中国による少数民族抑圧に加担して
いる性質を帯びている以上、中止してこそ民主主義の取るべき道である。世界第二の経済
大国になった中国は自らが作った負の遺産、即ち環境破壊と原爆製造による少数民族抑圧
の問題を自分たちの責任と財力で解決すべきであろう。
楊海英(よう・かいえい) 静岡大学教授。内モンゴル出身。日本名は大野旭。総合研究
大学院大学博士課程修了。歴史人類学専攻。中国とロシア、それに中央アジアにおいて現
地調査に携わる。著書に『モンゴルとイスラーム的中国』『墓標なき草原』(第14回司馬
遼太郎賞受賞)など。