【産経新聞:平成23(2011)年10月14日「台湾有情」】
清朝を倒し中華民国成立の発端となった辛亥革命から100年というので、革命の指導者、
孫文の「三民主義」(岩波文庫)を引っ張り出して再読した。
原典の原稿は戦乱の中で焼失。現存するのは革命後の1924年、孫文が広州の高等師範学
校で記憶を頼りに語った講演速記録だから、表現は平易で、居酒屋で話し上手な知恵者の
持論を聞いている気分になる。
「民族主義」では、てんびん棒の竹竿(ざお)1本が財産という港湾荷役労働者が、宝
くじが当たったうれしさに、くじを隠してある竹竿を海に捨ててしまう例え話で「竹竿こ
そ民族主義」と説明。堅持した日本は明治維新を完遂したが中国は捨て去った、日本に学
べ、と力説する。
そんな話題を台湾の若者に投げたが無反応だった。民主化で多様な価値観に配慮した近
年の台湾の学校では歴史用語として教えても内容までは触れない。
来年1月の総統選で政権奪還をめざす最大野党・民主進歩党の蔡英文主席は、中国に配
慮し、独立色を薄めつつも、遊説先の式典での「国歌」斉唱で「三民主義はわが党の指針」
の歌詞部分のみ口をつぐんだ。
一方、再選をめざす馬英九総統の選挙参謀は、孫文が命がけで倒した清朝の、満州族の
血をひいているそうだ。一口に100年とはいうけれど。(吉村剛史)