【産経新聞:2022年6月17日】https://www.sankei.com/article/20220616-CJTMHMTXBBMADO6WVIDRLGS3JE/?156019&KAKINMODAL=1
日本の対台湾窓口機関、日本台湾交流協会台北事務所で、防衛駐在官に相当する安全保障担当主任を務めた渡辺金三元陸将補が産経新聞に寄稿し、中国がウクライナ危機に乗じて台湾に侵攻する可能性は低いものの、戦略核で最小限の対米均衡が達成できる2035年以降は危険性が高まると指摘。日本は早急に対策に着手すべきだと訴えた。
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ロシアのウクライナ侵攻により中国が台湾に侵攻する可能性が高まっている、と報じられている。本当か検証する必要がある。5月中旬、米国と台湾で示唆に富む報告が行われた。
米上院軍事委員会で5月10日、ヘインズ米国家情報長官とベリア国防情報局局長が証言し、1)中国がウクライナ危機から教訓を引き出すまでには時間がかかる2)中国は台湾を平和的に統一したいと考えている3)一方で米国の介入がある中でも軍事力で統一できるよう努力している−と述べた。
証言によると、現時点で中国は態勢が整っておらず、米国がウクライナに引き込まれても、その隙に侵攻する可能性はほぼない。台湾統一の時期として27年、35年、49年が挙がるが、その年に侵攻するか延期するかはウクライナ危機の教訓次第だという。ただ、ヘインズ氏は30年までの脅威を深刻とみるのは「適切だ」と述べた。
また、台湾の情報機関「国家安全局」の局長が5月14日、台湾の立法院(国会に相当)で、蔡英文総統の任期切れ(24年5月)までに中国が台湾に侵攻することはあり得ないと証言した。
軍事力を含む準備には、タイムライン(目標時期)を設定する必要がある。当面は平和統一を方針とするだろうが、軍事統一に変更するには、その前段階として、「侵攻準備完了時期」が示されるはずだ。
その時期はいつか? この問題は、安全保障の基本構造である戦略核抑止から考える必要がある。原子力科学者会報によると、米国は22年、核弾頭3708発(うち配備済み1744発)を保有し、中国は約380発。米国防総省の報告書によると、30年頃の中国の核弾頭は約1000発、製造能力は年間約100発と推定されることから、米国の配備済みの核と均衡を達成するには37年まで、全体では57年までかかる。
これらの時期は、中華民族の偉大な復興のため「社会主義現代化強国」を完成させる50年頃やこの目標を「基本的に実現」する35年とほぼ重なっており、中国が核戦力での対米均衡を目指している可能性もある。35年は「軍隊の近代化を基本的に完了する」ともされており、「侵攻準備完了時期」は35年が最も適合するように思われる。従って、1)現在から35年までは平和的統一を追求し、2)35〜50年は平和的統一に加え武力統一も追求可能となる。
35年までは米国の戦略核戦力に対して脆弱(ぜいじゃく)で、そのために戦術核兵器の使用も制限されるため、侵攻の可能性は高くない。他方、この時期は、侵攻を準備しつつ欧米の制裁に耐えられる経済態勢を築く時期でもある。平和統一に重要なのは、台湾で統一支持政党が政権をとることであり、台湾人向け優遇措置や独立志向の民主進歩党の失政を喧伝(けんでん)するなどの工作を強化すると思われる。
35年以降は米国の戦略核戦力の脅威が漸減し、50年ごろには、その脅威を考えることなく、通常戦力を主体に台湾侵攻が可能になる。36年以降の台湾の総統選で政治情勢が中国に有利に動かない場合、それが武力統一に転換する契機になる可能性が考えられる。
一方、この時間割が変更される場合もある。中国は、30年以前に「中所得のわな」に陥り政治・経済的行き詰まりに直面する可能性が指摘される。同年には高齢者人口が2億8千万人になるとされ、ほぼ無年金状態での生活を強いられる。これらの問題で人民の不満に火が付き、中国共産党の地位が危機にひんする場合、人民の目をそらすため、戦略核戦力で劣勢にあっても台湾侵攻という冒険に乗り出す可能性は否定できない。27年は人民解放軍創設100年でもあり、この年を「侵攻準備完了」とすることも考えられる。
米台の証言を見る限り、中国は、ウクライナ危機を受け平和統一に重点を置き始めているのかもしれない。だが、平和統一とは、軍事侵攻できる能力を獲得する準備期間であることを忘れてはならない。特に、核増強が続いた場合、35年には米国の戦略核を抑止しつつ台湾に侵攻できる可能性が生じることに注目すべきだ。日本はわずか13年後にその世界が迫っている危機感をもって、拡大抑止や戦術核兵器使用への対応について、早急に米国と調整を進める必要がある。また、35年以前でも軍事的統一に乗り出す危険性があるため、速やかに沖縄など南西正面の防衛態勢や米台との作戦レベルの調整を強化していくべきだ。(寄稿)
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