日台間の防衛対話を  渡辺金三(前日台交流協会台北事務所防衛担当主任)

 昨日の産経新聞の1面トップは、オリンピックで空手とレスリングで日本選手が金メダルを取ったことではなく、この5月まで台湾にある日本台湾交流協会台北事務所で防衛駐在官に相当する安全保障担当主任をつとめた渡辺金三(わたなべ・きんぞう)氏の寄稿記事だった。

 日本は2003年から、自衛隊を退官した将官級1名を日本台湾交流協会台北事務所に安全保障担当主任として派遣してきた。渡辺氏はその4代目だ。安全保障担当主任が新聞に寄稿すること自体珍しいが、その寄稿文が1面トップに掲載されることはもっと珍しい。異例と言ってよい。

 実は、今年ほど台湾や台湾海峡の安全保障に対する関心が世界的に高まった年はない。その嚆矢は、3月16日に日本で開かれた「日米安全保障協議委員会」(2+2)にあった。

 2+2に先立つ岸信夫・防衛大臣とオースティン米国防長官の会談においてまず「台湾海峡の平和と安定の重要性」についての認識を共有し、続いて茂木敏充・外務大臣とアントニー・ブリンケン国務長官との2+2でも同じ認識を共有したことにより、「共同発表」に「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調した」と盛り込まれた。

 これが下地となって、4月16日にワシントンDCで行われた菅義偉・内閣総理大臣と米国のジョセフ・バイデン大統領との初の日米首脳会談で発表された共同声明において「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促す」というフレーズが盛り込まれた。

 周知のように、それ以降に開かれた5月5日の先進7ヵ国(G7)外相会議の共同声明、5月27日の第27回日EU定期首脳協議、6月9日、第9回日豪外務・防衛閣僚協議(2+2)、そして6月13日のG7コーンウォール・サミットに至るまで、まったく同じフレーズが共同声明や首脳コミュニケに盛り込まれた。

 さらに、日本が参加していないNATO(北大西洋条約機構)首脳会議でも6月14日に採択された共同声明で、翌15日の米EU首脳会談の共同声明でも「台湾海峡の平和と安定」が強調されている。

 もちろん、台湾海峡の平和と安定について強調されたのは、香港や新疆ウイグル自治区に弾圧を加え続け、覇権的な海洋進出をはかる中国への「深い懸念」とセットではあるが、これまであまり台湾や台湾海峡に関心を持たなかったヨーロッパや北欧などの国々まで顕著な関心を持ち始めた。

 それは、チェコやスロバキア、リトアニア、ポーランドによる台湾へのワクチン提供という具体的な形を取って表れた。リトアニアの外務大臣が台湾の中央通信社に対し「台湾は地域の自由と民主主義の道しるべ」と述べたことにもよく表れているように、台湾を「自由と民主主義の道しるべ」として認識したことによるワクチンの提供なのだ。

 つまり、自由と民主主義を守る台湾か、自由と民主主義を圧殺する独裁国家の中国か、世界による二者択一の結果という言い方もできるかもしれない。南太平洋のサモア独立国に中国傾斜を修正する政権が発足したことも、この流れで起きたと言えよう。

 台湾や台湾海峡への世界的な関心が高まる中、産経新聞はオリンピックの記事を押しのけて渡辺金三氏の寄稿記事を1面トップに据えた。すぐれた判断力であり、産経の見識を示したと言える。

 ちなみに、本会はこれまで訪台するたびに渡辺氏の前任者のときから意見交換をしはじめ、渡辺氏とも何度も意見を交換してきている。

 そこで、2017年の政策提言として「日本台湾交流協会の防衛担当主任を増員せよ」を発表し、今年の政策提言「日台の安全保障協力体制強化のための4つの提言」で改めて「駐台防衛調整担当部門の強化」を発表した。

 2017年は、日本台湾交流協会台北事務所に配置されている防衛担当の「主任」について、現在の1名から陸・海・空退職自衛官による3名に増員することを提案した。今年は、防衛担当「主任」の名称を「防衛調整担当主任」と改めるとともに、現行の退職自衛官から現役自衛官の出向に変更し、現行の1名から陸・海・空の現役自衛官による3名体制への増員を提言している。

 世界的に自由と民主主義を守る台湾の重要性への認識が深まる中、「日台間に防衛上の協力関係は全く存在していない」という現状を改め、「早急に日台間の防衛交流を開始する意思決定を行い、秘密情報の交換・通信態勢を整えて直接対話を進めるべき」という渡辺氏の指摘はすこぶる重い。日本政府がただちに取り組むべき喫緊の課題であることは是非を問わない。

 本誌掲載にあたり「日台間の防衛対話を」と題したことをお断りする。

◆日本李登輝友の会:2021政策提言「日台の安全保障協力体制強化のための4つの提言」(2021年3月28日) http://www.ritouki.jp/index.php/info/20210630/

—————————————————————————————–台湾海峡有事 進む米台軍事協力 日本も防衛対話を 渡辺金三(日台交流協会前安保主任)【産経新聞:2021年8月7日】https://www.sankei.com/article/20210806-CD3P4TLKUNPHVD4XXSIJ4KL4OY/?515969

 日本の対台湾窓口機関、日本台湾交流協会台北事務所で、5月まで防衛駐在官に相当する安全保障担当主任を務めた渡辺金三元陸将補が産経新聞に寄稿し、台湾海峡有事をめぐり米台間の軍事協力が進む現状を紹介、日本も防衛分野で台湾と直接対話を開始すべきだと呼びかけた。

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 米インド太平洋軍司令官(当時)が3月、中国の台湾侵攻が「6年以内」に起きる可能性に言及したことや、4月の日米首脳会談の共同声明で「台湾海峡の平和と安定の重要性」が明記されたことで、台湾海峡有事に関する議論が高まっている。大いに歓迎すべきだが、政治的な解釈が多く、純粋に軍事的な議論が広がっていない。

 多くの人は「中国の強大な軍事力なら台湾海峡など難なく渡れる」と考えるかもしれないが、実際は生易しくない。台湾海峡は広いところで幅200キロを超し、潮流が速く大規模な艦艇群の整然とした行動は困難で、水深が浅く潜水艦の運用も難しい。冬場は強風と濃霧が航空機の飛行を妨げる。台湾には数カ所を除き大部隊の上陸に適した場所がなく、上陸侵攻側に極めて厳しい地形と気象だ。

 一般的に攻撃側は防御側の3倍の戦力が必要とされる。台湾海峡の地形と気象を考慮すればさらに倍が必要と思われるが、中国側は水上艦艇や戦闘機で必要な兵力を保持していない。中国は多数の地対地ミサイルを配備しているが、台湾も非公開ながら大陸を射程に収めるミサイル250発程度を保有しているとみられ、中国側は相当の反撃を受ける。

 最終的な決め手となる陸上兵力の輸送能力は1万5000人程度とみられるが、台湾の陸軍約9万人が数カ所しかない上陸場所の防衛を準備していることを考えれば、中国による本格上陸は、ほぼ不可能と考えられる。

 現時点で中国軍が実施できるのは、軍事的威嚇、経済封鎖、航空機・ミサイルによる攻撃、離島占拠や特殊部隊による要人殺害などだが、台湾当局が住民の支持を取り付けている限り、これらの作戦で台湾を占領することはできない。むしろ、台湾に独立を宣言するきっかけを与え、国際社会から武力行使への反発を受け中国が孤立することになる。ロシアによるクリミア半島併合と同様のグレーゾーン作戦で傀儡(かいらい)政権を樹立することも、民主主義が定着している台湾では容易ではない。

 中国自身はどう考えているのか。昨年5月、太平洋で行動する空母を含む米艦艇で新型コロナウイルスが蔓延(まんえん)し長期間の寄港を強いられた際、中国のメディアなどでは台湾侵攻の好機だとの意見が広がった。だが、著作「超限戦」で知られる中国の喬良(きょう・りょう)少将は「米軍との実力差は明らかで軽率に行動してはならない」との文章を発表した。軍や党の許可を取っているはずであり、中国の上層部は米中の軍事格差をよく理解している。今後、考えられる行動としては、国内で大きな問題が発生して中国共産党の独裁的な地位を揺るがす事態になり、人民の目を外に向けるため勝算がないまま侵攻する可能性はある。

 ただ、米国と台湾の防衛協力の枠組みはトランプ前政権下で大きな変化を遂げた。2018年2月に米国家安全保障会議(NSC)が作成し21年1月に機密解除された文書「インド太平洋戦略枠組み」では、「台湾を含む第1列島線上の国家を防衛する」とされ、1979年の米台断交以降、米国が「台湾関係法」でも言及してこなかった台湾防衛が明記された。

 2018年以降、米海兵隊が訪台して台湾の海軍陸戦隊の訓練を指導し、米台の特殊部隊同士が台湾で訓練を実施している。20年には「米台共同評価会議」という作戦レベルでの整合を図る枠組みが設置された。新型コロナウイルスの影響で交流は停止されているが、コロナ後に米台の軍事協力が質的に変化していく可能性は非常に高い。

 その一方、日米間で台湾海峡有事に関する相互調整は進んでおらず、日台間に防衛上の協力関係は全く存在していない。台湾海峡有事は日本への武力攻撃事態となる可能性が十分に考えられる。早急に日台間の防衛交流を開始する意思決定を行い、秘密情報の交換・通信態勢を整えて直接対話を進めるべきだ。

わたなべ・きんぞう 1959年、山梨県生まれ。82年、防衛大学校卒業後、陸上自衛隊に入隊。在マレーシア防衛駐在官、陸上幕僚監部調査部、情報保全隊司令などを歴任。2016年に陸将補で退職後、今年5月まで、日本台湾交流協会台北事務所で安全保障担当主任。

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