中国が描く最有力シナリオ「脅迫的統一」 西見 由章(産経新聞台北支局長)

これまで台北支局長の矢板明夫記者などが執筆していた「中国点描」を受け継ぎ、後任の西見由章・新台北支局長が執筆するのが本日から始まった「Global Review(グローバル・レビュー」だという。

西見記者は、戦わずして勝つ、熟したリンゴが自然と落ちるように台湾を陥落させる中国の「第三の道」について、中国側の提唱者や台湾の民進党系シンクタンクの政治学者、米国のシンクタンク「戦略国際問題研究所」(CSIS)のリポートを交え、詳しく解説している。

その権限を拡大する一方で頼清徳政権の権限を弱めようとする、台湾立法院のこの動きの陰に中国がいて、中国の浸透工作の一環とする見方が少なくないが、西見記者も「(第三の道の)カギとなるのが中国による台湾社会への浸透だ」と指摘する。

私は台湾人であるとする「台湾人アイデンティティ」は、蔡英文政権の4年間で60%を切ったことはない。

しかし、私は中国人であるとする「中国人アイデンティティ」は2020年に3%を切り、昨年12月には2.4%と過去最低を示した(政治大学選挙研究センター調べ)。

中国がこの台湾人アイデンティティの壁を突き崩しながら、台湾社会に浸透するのは容易ではない。

また、「自由で開かれたインド太平洋」の実現は、一にかかって「台湾海峡の平和と安定」にあり、その実現を追求しているG7米国や日本をはじめとするG7やヨーロッパの国々も、軟鋼織り交ぜた中国の台湾浸透工作を手を拱いて見ているわけでもないからだ。

台湾と中国のつばぜり合いは、渡辺利夫氏が指摘した中国と米欧の文明の衝突に帰結するかもしれないという不安をも抱え、当分続きそうだ。

なお、台北支局長に就いた西見支局長の簡単なプロフィールは下記のとおり。

産経新聞の北京特派員や中国総局長、外信部次長を務めたベテラン記者だ。

西見由章:1974年、福岡県生まれ。

50歳。

大阪外国語大学(中国語専攻)卒。

2016年から産経新聞北京特派員、2019年から中国総局長を務める。

その後、大阪編集局編集委員や東京編集局外信部次長を経、2024年6月1日に台北支局長就任。


中国が描く最有力シナリオ「脅迫的統一」 カギは台湾への浸透工作 西見 由章(台北支局長)【産経新聞:2024年6月11日】https://www.sankei.com/article/20240610-LULF3Y3ZVBNYXNCRHSDSIJC3EU/?200460

 中国の習近平政権が描く台湾統一の最有力シナリオは、話し合いによる平和的統一でも武力侵攻でもない第三の道「北平(ベイピン)モデル」だ−。

台湾で今、こうした見方が浮上している。

◆狙いは大軍による無血開城

 清朝滅亡後の中華民国は首都を南京に置き、北京は「北平」と呼ばれた。

国共内戦の趨勢(すうせい)が決しつつあった1949年1月、北平に拠点を置く国民党軍の華北総司令、傅作義(ふ・さくぎ)は共産党軍に包囲され、その脅迫を受けて無血開城に応じた。

つまり北平モデルとは国民党軍の流れをくむ台湾軍を共産党軍が再び包囲して降伏させる「脅迫的統一」だ。

北平モデルによる台湾統一を主張する中国側の代表的人物は、人民解放軍の退役少将で、国務院(政府)台湾事務弁公室元副主任の王在希氏である。

対台湾政策の権威である王氏は2020年の時点で、「平和的統一の可能性は極めてわずかだ」と中国メディアに断言した。

当時の蔡英文政権が統一どころか「一つの中国」原則すら認めないことや、複数政党制の台湾ではいかなる党も台湾人を代表して統一問題を協議できないことを理由に挙げた。

では中国に残された道は武力侵攻しかないのか。

王氏が「第三の道」として示したのが北平モデルだ。

「大軍を城下に迫らせ、戦わずして(台湾を)屈服させる」ことで戦争による中国側の犠牲を減らせると主張した。

台湾側にも、北平モデルこそが中国による台湾統一の「唯一の手段」だとする見方がある。

民進党系シンクタンクの政治学者は「米国が介入する間もなく台湾側が降伏してしまう北平モデルは、中国にとって最も都合がいい」と指摘する。

この学者は、台湾が降伏した後の併合プロセスとして次のようなシナリオを予想した。

まず中国側は、台湾に住む人々が海外に脱出する猶予期間を半年ほど設定して不満分子を追い出す。

さらに通貨の台湾元を人民元に1対1のレートで切り替え、台湾人の資産を実質4倍増加させて歓心を買う。

その上で、ロシアがウクライナ侵略での占領地域で実施したように、中国編入の是非を問う「住民投票」を実施する─。

◆隔離と浸透で陥落へ

 では中国は台湾の降伏に向けて、どのような道筋を描くのか。

米シンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)が今月5日に発表したリポートは、中国が近い将来、海警局などによる法執行を名目として、台湾に向かう船舶や航空機を制限する「隔離」を行うと予測した。

こうしたグレーゾーン作戦は、軍事的に台湾を完全包囲する「封鎖」や武力侵攻と比べて国際社会の対応が難しいためだ。

一方でリポートは、中国が実際に台湾を投降させるためには「グレーゾーンを超えた軍事的行動に移行する必要がある」とし、中国軍主体の「封鎖」が重要な選択肢になると分析した。

このように「脅迫的統一」戦略は段階的に統一圧力を強めていく。

その際、カギとなるのが中国による台湾社会への浸透だ。

北平を明け渡した傅の娘や私設秘書は、実は共産党の地下党員であり、傅側の内部情報の漏洩(ろうえい)や世論誘導を担っていたとされる。

中国当局は今後、台湾の政治家や軍人、ビジネスマン、若者らを標的とする浸透工作を強め、「熟したリンゴが自然と落ちるように」台湾が陥落する環境を整えようとするだろう。

(台北支局長)

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