「台湾は特別区に」マスク氏発言波紋  矢板 明夫(産経新聞台北支局長)

 英国の経済紙フィナンシャル・タイムズが10月7日に掲載した米国の電気自動車メーカー、テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)へのインタビューで、マスク氏が「合理的に受け入れ可能だが、おそらく誰もが喜ぶわけではない台湾の特別行政区を検討してはどうか」「香港よりも寛大な取り決めがおそらくできると思う」と語ったことが波紋を広げている。

 マスク氏はウクライナに自身が経営する民間宇宙企業スペースXの衛星インターネットサービス「スターリンク」を無償提供し、情報戦でウクライナを有利に立たせたことでも知られるが、インタビューで「衛星インターネットサービス『スターリンク』について、中国政府が同国で提供しないよう確約を求めたことも明らかにした」とロイターは報じている。

 インターネットが山などの障害物で物理的に遮断されてしまう山間部や有事の場合など、宇宙からの通信システムだと可能になり、自国に都合が悪いインターネットやSNSなどの情報を遮断し、国民監視システムを徹底する中国が嫌がるのはもっともだ。「スターリンク」が中国国内に入れば中国政府は厄介な事態を迎えるため、マスク氏の発言は「中国の弱みは握っているよ」と中国政府を脅かすかのようにも聞こえてくる。

 それはさておき、台湾を中国の特別行政区にしたらどうかという発言について、中国は歓迎したものの、台湾ではステラの不買運動が起こりそうなほど不興を買っている。

 当然だろう。いまや「私は台湾人である」という台湾人アイデンティティが常に60%を超え、「私は中国人」と考える人は2.4%(2022年7月発表の政治大学選挙研究センター世論調査)しかいない台湾であり、中国の「一国二制度」を拒否してきた蔡英文政権の台湾がこのような提案を受け入れる下地はまったくない。

 マスク発言を台湾の人々がどのように受け止めたのか、本日の産経新聞で矢板明夫・台北支局長がレポートしているので下記にご紹介したい。

 マスク氏がウクライナに「スターリンク」を無償提供したのは、「スターリンク」の広告宣伝だったと考えれば、「スターリンク」を持ち出しての今回の「台湾特別区」発言は、中国での商売に有利な発言をしたにすぎないと思えてくる。

—————————————————————————————–「台湾は特別区に」マスク氏発言波紋矢板明夫(産経新聞台北支局長)【産経新聞「矢板明夫の中国点描」:2022年10月19日】https://www.sankei.com/article/20221018-WMOWKVBIVZPA3L6DOUJVHK5J2Q/

 米電気自動車大手、テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)が今月上旬、英メディアのインタビューで、台湾に関して「中国の特別行政区になることを検討すべきだ」と主張したことが波紋を広げている。中国の駐米大使、秦剛氏はこの発言を歓迎してマスク氏に謝意を表明した。一方、台湾の与党・民主進歩党の幹部らは「台湾の民意を踏みにじった暴言だ」などと激しく反発。一部の関係者は「テスラの不買運動」を呼びかける事態までに発展した。

 問題となったのは、英紙フィナンシャル・タイムズが7日に報じたマスク氏のインタビュー記事。マスク氏はこの中で、台湾海峡での武力衝突は避けられず、世界経済に大きな損害を与えるとの認識を示した。その上で「全ての人に受け入れられる提案ではないが、(台湾が中国の)特別行政区になることを検討したらどうか」と発言した。

 英国の植民地だった香港は1997年7月に中国に返還され、特別行政区となった経緯がある。中国政府は台湾に対し、香港と同じく「一国二制度」によって中国との統一を受け入れるよう呼びかけているが、台湾側は拒否し続けている。

 マスク氏の発言は、中国当局の主張とほぼ同じ内容だった。中国の秦駐米大使はツイッターに、「マスク氏の『台湾特別行政区』のアイデアは、台湾問題を解決し国家の統一を図るための最善の道だ。マスク氏に感謝する」と投稿した。

 これに対し、民進党の関係者は、マスク氏の発言が「台湾への内政干渉だ」と強く反発している。

 蘇貞昌行政院長(首相に相当)は「マスク氏は経営者としては成功しているかもしれないが、台湾のことをよく知らないはずだ。彼の意見よりも、米国の大統領や、日本や英国の首相の意見に耳を傾けるべきだ」と指摘した。

 邱国正国防部長(国防相)は立法院(国会)での答弁で「軍は現在、公用車としてテスラの自動車を7台所有している」と明らかにし、「今後、さらに購入することは考えていない」と事実上のボイコットを宣言した。台北市にある複数の民進党の支持団体も「テスラ車の不買運動」を呼びかけ始めた。

 マスク氏は今年2月のロシアによるウクライナ侵攻で、自身が率いるスペースX社の小型衛星通信システム「スターリンク」を無償提供してウクライナを支援した。このためマスク氏は「正義感のある企業家」として台湾で一時、高い人気を誇った。

 しかし、最近になって、マスク氏にはロシア寄りの発言が目立つようになり、今回は台湾問題で中国寄りの立場を示した。「結局、(マスク氏は)長いものに巻かれてしまった」と一転して批判の的になった。

 マスク氏はこれまで、台湾問題に関してほとんど発言したことがなかった。それにもかかわらず、突然、踏み込んだ意見を口にし始めたことに違和感を覚える人もいる。

 テスラに詳しい台湾紙の自動車担当記者はこう話す。「テスラは最近、中国の上海工場での事業拡大に積極的で、中国当局からさまざまな許認可と協力を必要としている。マスク氏の発言は、中国当局に言わされたものである可能性も否定できない」

(台北支局長)

※この記事はメルマガ「日台共栄」のバックナンバーです。


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