トランプ政権が残した「台湾救済」という功績  楊 海英(静岡大学教授)

 南モンゴルはオルドス生まれの楊海英氏の台湾への思い入れは深い。中国共産党政権という外来政権の暴虐により故国モンゴルの人々が大量虐殺された歴史と、中国国民党政権による二二八事件やその後に続く白色テロで台湾の人々が虐殺された歴史が重なるからだ。中国共産党政権と中国国民党政権はよく似ており、どちらも外来国家がもたらした悲劇だと断じた。

 また、早くから日本の中国へのODAが少数民族抑圧のために使われている事実を指摘し、日本に対中国ODAは中止すべきと警鐘を鳴らしてもいた。

 楊海英氏はまた、習近平が専制主義を敷く中国共産党政権が世界に与える悪影響を防ぐために奮戦したのが米国のトランプ大統領だったと指摘している。「世界的な要衝である台湾を国際社会へ復帰させる道筋を修復したことこそが、トランプ政権の大きな功績ではないか」というのである。同感である。

 本誌でも、トランプ政権が中国の覇権的台頭を押さえ込むと同時に、台湾との関係強化をいかに図ってきたかについては、国内法の制定や武器供与、WHOをはじめとした国際機関への台湾加盟支持など、多岐わたった台湾政策を紹介してきた。

 バイデン政権にトランプ大統領の「インド太平洋の自由と繁栄、それに安全を保障する戦略」が引き継がれることを念じつつ、楊海英氏が「Newsweek日本版」へ寄稿した論考をご紹介したい。

—————————————————————————————–トランプ政権が残した「台湾救済」という功績  楊 海英【Newsweek日本版「ユーラシアウオッチ」:2020年1月19日】

 トランプ米大統領がホワイトハウスから去って行くに当たり、改めて彼のレガシーを考えてみたい。その1つが台湾を再び国際舞台に引き戻そうとした戦略だ。

 膨張し続ける専制主義国家・中国が世界に与える悪影響をどう防ぐかという課題に取り組むため、アメリカのトランプ政権と安倍晋三前首相は「自由で開かれたインド太平洋」の構築を目指してきた。日本側は当初、安倍自身の意向やブレーンたちの提案に基づき「インド太平洋戦略」と表現していた。この戦略にアメリカ側から「自由で開かれた」との枕ことばが冠されたと、筆者は以前アメリカで聞いたことがある。

 しかし、世界に打って出ようとする中国政府は早速「戦略」にかみついた。冷戦思考的な表現だとして日本側に「撤回」を働き掛けたり、親中派を動かしたりした。安倍も親中派の重鎮政治家に配慮するかのように、いつのまにか「戦略」をやめて「構想」にトーンダウンしていた。

 菅義偉首相になると、安倍政権が目指してきた地球儀俯瞰外交よりも、内政に集中するようになった。中国・武漢発の新型コロナウイルスによる猖獗(しょうけつ)に対応せざるを得なくなったからだろう。

 折しも次期米大統領に決まったバイデン前副大統領の周辺も対中政策の変更案を練り始めた。バイデンはよりソフトな対中路線に舵を切るのではないかと予想されるなかで、菅首相は「自由で開かれた」よりも、「平和で繁栄した」とのフレーズを多用するようになった。彼はモリソン豪首相やASEAN(東南アジア諸国連合)との首脳会議で、安倍やトランプがそろって口にしていた言葉を完全に忘れたかのように振る舞った。

 だが、「自由で開かれ」ようと「平和で繁栄」しようと、インド太平洋の要を占めるのは言葉遊びをしている日本ではなく台湾だ。ある意味、世界的な要衝である台湾を国際社会へ復帰させる道筋を修復したことこそが、トランプ政権の大きな功績ではないか。そう考える理由は2つある。

 第1に、中国が世界にもたらしたパンデミック(世界的大流行)への対応において、台湾の防疫モデルが先進国より優れていたことは誰も疑わない。トランプ政権は米高官を派遣して台湾の衛生当局と交流し、WHO(世界保健機関)の理念に合った政策を各国に広めようとした。

 第2に、トランプ政権は実質的に大使館機能を持つ米国在台湾協会(AIT)の役割を強化し、台湾の防衛力を高めるために武器供与を積極的に行ってきた。また実現はしなかったが、1971年に台湾が国連を脱退して以降初めて、アメリカの国連大使が台北を訪問する計画もあった。

 これらの措置は台湾の国際的地位向上とプレゼンス強化のためとみえるが、こうした行動こそがインド太平洋の自由と繁栄、それに安全を保障する戦略ではなかろうか。

 インドと太平洋の要衝にある台湾がもし中国に併呑(へ いどん)されたら、一番困るのは日本だ。それにもかかわらず、日本は自ら進んで「戦略」から「構想」に転じ、最近では二大海洋の名前を併記するだけという始末だ。この二大海洋がいかに重要で、そこで何をしたいのかも不明瞭だ。

 これらの背景には対中政策で軟化するバイデン次期政権の機嫌を損ねたくないという考えがあるのかもしれないが、最終的に自分の首を絞めるだろう。中国が台湾を「平和解放」したとしても、日本が夢想するこの地域における「平和と繁栄」のために、中国が日本の資源輸入ルートの安全を保障するとは思えず、いわんや自国産石油を気前よく提供するとも思えない。

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楊海英(よう・かいえい)1964年(昭和39年)南モンゴル(内モンゴル自治区)オルドス生まれ。総合研究大学院大学博士課程修了(歴史人類学専攻)。中国とロシア、それに中央アジアにおいて現地調査に携わる。2000年(平成12年)に日本へ帰化、日本名は大野旭。中京女子大学助教授、静岡大学助教授を経て2006年に静岡大学教授に就任。著書に『モンゴルとイスラーム的中国』『墓標なき草原』(第14回司馬遼太郎賞受賞)『「中国」という神話─習近平「偉大なる中華民族」のウソ』『中国人の少数民族根絶計画』『世界を不幸にする植民地主義国家・中国』など多数。2018年に第19回「正論新風賞」を受賞。2020年7月に「中国・内モンゴル自治区でモンゴル語教育維持を!」署名活動を展開、国連と米国関連機関に提出。

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