っていた迫田勝敏(さこだ・かつとし)氏は現在、桃園県にある開南大学で日本語を教え
つつ東京新聞・中日新聞の嘱託記者として記事を書いている。
本誌では迫田氏の「台湾ダイジェスト」掲載の記事を紹介させていただいている。8月号
から下記にご紹介したい。
カジノ島起こし―馬祖島は台湾の縮図?
【台湾ダイジェスト:8月号】
中国福建省の福州と目と鼻の先にある馬祖島が住民投票でカジノ開設を決めた。人口1万
人そこそこの離島で、これといった産業もない。環境保護団体などが反対運動を展開した
が、カジノ経営団体は「利益から毎月、島民に福利金を支給」と宣伝、結局は環境保護よ
り実利が勝った。だが、「カジノで島起こし」はそう簡単ではない。前途は多難である。
◆澎湖島は金より環境を選ぶ
刑法で禁止のカジノを離島振興のために馬英九政権は2009年、離島建設条例を改正し、
地域限定で合法化した。かつては大量の軍隊が駐屯し、その「軍需」が島を潤した離島
は、台湾海峡の緊張緩和で、駐屯軍が削減され、生計に困った。産業は観光と漁業ぐら
い。その漁業は後継者不足で先細り。観光といっても多くの台湾人は離島より海外に行っ
てしまう。
そこでカジノによる島起こしのアイデアが生まれた。金門、馬祖は小三通で中国人観光
客の増加が期待される。小三通がない澎湖島が先ず名乗りを上げ、国際リゾート開発企業
もホテル用地の買収など先行投資を始めた。
カジノ建設は住民投票による賛成が必須条件。澎湖島は2009年9月、住民投票を実施し
た。島民も「金の卵」を産むカジノを心待ち、と思ったら、違った。台湾本島からの環境
保護団体が反対運動を展開したこともあり、結果は否決。住民はお金よりも環境保護や文
化保全を選んだのだった。
◆金門は小三通ですでに活況
澎湖島の失敗をみて、金門は慎重になった。それでなくとも金門は小三通で中国人観光
客が急増し、活況を呈している。台湾本島から戸籍を金門に移す人も多く、空前の不動産
ラッシュで、地区によっては不動産価格の値上がり率は台北を上回る。馬英九政権の傾中
路線で中台間がぐっと近づき、金門を中国進出の前線基地と考える人が増えているのだ。
そんな中で敢えて巨額の投資をして、観光客をさらに増やすためのカジノ建設が必要なの
か。そう考えている間に馬祖が、住民投票を決めたのだった。
馬祖は確かになにもない。中国と対峙していた当時の戦跡はあるが、金門のような本格
的な戦闘があったわけではない。金門の高粱酒同様、「八八坑道」の名の高粱酒がある
が、金門のほど有名ではなく、それだけに金門のように酒の利益で小中学校の学費を無料
にすることもできない。小三通も中国側の出発港が福州から離れた馬尾なので利用客は少
ない。馬祖経由で台湾本島に行く人はさらに少ない。漁業はあるといっても福州からわず
か30キロ足らず。周辺は中国の漁船に占められている。
◆中国のためのレジャーランドに
だからカジノで島起こしをという気持ちはわかる。開発業者は「カジノ開設で年間500万
人の利用客とし、初年度は住民1人当たり1・8万元、5年後は同8万元を利益還元」とバラ色
の青写真を掲げた。その結果、住民投票は可決成立した。
だが、カジノ建設は簡単ではない。馬祖の空港は狭く、年間数百万人もの旅客を受け入
れは不可能。空港の拡張工事などで100億元はかかるという。水も足りないし、電気も足り
ない。海水淡水化プラントや発電所の建設費用は、結局、カジノ業者の責任ということに
なると、馬祖開発を業者に丸投げするような形になってしまい、採算はとれるのか。しか
もその業者から住民は毎月還元金をもらう。そうなったら県政府はどういう存在になるの
か。
最大の問題は利用客だ。その99%は対岸から来る中国人。馬祖は開発業者が事実上、経
営する中国人のための一大レジャーランドになり、同じ福州語を話す住民は中国人観光客
のために働くことになる。
◆台湾は中国人向け海鮮餐庁
陳水扁時代、ある政府高官が、台湾経済が中国人観光客の受け入れなどで活性化を目指
せば「台湾は中国の海鮮餐庁(レストラン)になってしまう」との趣旨の発言をしたこと
がある。輸出の対中依存度が高まり、観光収入も中国依存。やがては台湾経済全体が中国
なしでは回転しなくなれば、台湾自体が中国人のための台湾になってしまう。
島の経済をほぼ100%中国に依存することになりかねないカジノ馬祖はまさに未来の台湾
の縮図か。そんな危機感があるからか、住民投票で敗れた「反カジノ連盟」は「カジノ建
設は馬祖だけの問題ではない。馬祖を守れなければ台湾中にカジノが広がる」と3年後に反
カジノ住民投票を実施すると運動継続を宣言している。