なぜ対中強硬派に冷たい  島田 洋一(福井県立大学名誉教授)

 島田洋一・福井県立大学名誉教授の発言は一見して過激なように見えがちだが、いつも正鵠を射ている。本日の産経新聞に寄せた今回の論考「なぜ対中強硬派に冷たい」にもその感を深くした(ウェッブでは5月2日公開)。

 米国のマイケル・マッコール下院外交委員長(共和党)一行の日本、韓国、台湾を訪問したときのそれぞれの対応が対照的で、特に日本と台湾の対応には天地雲泥の差があったという指摘のことだ。

 島田氏は「岸田政権は、中国共産党政権(中共)を刺激することを恐れて、台湾問題で強硬発言が目立つ、しかも来日直後に台湾を訪れる予定のマッコール氏との戦略対話を意図的に避けたのではないか」と指摘している。

 この指摘は正鵠を射ているのではないか。かつて李登輝元総統も「日本は自信を喪失して、何が正しいのかわからなくなっている。中国に配慮することが、いわば習慣のようになっている」と喝破しているからだ。李元総統は安倍晋三・元総理にも同様のことを説いたという。

 本誌でも何度か指摘しているように、こと台湾や中国問題に関して米国は、トランプ氏が大統領に就く少し前くらいから、大統領よりも連邦議会が主導している。島田氏もこの論考で同様の指摘をしているが、台湾はこの流れを的確に捉え、蔡英文総統とケビン・マッカーシー下院議長の会談を実現し、マッコール下院外交委員長一行の訪台では米台断交後初となる開催中の立法院議場視察も実現している。

 日本は台湾を「重要なパートナー」と位置付けているが、台湾との協議に関して法的問題はないにもかかわらず安全保障の政府間協議すら実現できていない。岸田政権にはこれまでのところ目に見える台湾政策が見当たらない。中国への配慮が理由なら、そのような習慣は即刻捨て去り、「重要なパートナー」台湾との関係強化に力を入れるべきだろう。

—————————————————————————————–島田 洋一(福井県立大学名誉教授)なぜ対中強硬派に冷たい 岸田外交の品格【産経新聞:2023年5月7日】https://www.sankei.com/article/20230502-BHKVFLNIDZNB5HWOMQRHEOKQLI/?912849

 岸田文雄首相が議長を務める主要7カ国(G7)首脳会議が迫ってきた。対中国政策が最重要課題になる。

 首脳間の意思疎通を図るべきはもちろんだが、民主国家の協議体である以上、背後の議会の動向にも目を配らねばならない。首脳の発言がそのままその国の政策になるとは限らないからである。

 特にバイデン政権とは様々に立場が異なる野党共和党が下院を制したアメリカについてそう言える。この点、岸田政権の対応には疑問を抱かざるを得ない。

 4月3日、アメリカの対中政策のカギを握る一人、連邦議会のマイケル・マッコール下院外交委員長(共和党)が超党派の議員団を率いて来日した(総員9名)。マッコール氏は、米議会における対中強硬派(ハードライナー)の代表格である。戦略物資の対中輸出管理強化において、バイデン政権は口だけで実行が伴っていないと厳しく追及し、台湾に対し「防衛的兵器」だけでなく「抑止的兵器」(中国本土への攻撃力)も提供すべきこと、北京の露骨な台湾圧迫に対しては金融制裁を発動すべきことなどを主張してきた。

 そのマッコール氏来日は日本にとって、米議会有力者との間で認識をすり合わせ、米国要路に「同志」を得ておく重要な機会であったはずだが、岸田政権が彼と真面目に戦略対話を行った形跡が見られないのだ。

 マッコール氏一行は日本に続いて韓国に立ち寄り、次いで台湾に移動して3日間滞在したが、台湾の対応は、日本と対照的だった。まず頼清徳副総統がマッコール氏と会談し、蔡英文総統も中米訪問(アメリカに立ち寄り)から帰国するや、彼と会談している。その間、游錫●(ゆう・しゃくこん)立法院長(国会議長)を中心とする台湾の有力議員や呉[金リ]燮(ご・しょうしょう)外交部長(外務大臣)ら政府要人も、十分時間を取って戦略討議を行っている。(●=方方の下に土)

 韓国でも、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が一行を迎えて会談し、その場でマッコール氏は米立法府を代表して、訪米時の議会演説を尹大統領に正式要請した。また朴振(パク・チン)外相も外交部で一行と本格的な協議を行っている。

 一方、日本はどうだったか。

 呆れるほどおざなりな対応だったと言わざるを得ない。外務省によれば、木原誠二内閣官房副長官が約30分間、マッコール氏一行の「表敬を受けた」というが、通訳が入るから実質的な対話時間は15分程度に過ぎない。

 米側が発表した写真を見ると、日本側は、木原氏以外に官僚が数人テーブルについただけである。米国の上下両院の外交委員長は、日本の衆参の外務委員長、外交防衛委員長と違い、極めて影響力の大きい枢要のポジションである。キャビネット・レベル(閣僚クラス)でない官房副長官が「表敬を受ける」というのは非礼に当たり、マッコール氏らは内心憤慨したであろう。

◆中国を刺激したくないのか

 岸田首相や林芳正外相はどうだったか。マッコール氏一行は木原副長官「表敬」の後、日米議連の中曽根弘文会長と同議連の牧島かれん議員らに夕食に招かれ懇談を行ったが、岸田首相はこの場に顔だけ出し、簡単な挨拶をして一緒に記念写真に納まった。わずか7分の滞在だった。首相も一応会ったという単なる形づくりと言われても仕方ないだろう。なお、一行の滞在期間中、林外相が面会したという記録は一切ない。

 これには、バイデン政権でも「戦闘的党派性」で知られるラーム・エマニュエル駐日大使への配慮も多少働いたかもしれない。本国で激しく対立する共和党の中心議員が日本政府上層部と親密な関係を築くことを大使が歓迎するとは考え難いからだ。

 ただ、仮にそうであっても、日本政府独自の判断で戦略的な協議の場を設けるべきだった、と筆者は思う。なぜなら米下院は今後少なくとも1年半以上、共和党多数の状態が続く。現在61歳のマッコール委員長は、当分の間、外交委員会の要の位置にあり続けるだろう。来年秋の大統領選で共和党政権が誕生すれば、マッコール国務長官もあり得ないではない。日本政府の対応は、中長期的な展望も欠いていた。

 安倍晋三元首相が存命なら、マッコール氏らと別個に会談の場を設けたかもしれない。首相退任後も安倍氏は、来日した超党派の米上院議員らと複数回会っている。相手も「真の実力者」安倍氏との面談を望んだ。安倍氏が抜けた穴の大きさを改めて感じないわけにいかない。

 しかし、さらに大きな疑念もある。岸田政権は、中国共産党政権(中共)を刺激することを恐れて、台湾問題で強硬発言が目立つ、しかも来日直後に台湾を訪れる予定のマッコール氏との戦略対話を意図的に避けたのではないか。

 中露との対峙が必至な3月のG20外相会合(インドが議長国)を、林外相が国会日程を理由に欠席した例に鑑みれば、残念ながらあり得る話である。

◆レーガン「力を通じた平和」

 この間、アメリカと台湾の関係は、米議会主導で大きく動いていた。マッコール氏の東アジア歴訪は、その一環だったと捉えねばならない。

 3月下旬、中米2カ国訪問のため台湾を出発した蔡英文総統は、往路にニューヨーク、復路にカリフォルニアに立ち寄った。ニューヨークでは、民主党の下院トップ、ハキーム・ジェフリーズ院内総務および軍出身の超党派上院議員3名と面談した。

 カリフォルニアでは、大統領継承順位2位のケビン・マッカーシー下院議長(共和党)が、新設した中国問題特別委員会のマイク・ギャラガー委員長ら超党派のメンバーを伴って、蔡英文氏と本格的な会談を行った。

 場所はロナルド・レーガン大統領図書館。マッカーシー、蔡英文両氏は、並んでレーガンの墓にも詣でている。

 これは北京と世界に向けた象徴的なメッセージと言える。レーガンは、「一発の弾丸も打たずに冷戦を勝利で終わらせた」ソ連崩壊の立役者である。

 「力を通じた平和」を掲げ、ソ連は「悪の帝国」であり、潰さねばならず、また潰せるとの信念のもと大々的な軍備拡張を行った。並行し、ソ連によるテクノロジー窃取を防ぐべく輸出管理を格段に強化した。ウイルスを仕込んだ基幹部品をKGBにつかませ重大事故を起こさせるなどのカウンター攻撃も行っている。

 経済政策でも、安定成長こそが軍拡の安定財源になるとの発想に立ち、減税・規制緩和による経済活性化にも努めた。中東の友好国サウジアラビアに石油増産を働きかけてエネルギー価格を低下させた。財政を石油輸出に頼るソ連やイランに打撃を与える効果を狙ったものだった。サウジへの見返りに、同盟国イスラエルの反対を押し切って戦闘機供与も実行している。脱炭素原理主義に迎合して石油産業を悪魔視し、軍事協力のレベルも落とすことでサウジを中国側に追いやったバイデン政権とは真逆の対応だったと言える。

 要するに、台湾は米国のハードライナーと並び立ち、レーガンの「力を通じた平和」を想起させることで、中共に明確なメッセージを送った。対して中共は台湾を取り囲む威圧的軍事演習で応えたが、マッコール氏は、「予想通りの反応だ。彼らの恫喝は我々の決意を強化するだけだ」とコメントしている。

 とかく腰の引けた今のバイデン政権=アメリカと捉えると、東アジアの地殻変動に日本のみ足を取られることになる。台湾も韓国も、アメリカ政治の全体状況を見据えた対応をしている。岸田政権もG7議長国としてサミットでリーダーシップを発揮しようというのなら、これ以上ゆるい外交を続けてはならない。

                 ◇     ◇     ◇

島田洋一(しまだ・よういち)福井県立大名誉教授。昭和32年生まれ。京都大大学院法学研究科博士課程修了。専門は国際関係論。同大助手などを経て福井県立大教授に。今年3月、退任。北朝鮮による拉致被害者の支援組織「救う会」副会長。近著に『アメリカ解体 自衛隊が単独で尖閣防衛をする日』(ビジネス社)。

──────────────────────────────────────※この記事はメルマガ「日台共栄」のバックナンバーです。