【読者の声】台湾の地質研究者、大江二郎[地質学研究者 長田 敏明]

法政大学文学部地理学教室で非常講師をされていたという長田敏明氏から、戦前の台
湾において地質調査に従事した日本人地質学者で、台湾総督府の技師であった大江二郎
についてお便りをいただきました。

 台湾の近代化に尽くした日本人はたくさんいます。思いつくままに挙げてみれば、伊
沢修二、楫取道明、伊能嘉矩、後藤新平、新渡戸稲造、西郷菊次郎、八田與一、磯永吉、
末永仁、長谷川謹介、速水和彦、森川清治郎、河合[金市]太郎、羽鳥又男など、数え
上げれば切がありません。本誌前号と今号でご紹介した井上伊之肋も入ります。

 しかし、地質学者については編集子もほとんど知りません。大江二郎という名前も初
めて知りました。

 長田さん、ありがとうございました。またのご投稿をお待ちしております。

 なお、掲載に当りましては、元号を先に記して西暦を括弧でくくり、字句の訂正や句
読点の付け直しなど少し編集させていただいたことをお断わりします。

 では、じっくりお読み下さい。                    (編集部)


台湾の地質研究者、大江二郎

                           地質学研究者 長田 敏明

 はじめまして。長田敏明(元法政大学文学部地理学教室非常講師)と申します。最近、
戦前の台湾における地質学研究史をてがけているものです。

 ここでは、戦前に台湾の地質について調査した日本人地質学者を取り上げて投稿して
行きたいと思います。今回は手始めに、台湾総督府の技師であった大江二郎について投
稿いたします。

戦前の台湾の地質学研究史−地質研究者伝

(1)大江二郎(1900〜1968)

 台湾の本格的な地質調査は、明治28年(1896年)に台湾総督府内に設けられた鉱務課
によって行われた。この鉱務課は終戦間際の昭和19年(1944年)に省立地質調査所とな
るが、大江二郎は、台湾省地質調査所の初代所長であった。その意味で重要な人物であ
る。

 大江は明治33年(1900年)に東京で出生。東京京華中学校から旧制第一高等学校を経
て、大正10年(1921年)に東京帝国大学理学部鉱物学科に入学、同13年(1924年)に同大
学を卒業した。

 そのまま大学院へ残り、大学院では鉱物の結晶構造を研究し、特選奨学金の給付を受
けた。同15年(1925年)に同大学院を修了した後、理化学研究所で結晶鉱物学を研究し
た。

 大江は、昭和2年(1926年)に台湾総督府殖産局に勤務後、同22年に帰国するまで20
年間、台湾に在住した。この間、敗色の濃かった同19年(1944年)に台湾省地質調査所
の初代所長となるが、台湾では、地質調査の傍らこの省立地質調査所の設立に努力した。

 大江は台湾において、5万分の一台東図幅などの調査に従事した。当時の台東地方は
たいへん治安が悪く、しかもブヌン族の住んでいる険峻の地であった。大江はこの秘境
の調査を敢然としてやってのけた。その学位論文は「台湾における金属鉱物資源」で、
同36年(1964年)北海道大学より授与された。

 敗戦後、留用されて同22年(1947年)まで台湾に在住し、その年の1月に帰国した。

 同年、通産省工業技術院地質調査所に勤務した。そして、同25年(1950年)3月から
は岡山大学理学部の教授(大学院兼担)となった。

 岡山大学には16年間勤務し、鉱床学・温泉学・粘土学などの多方面の研究をおこなっ
たのみでなく、学生や若手研究者の育成にも努力し、岡山大学の基礎を確立した。同26
年(1951年)から同28年(1953年)までは理学部長を勤めた。同41年(1966年)に定年
退官する。

 大江二郎は「徳篤のひとで、寛容温厚で、接するものの心を温めた」ということであ
る(木野崎:1969)。

 定年退官後、神奈川県二宮の徳富蘇峰の梅林の近くに寓居を構えた。しかし、パーキ
ンソン病となって、10ヶ月の闘病生活昏睡の後に同43年(1968年)に死去した。

 大江は静子夫人との間に2男4女をもうけたが、死の直前、外国の大学に医学留学し
ていた長男に「自分のために帰国することはまかりならん」と伝え、学問を徹底するこ
とを教えたという。これも大江の人格を示すエピソードとしてあげられる。

 この項の記載にあたっては,木野崎(1969年)や日本地質学会60周年記念誌(1953年)
などによった。

 台湾の国立台湾大学理学院地質科学系では、今年から2012年まで6年間、戦前の台湾
地質学研究史を検討して総括しようという研究計画が実行に移されています。協力して
くださる方を望んでいます。

 ご協力いただける方や、大江二郎についてのお問い合わせは、下記のメールアドレス
までお願いします。

104akiosada@mth.biglobe.ne.jp


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