【蔡焜燦先生を悼む】 日本を思い続ける台湾人  花田 紀凱

7月17日に逝去された蔡焜燦先生と、現在、月刊「HANADA」編集長をつとめる花田紀凱(はな
だ・かずよし)氏との交流は浅からぬものがあった。

 花田氏が月刊「リベラルタイム」で連載している「花田紀凱の血風録 あの人、あの事件」で、
昨年(2016年)8月号と9月号で蔡焜燦先生を取り上げた。さすが花田氏である。ありし日の蔡先生
の姿を生き生きと伝えている。司馬遼太郎氏との絶妙な掛け合いや、大親友だった台湾川柳会の第
2代会長で台湾川柳句集『酔牛』の名著もある李琢玉(本名:李[王呈]璋)氏との蘊蓄(うんち
く)に富んだ放談などを紹介している。

 蔡焜燦先生の御霊安かれと思い、ここに花田氏が月刊「リベラルタイム」2016年9月号に寄稿さ
れた全文をご紹介したい。


日本を思い続ける台湾人 続・蔡焜燦(「台湾歌壇」代表)
【リベラルタイム:2012年9月号「花田紀凱の血風録 あの人、あの事件」第135回】

 先月号(本誌8月号)の最後に蔡焜燦さんが選んでくれた食事会のメニューを紹介したが、その
中に「澎湖絲瓜(ポンフースーガァ)」、つまり「へちまのスープ」があった。

 司馬遼太郎さんが『台湾紀行』を書いた時、蔡さんが案内役をつとめ、日本人より日本人らしい
蔡さんを司馬さんが「老台北」と名付けて、本の中で度々、触れていることも書いた。

 その取材の折、「何かおいしいものが食べたい」という司馬さんに、蔡さんが用意したのがやは
りへちま料理であった。

 司馬さんも、お供の新聞記者も、初め、それが何だかわからなかった。「実はへちまです」と蔡
さんがタネ明かしをすると、同席した人々は口々に「化粧水」とか「垢こすり」と結びつけていた。

「いえいえ、ヘチマはクスリにもなります。熱冷ましです」と蔡さん。

と、司馬さんは箸を止めて立ち上がり、俳句を詠み始めた。

「痰一斗──」

 上の句が出たところで藥さんが唱和した。

「へちまの水も間に合わず」

 肺を病んだ俳人・正岡子規が、亡くなる前に詠んだ有名な句である。すぐに下の句が口をつくと
ころがさすが蔡さんである。

 続けて司馬さん。

「ヘチマ咲いて──」

「痰のつまりし仏かな」

 そして3句目。

「おとといの──」

「へちまの水も取らざりき」

 日本人でもいま時すぐに下の句が口をついて出る人は少ないだろう。

◆長歌を諳(そら)んじる

 蔡さんが、いかに日本を愛し続けているか。

 ぼくは台湾川柳会の会長をしていた李[王呈]璋さん(2005年8月没)の対談「台湾の老怪童の
放談」の速記録を持っている。

 戦前の日本、台湾のことを語って、談論風発、実に面白いし、貴重な記録で、いつか整理したう
えで活字にしたいと思っている。

 その一部を紹介するとこんな具合。

李 私、5年の時にもう万葉集やらされた。

蔡 僕もやったよ。覚えている。

李 私の先生の好きな万葉は「失恋歌」だ。こんな歌だ。

  「つぎねふ 山背道(やましろじ)を 人夫(ひとづま)の馬より行くに 己夫(おのづま)
  し 徒歩(かち)より行けば見るごとに 音のみし泣かゆ そこ思ふに 心し痛し たらちね
  の 母が形見と 我が持てる 真澄鏡(ますみのかかみ)に 蜻蛉領巾(あきづひれ) 負ひ
  並め持ちて 馬買へ我が背」(万葉13・3314)

蔡 これ長歌だね。こわい!

 当時、李さんは小学校5年生。その時、習った長歌をここまで正確に再現できるのだから恐れ入
る。戦後の教育で喪(うし)われたものが、いかに大きいかを改めて感じる。

李 これは課外(授業)ですよ。義務じゃないんだ。あの時に私は所謂(いわゆる)「枕詞」なる
  ものを知った。

蔡 たらちねの母か……。

李 うん、たらちね。これは母にかかる枕詞。「つぎねふ」は山背道にかかる。あの頃、枕詞に興
  味を持ってさ、枕詞ばっかし調べてた。

蔡 だから枕さがしまでやるんだなあ(笑)

李 人聞きの悪いこというな(笑)

 「枕さがし」といっても、いまの若い人にはわからないだろう(辞書を引く!)。実際、対談に
同席した女性も、何のことやらわからなかったらしい。

 もう少し対談を紹介しよう。

蔡 明治天皇お誕生日は何月何日だ?

李 11月3日。

蔡 明治天皇のお名前は?

李 何だったかなあ。

蔡 睦仁(むつひと)。

李 そうそう、睦みあうの睦だ。

蔡 もう一つ、明治天皇が台湾を歌った歌がある。それを朗詠(ろうえい)しなさい。

李 朗詠はできないけどな。「新高(にいたか)の山のふもとの民草も茂りまさると聞くぞうれし
  き」。台湾はね、富士を越える山を6つ持っている。

蔡 新高、次高(つぎたか)……。

李 南(なん)、大山(おおやま)、大覇仙山(だいはせんやま)。これ皆、富士より高い。

 蔡さんが日本人以上の日本人だということが、よくおわかりいただけよう。

◆200億円の義揖金

 先月号でもちょっと触れたが、台湾に日本の短歌を詠む会「台湾歌壇」という“結社”がある。
第1集が発行されたのが1968年1月。当時は「台湾」という言葉を使うと当局に睨まれたので、「台
北歌壇」としたという。

 徐々に日本語世代が減っていくなかで、少しずつだが会員が増え、現在100人を超えたというか
ら頼もしい。

 歌友達の歌を集め、故・呉建堂(ゴケンドウ)氏が編んだ「台湾万葉集」は日本語にも訳され
て、96年に菊池寛賞を受賞している。

 余談だが、今回の慰霊の旅、最後の高雄の夕食会で郭秋絹(カクシュウケン)という素敵な老婦
人と同席した。

 郭さんは活け花、池坊高雄支部の栄誉支部長をつとめている方で、彼女の話によると、台湾に池
坊の門下生が1000人以上いるという。日本の文化が脈々と受け継がれていると知って嬉しかった。

 話を台湾歌壇に戻す。

 蔡さんは現在、「台湾歌壇」代表でもある。

 昨年、東日本大震災が起こった時、票さんは居ても立ってもいられない思いだったという。

「しかし、あれだけの大災害を受けながら、日本人が、我慢強く不便な避難所生活に耐え、乏しい
水や食料を分かち合っているということを知って、私は感動しました。日本精神は失われていな
かったと」

 世界一多かった200億円という義捐金を集めるのには、蔡さんの力も大きかった。

 にもかかわらず、日本政府は正式には謝意を表さず、武道館で開かれた一周忌の慰霊祭では、指
名献花から外すという非礼をしたのである。

 後に園遊会で天皇陛下が台湾の馮寄台(ヒョウキタイ)・駐日前代表に、謝辞を述べたことで幾
分は救われた思いがしたが、このこと一つとっても民主党政権の未熟ぶりは目に余る。

「いや、日本人は恥ずかしがりだから。感謝の気持ちがあることは以心、伝心わかっていますよ」

 台湾歌壇の会員達からは、89首も祈りの歌が寄せられた。

 蔡さんは11年7月に発刊された『台湾歌壇』第15集で、それらの短歌をすべて掲載することにした。

<大震災で亡くなられた方々の御霊の安らかでありますようお祈りし、また被災なさった方々が一
日も早く安心してお暮らしになられますようお祈りし、日本の一日も早い復興をお祈りして台湾歌
壇有志一同の短歌八十九首を巻頭に掲載いたしました。私達は日本の国体と精神の復興を堅く信じ
ております>

 蔡さんが書いた巻頭の言葉である。

 89首の歌を読んでいると、有り難くて涙を禁じ得なかった(その一部は『WiiL』8月号に紹介し
ている)。

 蔡さんの作品。

  困難の 地震と津波に襲はるる 祖国守れと 若人励ます

◆台湾の人々の想い

 台湾に行く度に感じるのは、台湾の人々の日本に対する熱い想いである。それは日本語世代に限
らない。

 今回も台北駅でロッカーの切符の買い方がわからず困っていたら、わざわざ戻って来て教えてく
れた若い女性。一生けんめい、たどたどしい日本語で道案内をしてくれた青年等枚挙にいとまがない。

 蔡さんのいつに変わらぬ日本への想いを聞きながら、日本人は台湾の人々のこの熱い想いを、決
して片思いに終わらせてはいけない。(文中敬語敬称略)

さい・こんさん/1927年、台湾生まれ。台中州彰化商業学校卒業。45年、岐阜陸軍整備学校奈良教
育隊入校。終戦後、台湾で体育教師となり、後に実業家に転身し、現職。著書に、『台湾人と日本
精神』(小学館)、『これが殖民地の学校だろうか─母校「清水公学校」』(榕樹文化)がある。

はなだ・かずよし/1942年東京都生まれ。東京外語大卒。66年、文藝春秋入社。『文藝秋』『週刊
文春』デスクを経て88年、『週刊文春』編集長。同誌を実売51万部から76万部にし総合週刊誌1位
の座につけた。現在、『WiLL』編集長。『編集者!』(ワック)等著書多数。


【日本李登輝友の会:取扱い本・DVDなど】 内容紹介 ⇒ http://www.ritouki.jp/

*ご案内の詳細は本会ホームページをご覧ください。

● 台湾フルーツビール・台湾ビールお申し込みフォーム
https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/rfdavoadkuze

*台湾ビール(缶)は在庫が少なく、お申し込みの受付は卸元に在庫を確認してからご連絡しますの
 で、お振り込みは確認後にお願いします。【2016年12月8日】

●美味しい台湾産食品お申し込みフォーム【随時受付】
https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/nbd1foecagex

*沖縄県や伊豆諸島を含む一部離島への送料は、1件につき1,000円(税込)を別途ご負担いただ
 きます。【2014年11月14日】

・奇美食品の「パイナップルケーキ(鳳梨酥)」 2,910円+送料600円(共に税込、常温便)
 [同一先へお届けの場合、10箱まで600円]

・最高級珍味「台湾産天然カラスミ」 4,160円+送料700円(共に税込、冷蔵便)
 [同一先へお届けの場合、10枚まで700円]

●書籍お申し込みフォーム
https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/uzypfmwvv2px

・門田隆将著『汝、ふたつの故国に殉ず
・藤井厳喜著『トランプ革命で復活するアメリカ
・呉密察(國史館館長)監修『台湾史小事典』(第三版)
・李登輝・浜田宏一著『日台IoT同盟』  *在庫僅少
・李登輝著『熱誠憂国─日本人に伝えたいこと
・王育徳著『台湾─苦悶するその歴史』(英訳版)  *在庫僅少
・浅野和生編著『1895-1945 日本統治下の台湾
・片倉佳史著『古写真が語る 台湾 日本統治時代の50年
・王明理著『詩集・故郷のひまわり』  *在庫僅少
・李登輝著『李登輝より日本へ 贈る言葉
・宗像隆幸・趙天徳編訳『台湾独立建国運動の指導者 黄昭堂
・林建良著『中国ガン─台湾人医師の処方箋』  *在庫僅少
・盧千恵著『フォルモサ便り』(日文・漢文併載)
・黄文雄著『哲人政治家 李登輝の原点
・李筱峰著・蕭錦文訳『二二八事件の真相』

●台湾・友愛グループ『友愛』お申し込みフォーム
https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/hevw09gfk1vr
*第1号〜第15号(最新刊)まですべてそろいました。【2017年6月8日】

●酒井充子監督作品、映画「台湾萬歳」全国共通鑑賞券お申し込み
https://goo.gl/pfgzB4

●映画DVDお申し込みフォーム
https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/0uhrwefal5za

・『湾生回家』 *new
・『KANO 1931海の向こうの甲子園
・『台湾アイデンティティー
・『台湾アイデンティティー』+『台湾人生』ツインパック
・『セデック・バレ』(豪華版)
・『セデック・バレ』(通常版)
・『海角七号 君想う、国境の南
・『台湾人生
・『跳舞時代』
・『父の初七日』

●講演会DVDお申し込みフォーム
https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/fmj997u85wa3

・2014年 李登輝元総統ご来日(2014年9月19日〜25日) *new
・片倉佳史先生講演録「今こそ考えたい、日本と台湾の絆」(2013年12月23日)
・渡部昇一先生講演録「集団的自衛権の確立と台湾」(2013年3月24日)
・野口健先生講演録「台湾からの再出発」(2010年12月23日)
・許世楷駐日代表ご夫妻送別会(2008年6月1日)
・2007年 李登輝前総統来日特集「奥の細道」探訪の旅(2007年5月30日〜6月10日)
・2004年 李登輝前総統来日特集(2004年12月27日〜2005年1月2日)
・許世楷先生講演録「台湾の現状と日台関係の展望」(2005年4月3日)
・盧千恵先生講演録「私と世界人権宣言─深い日本との関わり」(2004年12月23日)
・許世楷新駐日代表歓迎会(2004年7月18日)
・平成15年 日台共栄の夕べ(2003年11月30日)
・中嶋嶺雄先生講演録「台湾の将来と日本」(2003年6月1日)
・日本李登輝友の会設立総会(2002年12月15日)


◆日本李登輝友の会「入会のご案内」

・入会案内:http://www.ritouki.jp/index.php/guidance/
・入会申し込みフォーム:https://mailform.mface.jp/frms/ritoukijapan/4pew5sg3br46


◆メールマガジン日台共栄

日本の「生命線」台湾との交流活動や他では知りえない台湾情報を、日本李登輝友の会の活動情報
とともに配信する、日本李登輝友の会の公式メルマガ。

●発 行:
日本李登輝友の会(渡辺利夫会長)
〒113-0033 東京都文京区本郷2-36-9 西ビル2A
TEL:03-3868-2111 FAX:03-3868-2101
E-mail:info@ritouki.jp
ホームページ:http://www.ritouki.jp/
Facebook:http://goo.gl/qQUX1
 Twitter:https://twitter.com/jritouki

●事務局:
午前10時〜午後6時(土・日・祝日は休み)

●振込先:

銀行口座
みずほ銀行 本郷支店 普通 2750564
日本李登輝友の会 事務局長 柚原正敬
(ニホンリトウキトモノカイ ジムキョクチョウ ユハラマサタカ)

郵便振替口座
加入者名:日本李登輝友の会(ニホンリトウキトモノカイ)
口座番号:0110−4−609117

郵便貯金口座
記号−番号:10180−95214171
加入者名:日本李登輝友の会(ニホンリトウキトモノカイ)

ゆうちょ銀行
加入者名:日本李登輝友の会 (ニホンリトウキトモノカイ)
店名:〇一八 店番:018 普通預金:9521417
*他の銀行やインターネットからのお振り込みもできます。



投稿日

カテゴリー:

投稿者: