産経新聞は本日朝刊の第2面で、岩波書店『広辞苑』の誤記問題を巡って昨日(12月18日)、中国外務省が「『台湾が中華人民共和国の一つの省ではないとでもいうのか。台湾は中華人民共和国の不可分の一部だ』と記者会見で主張した」と報じ、また同日、岩波書店が日本記者クラブで会見し、「台湾側が記述の修正を求めていることについて『必要があれば対応していきたいと社内で検討している』と述べた。ただ、現時点で実際に修正するかどうかについては明言しなかった」と、記者会見の写真とともに伝えている。
さらに同日、菅義偉・官房長官が記者会見し、この問題について「民間のことであり、コメントは控えたい」と発言する一方、「政府の立場は日中共同声明の通りだ」と強調したとも伝えている。
中国の主張は分かり切ったことだからここでは触れないが、岩波書店が「修正するかどうかについては明言しなかった」と記者会見で述べたことにはいささかの不信感を抱かざるを得ない。
というのは、本誌12月17日号で紹介したように、9年前の2008年2月、本会会員がこの同じ誤記問題について岩波書店側に訂正を要請したところ、そのときは誤記を認め「刷りを改める機会があり次第、訂正いたします」と回答していたからだ。
岩波書店の「回答」は辞典編集部の山崎貫氏からのもので、2008年2月26日に届いている。その全文は本誌2008年3月6日号に掲載している。改めて下記に紹介したい。
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日中共同声明の文言と広辞苑の解説の一部とがくいちがっております。恐縮でございます。刷を改める機会があり次第、訂正いたします。
岩波書店 辞典編集部 山崎 貫Kan YAMAZAKI〒101-8002 千代田区一ツ橋2-5-5T 03(5210)4158 F 4186
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2008年2月は、『広辞苑』第6版を出版した直後のことで、それから10年後の2018年1月12日に改定新版の第7版を出すそうだから、当然、「訂正いたします」との回答が第7版に反映されるものと信じていた。いま現在も信じている。
そもそもこの「広辞苑誤記問題」は、2008年2月20日発行の「台湾の声」に台湾在住の三宅教子さんからの投稿「広辞苑問題・権威ある辞書の重大な誤り」が掲載されたことが発端だった。
三宅さんは、カシオの電子辞書EX-word 『広辞苑』の「日中共同声明」の項に「日本は中華人民共和国を唯一の正統政府と認め、台湾がこれに帰属することを承認し、中国は賠償請求を放棄した」という表記に驚き、「日本は『理解し尊重する』と表明しただけで、その後も今に至るまでこの態度を変えていないはずです。広辞苑のように権威ある辞書がこのような重大な誤りを犯しています」と、黄昭堂氏の発言を引用して投稿したのだった。
◆台湾に関する日本政府の立場
台湾に関する日本政府の立場はすでに歴代の総理が何度も表明している。下記に『広辞苑』第6版が出版される3年前の2005年(平成17年)11月15日、小泉純一郎総理が笠浩史・衆議院議員の「質問主意書」に対して提出した「答弁書」を紹介したい。
<台湾に関する我が国政府の立場は、昭和47年の日中共同声明第三項にあるとおり、「台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部である」との中華人民共和国政府の立場を十分理解し尊重するというものである。>
つまり、『広辞苑』では「日本は中華人民共和国を唯一の正統政府と認め、台湾がこれに帰属することを承認」と表記していたが、この答弁書に明らかなように「中華人民共和国政府の立場を十分理解し尊重する」というのが台湾に関する日本政府の立場だ。
菅義偉・官房長官も昨日の記者会見で「政府の立場は日中共同声明の通りだ」と述べていたそうだが、日本政府の見解は一貫している。
また、『広辞苑』は「台湾」の項で「1945年日本の敗戦によって中国に復帰し、49年蒋介石政権がここに移った」と表記しているが、日本が中華民国と国交を結んでいた1964年(昭和39年)、当時の池田勇人総理は2月29日の衆議院予算委員会において、明確に「台湾は中華民国のものではございません」と答弁している。その該当する答弁部分を下記に紹介したい。
<サンフランシスコ講和条約の文面から法律的に解釈すれば、台湾は中華民国のものではございません。しかし、カイロ宣言、またそれを受けたボツダム宣言等から考えますと、日本は放棄いたしまして、帰属は連合国できまるべき問題でございますが、中華民国政府が現に台湾を支配しております。しこうして、これは各国もその支配を一応経過的のものと申しますか、いまの世界の現状からいって一応認めて施政権がありと解釈しております。したがって、私は、台湾は中華民国のものなりと言ったのは施政権を持っておるということを意味したものでございます。もしそれ、あなたがカイロ宣言、ポツダム宣言等からいって、台湾が中華民国政府の領土であるとお考えになるのならば、それは私の本意ではございません。そういう解釈をされるのならば私は取り消しますが、私の真意はそうではないので、平和条約を守り、日華条約につきましては、施政権を持っておるということで中国のものなりと言っておるのでございます。>
つまり、1964年の時点で、『広辞苑』が記している「1945年日本の敗戦によって中国に復帰」、つまり、日本が1945年に台湾を中国に返還したという歴史事実はないことを、日本の総理大臣が明確に否定していた。
池田総理は「(台湾の)帰属は連合国できまるべき問題」と答弁している。つまり、台湾の帰属先が未定であり、中華民国の領土ではないことも闡明していたのである。
岩波書店側は昨日の記者会見において「既に印刷が終わっている」と表明したそうだが、本会としては、岩波書店の記者会見にいささかの不信感を抱かざるを得ないものの、岩波書店が2008年2月26日「回答」どおり、出版人としての良心にしたがって誠実に訂正していることを信じている。
—————————————————————————————–【広辞苑 台湾表記問題】 中国「正しい」、修正を牽制 岩波苦慮 明言避ける【産経新聞:2017年12月19日】 岩波書店の国語辞典「広辞苑」で台湾が中華人民共和国の一部として表記されている問題で、中国外務省の華春瑩報道官は18日、「台湾が中華人民共和国の一つの省ではないとでもいうのか。台湾は中華人民共和国の不可分の一部だ」と記者会見で主張した。広辞苑の表記が正しいとし、岩波書店側を支持する構えを示した形だ。中国では岩波書店を支持する声が大半を占めており、修正を求める台湾との間で同社は難しい対応が迫られている。
同問題では、中国共産党機関紙、人民日報系の環球時報(電子版)も、「岩波書店が台湾側の雑音に応えることはほぼあり得ないが、(修正に応じれば)中国側の激しい反発を引き起こすだろう」との見方を示している。
中国のソーシャルメディア上でも「どこに間違いがあるのか」「日本は(事実を)理解してきたが、台湾はまだ間違いが分かっていない」など岩波書店を応援する声であふれる。
中国と台湾の間に立たされた格好となっているのが岩波書店だ。同社の平木靖成・辞典編集部副部長は18日、東京・内幸町の日本記者クラブで会見し、台湾側が記述の修正を求めていることについて「必要があれば対応していきたいと社内で検討している」と述べた。ただ、現時点で実際に修正するかどうかについては明言しなかった。
来年1月に広辞苑の最新版「第7版」が刊行される予定だが、そこでの表記修正については「既に印刷が終わっている」と対応が難しいとの見方を示した。
一方、菅義偉官房長官は同日の記者会見で、同問題について「民間のことであり、コメントは控えたい」と発言。日本政府は台湾について1972年に調印した日中共同声明で中国の立場を「十分理解し、尊重」するとしており、菅氏は「政府の立場は日中共同声明の通りだ」と強調した。
台北駐日経済文化代表処(在日大使館に相当)は「中華民国台湾は独立主権国家であり、断じて中華人民共和国の一部ではない」と主張。岩波書店側に表記の修正を求めている。
◆広辞苑の台湾に関する記述
広辞苑「第6版」の中華人民共和国に関する項目で示された地図の中で「台湾省」として記載。また、1972年に調印した日中共同声明では、日本は中国側の立場を「十分理解し、尊重」と表現するにとどめているにもかかわらず、同声明に関する項目では「日本は中華人民共和国を唯一の正統政府と認め、台湾がこれに帰属することを実質的に認め」などと書かれている。